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こんなトラップが待ち構えていたとは!「Episode7 清潔感」

Episode7 清潔感

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「そこで泥のように眠っている男よ、聞こえるか?」

「……え……? あ、ああ……はいはい……聞こえていますが………」

「疲れ切って寝入っているように見えたから、ダメ元で声をかけたというのに……私の声が聞こえていたとは何と幸運な男なのだろう」

「…………あの、俺が幸運な男だというなら、こんな生活というか、こんな人生は送っていないと思いますよ。…………家ではマスオさん状態のうえ、妻とは寝室も完全に別にされて……今、勤めている会社にしたって妻の実家が経営している会社なわけで、気の休まる時なんてありゃあしない。さらには、まだ小学生の2人の娘だって妻に吹き込まれ……というか、妻に洗脳された状態で父親である俺のことを舐めて、完全にバカにしくさっている有様ですよ。こんな世にも最悪な人生から救い出してくれるっていうなら、俺は悪魔の手だって取ってしまいそうなぐらいです」

「”世にも最悪な人生”か……しかし、少なくとも日々の寝床や金に一生困ることはないであろうお前の人生というか、経済状況を羨ましく思う者は多いと思うぞ。それにいくら望んでも、妻や自分の子を持つことも叶わぬまま、世を去る者だって多数いるというのに。まあ、お前が自分の人生を最悪と思っているなら、それは事実、最悪なのだろう。…………なお、お前は悪魔と契約した人間の”その後”についても、甘く考えておるな。悪魔と契約をして望みを叶えたとしても、得られる幸せなんてほんの一時のものだ。あいつらに借りを作ってしまったなら最後、もう未来永劫逃げられぬ。と、話が逸れてしまったが私は悪魔ではない。そして残念ながら私はお前の直面している現実を何一つとして変えることはできない」

「……そうなんですね。じゃあ、このまま話を聞いても何の特にもならないってことですね。俺は単に貴重な安息の時間を割かれただけってことですね。それじゃ……」

「ま、待て! 現実は変えられぬとも、私はお前のもう一つの世界を充実させることはできるのだ!」

「……もう一つの世界?」

「そうだ。お前がまさに今、入口に立っているこの世界……すなわち夢の世界だ」

「夢の世界って……夢って単なる身体現象の一種なんですよね。脳内のバグがワケの分からない夢を見せてくるっていうか……世界と呼べるほど、独立したものではないと思うんですが」

「夢に対する捉え方は人それぞれであろうから、その考えを矯正したり、夢そのものの謎を解明したりするつもりは毛頭ない。ただ、私はお前を”とある場所”に招待したく思っているのだ」

「招待……?」

「お前の肉体ごと、その場所に行くわけではない。従って、失踪騒ぎを引き起こすこともない。お前が眠っている間だけ、お前さんの精神のみが、その”とある場所”と結び付き、そこにて無双できるといった具合だ」

「無双って……昼間、働いて疲れ切って帰ってきたというのに、夢の世界では剣を手にモンスターを倒したり、何やかんやしろってことですか? 24時間戦い続けろ、とかやっぱり鬼か悪魔じゃないですか? そもそも、もう俺は30代半ばなんで、そんな気力は残っていないですよ。もっと若い奴に声をかけた方が良いと思います」

「テンプレのような無双物語を即座に思い描くとは。まあ、最後まで、ちゃんと話を聞くのだ。眠りの扉を叩いたお前の精神は飛び立つ。いや、鳥のように飛び立つというより、魚のように海の中へと深く潜り込んでいくといった方が正しいのかもしれない。それもそう、お前が向かう”とある場所”とは、海の中にある桃源郷、すなわち”似非竜宮城”のような場所なのだから」

「”似非竜宮城”……?」

「『浦島太郎』の物語に馴染みのある者なら、想像しやすいだろう。しかも、その”似非竜宮城”には女しかいない。それも、99人もの若く美しい女しか……」

「99人もの若く美しい女……」

「私が先ほど言った”無双”という言葉の意味が分かりかけてきたろう?」

「ええ、もちろん」

「ちなみに、これらが”似非竜宮城”で暮らす女たちだ。モノクロの映像ではあるが、映画のスクリーンに映し出すように見せてやろう。……お前も多少の好みはあるとは思うが、一般的な美的感覚の持ち主なら、”似非乙姫”を初めてとして、この女たちを醜女とは思わんだろう? むしろ、その真逆であると……」

「!!!」

「言葉を失うほどであったか。しかも、極めて都合の良いことに、この女たちは絶対に年を取ることがない。皺やシミ、白髪や贅肉などとは無縁の存在なのだ。それに、子を孕んだことが判明して、お前に認知を迫ってくることもない。なぜかと言うと、この”似非竜宮城”においては、新月の夜を基準として1か月単位で、幾度も同じ時間が巡り続けているのだから。……つまり、次の新月の夜が来れば、お前の記憶はそのままに”似非竜宮城”での1か月間の全てがリセットされ、また最初から新たな1か月が始まるのだ」

