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「私の予想が合っているなら、明日からまた……」
4月7日23時45分。16歳の誕生日まで残り15分。毎年恒例の悪寒に襲われながらも、相馬若菜は自分の机に向かい日記を書いていた。
「若菜、まだ起きてたの?熱はどう?」
これで最後。そんな想いのせいで集中力が増していたのか、すぐ後ろでその声がするまで母の存在に気が付かなかった。若菜は慌ててその日記帳を閉じ、机上に重ねてある雑誌の山の中にそっと隠す。
「ほら、また熱出てきているんでしょ?」
若菜の母、相馬瑞穂はそう言いながら若菜のおでこに手を当て、眉を下げながら若菜の顔色を確認すると「今年も誕生日の前日に熱が出るのね?明日は高校の入学式だっていうのに……」と心配とも何とも言えないような声色で呟く。
「大丈夫だよ。お母さん、何か……ごめんね」
「どうして謝るの?まあ、風邪ではなさそうだし、季節の変わり目はよく熱を出す子だったしね。きっとこれまで通り明日には熱が下がるわよ」
「うん。私もそうだと思う」
「でも一応、もうベッドに入って寝なさい。布団もちゃんと掛けてね。それに、明日は入学式なんだから、早めに起こすわね?」
「ありがとう」
「はい。じゃあ、おやすみ」
「わかった。あっ……あのさっ」
「どうしたの?」
「……ううん。やっぱ、なんでもない」
「そう。じゃあね、おやすみ」
「……おやすみなさい」
瑞穂に促された若菜はベッドに入り、改めて瑞穂の顔を眺めた。するとこの一年間のことが次々と思い出されてゆく。中学3年生だった若菜にとって、この一年間は特に気苦労が多かった気がする。思春期女子特有の人間関係に加え受験もあった。いくらこの生活に順応しているとはいえ、どこで挫けてもおかしくなかった。しかし“今年の母”だった瑞穂はそんな若菜に寄り添い深い愛で支えてくれた。
だから若菜は、瑞穂の声や軽やかに階段を降りていくこの音を、これから先も決して忘れまいと心に誓う。
「お母さん。一年間本当にありがとう……バイバイ」
若菜はそう呟くと、もう二度と目覚めないこの世界にも別れを告げて目を閉じた。
*
“若菜”は毎年、誕生日の前夜に原因不明の熱を出し、誕生日の朝に『別の世界』で目を覚ます。
『別の世界』というのは、異世界みたいなそれではない。家や学校の場所、建物は全く同じだというのに、家族や友達……そこに居る“登場人物”が全く違う世界。
しかも若菜にしてみれば『全く違う世界』の様に感じるそこには、元々「別の若菜」が存在している。だから若菜は周囲の人達の記憶の中の「別の若菜」として、一年間を過ごさなければならないのだった。
でも若菜が8歳になった年、誕生日の朝“その年の母”に会った若菜は、これまでとは違う「懐かしい」という感覚を抱いた。そのあと同じような感覚を味わったのはその四年後、若菜が小学6年生になる年のことだった。そして若菜はある一つの法則に気が付く。
四年に一度「うるう年」の誕生日からの一年間、若菜は『全く同じ設定の世界』で目を覚ます。そこでは若菜の母だけでなく、同級生も皆、何もかも同じ。
幼い頃、その環境の変化についていけなかった若菜は、その小さな心を壊しかけたこともある。そんな若菜にとってみれば「同じ世界」で過ごせるということだけで、最高に居心地が良いものだった。
若菜は、この境遇が自分だけであること、そしてどう頑張っても抗えないということをどうにか受け入れ、それならば「この一年間を少しでも楽しく過ごすために、せめて明るい自分でいよう」と、そんな風に必死で振る舞うようになっていた。
誕生日の朝『別の設定の世界』で若菜は目を覚ます。
次に目覚めたら4月8日、若菜の16歳の誕生日。
そして今年はうるう年。
