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Episode8 書き終えた作者自身も陰鬱な気分になってしまった2品
Episode8-A 傘寿祝い ※胸糞注意! 後味注意!
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スミ子さんが新婚間もない頃、最愛のご主人は病気で亡くなってしまいました。
その後、若くして未亡人となったスミ子さんの元には、数多の再婚話が持ち込まれました。
大変な美人であるばかりか、穏やかな性格のうえ、堅実で家庭的でもあるスミ子さんを周りの人々は放ってはおかないようでした。
けれども、スミ子さんは亡きご主人を愛し続けていました。
スミ子さんの身も心もご主人だけのものでした。
そのまま半世紀以上の歳月が過ぎ行き、スミ子さんももうすぐ傘寿を迎えます。
私も長生きをしたものね、とスミ子さんは自身の人生を振り返ります。
最愛のご主人だけでなく、両親や親類縁者、同級生、友人、元同僚の大多数をもすでに見送った後でありました。
彼らと過ごしたそれぞれの日々は、スミ子さんにとってはどれもかけがえのないものです。
二度と戻ることのできない日々。
叶わぬことだと分かっていても、叶わぬからこそ、たった一度しかない人生であるのですが、スミ子さんは昔の自分に戻りたい、たった一日でもいい、いえ、ほんの数時間でもいいから、とこのところ無性に強く願うようになっていました。
そう、若さと”幸せ”の絶頂期にいた自分に。
この肌が水をも弾くほどにみずみずしかった頃の自分に。
その肌に今は亡きご主人のぬくもりを感じていた頃の自分に。
今現在も、驚くほどに美人なお婆さんのスミ子さんですが、若さと幸せのみならず、美貌の絶頂期にあった頃など、道行く人々は皆、着物姿の彼女を振り返るほどでありました。
俗っぽさなど微塵もなく、どこか神々しくて天女のような彼女の美貌に、とりわけ男性は目を奪われずにはいられませんでした。
人の審美観というものは、たかが半世紀程度ではそれほど変わらないものでしょう。
現在の若い人たちが美貌の絶頂期にあったスミ子さんを見ても、類まれな美人だと思うに違いありません。
なんと、そんなスミ子さんの八十才の誕生日の前夜、ちょうど日付が変わる前ぐらいの時間に、男二人組の強盗が自宅に押し入ってきました。
男たちは、サングラスとマスクで顔を隠してはいましたが、まだ少年の域を出たばかりの年頃であるのは明らかでした。
仮にスミ子さんに子どもがいて孫までもいたなら、ちょうどその孫ぐらいの年頃、いえ、もう一回りぐらい下かもしれません。
おそらく奴らは、この家に住んでいるのが老女一人であることを事前に把握していたに違いありません。
震えあがるスミ子さんを持参していた刃物で脅し、縛り上げました。
口封じに彼女を殺害まではする気はないようです。
二十三時五十九分、思い出のつまったスミ子さんの大切な家をやりたい放題に引っ掻き回した奴らですが、着物の価値などは分からないのかスミ子さんの着物には目もくれず、多少の現金ならび貴金属を手にずらかろうとしました。
「もっと貯めこんでるかと思ったけど、意外にしけてたなぁ」
「婆さん、戸締りには気を付けとけよ」
その時、ちょうど日付が変わりました。
つまり、スミ子さんは八十才の誕生日をこの悲惨な状況で迎えたのです。
スミ子さんの体に異変が起こり始めました。
彼女の願いを聞き入れたかのように――人智を超えた何かが傘寿を迎えた彼女を祝うかのように――スミ子さんの姿は”一分前までのスミ子さん”じゃなくなったのです。
驚く強盗二人組の目に映るスミ子さんも、もう”婆さん”などではなくなっていました。
数日後、スミ子さんと連絡が取れないことを心配した友人女性が家を訪ねてきました。
友人女性は、和室の鴨居で首を吊って亡くなっていたスミ子さんを発見しました。
その後、警察の捜査でスミ子さんの死は自殺と断定されました。