「1か月ごととはいえ、リセマラできるってことですか?」

「その通りだ。なお、いくらリセマラできるとはいえ、さすがに最初の夜だけは、”似非乙姫”の顔を立てておいた方が良いと個人的に思うがな。しかし、その次の夜からは、女たちの中から誰を選ぼうがお前の好きにすれば良い」

「似非竜宮城”にて俺が”築き上げていくものは何もない……というか、築き上げても1か月後には0になってしまうと。でも、その代わりに俺は何にも縛られることはなければ、責任もない。やりっぱなしで構わない……そこにあるのは”現実からの解放”という自由と男としての無双…………娘たちに『使えないパパ』とか『パパなんて、いてもいなくても同じだよね』とか言われたこととか、もともと大した器量でもないのにエステだとかアンチエイジングだとか、歯のホワイトニングだとかにせっせと精を出している妻のこととかも、全て忘れさせてくれる場所と結び付くことができるとは……」

「ちなみに、結び付くのはお前の精神のみであるも、現実と見紛うほどのめくるめく夢の世界を味わえるぞ。毎朝、目覚めた時には下着の洗濯が必須となるであろうな」

「使い捨てパンツを使用しようと思うので大丈夫です! さっそく、俺をその”似非竜宮城”へとやらに招待してください!」

「乗り気というか、ヤル気満々のようだな。と、その前に確認しておきたいのだが……」

「?」

「先ほど、お前に見せた”似非竜宮城”の女たちの映像はモノクロだったが、お前はモノクロとカラーのどっちでの夢を選ぶ?」

「もちろん、カラー一択です。テレビや映画だって、モノクロの時代は終わっていますし、何より俺のこの目に映っているのも全てカラーの世界です。だいたい、モノクロだったら、美女たちの乳首やアソコの詳細な色だって分からないわけですから」

「……ゲスい本音が出たな。”似非竜宮城”の絶景ではなく、女体をカラーで見たいのか。それでは、カラーにてお届けすることにしよう」


※※※


「男よ、聞こえるか?」

「……ああ……はいはい……聞こえています………あんまり眠りたくないから、まだ起きてますよ」

「ちょうど1週間経ったが、”似非竜宮城”での夜はどうだ? 類まれな美女たちとの爛れまくった淫欲の宴を堪能しているか?」

「……いや、その……”似非乙姫”を含め、実際にあの女たちを見てしまったら、あらゆるヤル気が削がれてしまって……やっぱりカラーではなく、モノクロの夢にすることはできませんか? いや、あの女たちの”あれ”を見てしまった後は、もうモノクロになったとしても萎えまくりですよ。……やっぱり、夢なんてただの脳のバグで良かったんですよ。目が覚めた時、『夢で良かった』や『なんだ夢だったのか』と思って、すぐに忘れてしまうような、その程度の意味のないもので良かったんです」

「どういうことだ? あの女たちが気に入らなかったのか? 匂いたつほどの美女揃いで……」

「……美女? ”あれ”を見てしまったなら、あいつらの誰一人として、もう美女とは思えませんよ。”あれ”は玉に瑕なんてレベルじゃない。それに匂いたつどころか、臭ってきそうの方が正しいと。俺が最初に見せられた映像はモノクロでした。だから、気づかなかったというか、分からなかったんです。まさか、あんなトラップが……」

「トラップ?」

「……あの女たちの歯の色を見て、何も思わないんですか!? モノクロ映像の中では、綺麗に生え揃い、まるで真珠のように真っ白に輝いているように見えていた女たちの歯の色が実際は黄色も黄色、まさに色の三原色そのものといった感じの真っ黄色だったとは! カラーコードで言うなら『#FFFF00』ですよ! 俺だって、そんなに完璧な歯をしているわけではないから、多少の黄ばみや黒ずみやヤニで茶色になっているぐらいなら、我慢しますよ。昔の日本にはお歯黒って習慣もあったわけだし。それに現代は芸能人だけじゃなくて、一般人も気軽にホワイトニングをする時代だから、歯の評価基準のハードルが全体的に上がっているってのもあると思います。でも、でもでも……っ……”似非乙姫”を始めとした、あの女たちの真っ黄色の歯はキツすぎます。いくら肌や髪が綺麗でも、本来白くあって欲しい一部分が真っ黄色になっているだけで、清潔感のボルテージがダダ下がり、それに比例するように美人度のボルテージもダダ下がりで……明眸皓歯という言葉の意味をこれでもかと思い知りました。女たちはにっこりと俺に笑いかけたつもりであっても、俺にはあの真っ黄色の歯を見せてニッタリと笑っているようにしか見えない……。度が過ぎた不潔感は恐怖すら引き起こすことをも知ってしまいました。悪夢ですよ、もう……しかも悔しいことに、目を覚ました後の現実世界で、朝っぱらから義両親や娘たちの前で小言ばかり言ってくる妻の綺麗にホワイトニングされた歯を見ていると、なぜだか無性に懐かしくてホッとしてしまってるんです」

「……お前にとっての幸せの『青い鳥』というか、幸せの『白い歯』はすぐ近くにあったということか」


(🦷完🦷)
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