そう、あれから四年後の朝なのだ。
4月7日23時45分。16歳の誕生日まで残り15分。毎年恒例の悪寒に襲われながらも、相馬若菜は自分の机に向かい日記を書いていた。
「若菜、まだ起きてたの?熱はどう?」
これで最後。そんな想いのせいで集中力が増していたのか、すぐ後ろでその声がするまで母の存在に気が付かなかった。若菜は慌ててその日記帳を閉じ、机上に重ねてある雑誌の山の中にそっと隠す。
「ほら、また熱出てきているんでしょ?」
若菜の母、相馬瑞穂はそう言いながら若菜のおでこに手を当て、眉を下げながら若菜の顔色を確認すると「今年も誕生日の前日に熱が出るのね?明日は高校の入学式だっていうのに……」と心配とも何とも言えないような声色で呟く。
「大丈夫だよ。お母さん、何か……ごめんね」
「どうして謝るの?まあ、風邪ではなさそうだし、季節の変わり目はよく熱を出す子だったしね。きっとこれまで通り明日には熱が下がるわよ」
「うん。私もそうだと思う」
「でも一応、もうベッドに入って寝なさい。布団もちゃんと掛けてね。それに、明日は入学式なんだから、早めに起こすわね?」
「ありがとう」
「はい。じゃあ、おやすみ」
「わかった。あっ……あのさっ」
「どうしたの?」
「……ううん。やっぱ、なんでもない」
「そう。じゃあね、おやすみ」
「……おやすみなさい」
瑞穂に促された若菜はベッドに入り、改めて瑞穂の顔を眺めた。するとこの一年間のことが次々と思い出されてゆく。中学3年生だった若菜にとって、この一年間は特に気苦労が多かった気がする。思春期女子特有の人間関係に加え受験もあった。いくらこの生活に順応しているとはいえ、どこで挫けてもおかしくなかった。しかし“今年の母”だった瑞穂はそんな若菜に寄り添い深い愛で支えてくれた。
だから若菜は、瑞穂の声や軽やかに階段を降りていくこの音を、これから先も決して忘れまいと心に誓う。
「お母さん。一年間本当にありがとう……バイバイ」
若菜はそう呟くと、もう二度と目覚めないこの世界にも別れを告げて目を閉じた。
*
“若菜”は毎年、誕生日の前夜に原因不明の熱を出し、誕生日の朝に『別の世界』で目を覚ます。
『別の世界』というのは、異世界みたいなそれではない。家や学校の場所、建物は全く同じだというのに、家族や友達……そこに居る“登場人物”が全く違う世界。
しかも若菜にしてみれば『全く違う世界』の様に感じるそこには、元々「別の若菜」が存在している。だから若菜は周囲の人達の記憶の中の「別の若菜」として、一年間を過ごさなければならないのだった。
でも若菜が8歳になった年、誕生日の朝“その年の母”に会った若菜は、これまでとは違う「懐かしい」という感覚を抱いた。そのあと同じような感覚を味わったのはその四年後、若菜が小学6年生になる年のことだった。そして若菜はある一つの法則に気が付く。
四年に一度「うるう年」の誕生日からの一年間、若菜は『全く同じ設定の世界』で目を覚ます。そこでは若菜の母だけでなく、同級生も皆、何もかも同じ。
幼い頃、その環境の変化についていけなかった若菜は、その小さな心を壊しかけたこともある。そんな若菜にとってみれば「同じ世界」で過ごせるということだけで、最高に居心地が良いものだった。
若菜は、この境遇が自分だけであること、そしてどう頑張っても抗えないということをどうにか受け入れ、それならば「この一年間を少しでも楽しく過ごすために、せめて明るい自分でいよう」と、そんな風に必死で振る舞うようになっていた。
誕生日の朝『別の設定の世界』で若菜は目を覚ます。
次に目覚めたら4月8日、若菜の16歳の誕生日。
そして今年はうるう年。
そう、あれから四年後の朝なのだ。
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