しかし、彼女の遺体からは二種類の体液が検出されたのです。
(完)
注)本作での「傘寿祝い」は数え年ではなく、満年齢を採用しています。
その後、若くして未亡人となったスミ子さんの元には、数多の再婚話が持ち込まれました。
大変な美人であるばかりか、穏やかな性格のうえ、堅実で家庭的でもあるスミ子さんを周りの人々は放ってはおかないようでした。
けれども、スミ子さんは亡きご主人を愛し続けていました。
スミ子さんの身も心もご主人だけのものでした。
そのまま半世紀以上の歳月が過ぎ行き、スミ子さんももうすぐ傘寿を迎えます。
私も長生きをしたものね、とスミ子さんは自身の人生を振り返ります。
最愛のご主人だけでなく、両親や親類縁者、同級生、友人、元同僚の大多数をもすでに見送った後でありました。
彼らと過ごしたそれぞれの日々は、スミ子さんにとってはどれもかけがえのないものです。
二度と戻ることのできない日々。
叶わぬことだと分かっていても、叶わぬからこそ、たった一度しかない人生であるのですが、スミ子さんは昔の自分に戻りたい、たった一日でもいい、いえ、ほんの数時間でもいいから、とこのところ無性に強く願うようになっていました。
そう、若さと”幸せ”の絶頂期にいた自分に。
この肌が水をも弾くほどにみずみずしかった頃の自分に。
その肌に今は亡きご主人のぬくもりを感じていた頃の自分に。
今現在も、驚くほどに美人なお婆さんのスミ子さんですが、若さと幸せのみならず、美貌の絶頂期にあった頃など、道行く人々は皆、着物姿の彼女を振り返るほどでありました。
俗っぽさなど微塵もなく、どこか神々しくて天女のような彼女の美貌に、とりわけ男性は目を奪われずにはいられませんでした。
人の審美観というものは、たかが半世紀程度ではそれほど変わらないものでしょう。
現在の若い人たちが美貌の絶頂期にあったスミ子さんを見ても、類まれな美人だと思うに違いありません。
なんと、そんなスミ子さんの八十才の誕生日の前夜、ちょうど日付が変わる前ぐらいの時間に、男二人組の強盗が自宅に押し入ってきました。
男たちは、サングラスとマスクで顔を隠してはいましたが、まだ少年の域を出たばかりの年頃であるのは明らかでした。
仮にスミ子さんに子どもがいて孫までもいたなら、ちょうどその孫ぐらいの年頃、いえ、もう一回りぐらい下かもしれません。
おそらく奴らは、この家に住んでいるのが老女一人であることを事前に把握していたに違いありません。
震えあがるスミ子さんを持参していた刃物で脅し、縛り上げました。
口封じに彼女を殺害まではする気はないようです。
二十三時五十九分、思い出のつまったスミ子さんの大切な家をやりたい放題に引っ掻き回した奴らですが、着物の価値などは分からないのかスミ子さんの着物には目もくれず、多少の現金ならび貴金属を手にずらかろうとしました。
「もっと貯めこんでるかと思ったけど、意外にしけてたなぁ」
「婆さん、戸締りには気を付けとけよ」
その時、ちょうど日付が変わりました。
つまり、スミ子さんは八十才の誕生日をこの悲惨な状況で迎えたのです。
スミ子さんの体に異変が起こり始めました。
彼女の願いを聞き入れたかのように――人智を超えた何かが傘寿を迎えた彼女を祝うかのように――スミ子さんの姿は”一分前までのスミ子さん”じゃなくなったのです。
驚く強盗二人組の目に映るスミ子さんも、もう”婆さん”などではなくなっていました。
数日後、スミ子さんと連絡が取れないことを心配した友人女性が家を訪ねてきました。
友人女性は、和室の鴨居で首を吊って亡くなっていたスミ子さんを発見しました。
その後、警察の捜査でスミ子さんの死は自殺と断定されました。
しかし、彼女の遺体からは二種類の体液が検出されたのです。
(完)
注)本作での「傘寿祝い」は数え年ではなく、満年齢を採用しています。
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