2 / 6
2
しおりを挟むそれから数日間、アイリスはダンヴァーズ公爵家で静かに過ごした。
このダンヴァーズ公爵家はとても静かなお屋敷で、あまり来訪者も多くないし、雇っている使用人の数も少ない。
レナルドの人となりに合わせているので、仕えている従者も物腰柔らかな人が多くトラブルだらけだった実家とは大違いだ。
街道の事業の視察に行けば魔獣が出てくるし、領民のトラブルに対処するだけのお金もないので、家族のうちの誰かが魔法道具を持って現場に向かったりもして、家に戻って来ればナタリアが要望を訴え金策に頭を悩ませる。
そんな日々は目まぐるしく過ぎて言っていたが、ダンヴァーズ公爵家の日々はゆっくりと時間が流れているようにすら感じる。
なので与えられた仕事について知ることができたし、ベックフォード公爵家であった時代の古い蔵書をあさることも可能だった。
そうして時間を過ごしていると例のボルジャー侯爵の来訪が決まった。
レナルドにアイリスも商談に同席するかと問われて、アイリスはもちろんとばかりに頷いたのだった。
「それで、魔石採掘に関する投資の件はご検討いただけましたかな?」
ボルジャー侯爵はたくさんの若くて美しい侍女をつれてやってきた。
彼女たちは全員、小さな魔石のアクセサリーをつけていて、アイリスは少し驚いた。
なんせ魔石というのは高価なものだ、それをこんな風に平民の侍女に着けさせるなんてよっぽど採掘場の調子がいいのだろう。
それに本人も魔石で自身を着飾っている。
しかし、魔石で着飾っていてもボルジャー侯爵自身はなんだかあまり高貴な人という印象は受けない。
着飾るのに見合わない大きく出たお腹に、薄い事を隠すつもりがないのはアイリスだって構わないのだが、セットしているのかしていないのかよくわからないほどに乱れている髪。
そんな様子の彼自身に、つけられている魔石は高価なものであるのになんだかその輝きが半減して見えた。
「ええ、返答まで時間を頂いたので」
「そうですか、そうですか。それは大変結構なことでございますな。わたくしとしても決して、上級貴族の作法もわからないぽっと出の公爵閣下にまさか即決を強要するような鬼畜でありません」
「……」
「きちんと考えた上で納得していただき、投資していただければお互いにウィンウィン。上級貴族同士、相互扶助的な関係が望ましいはずですしな!」
……これは……。
ボルジャー侯爵は魔石のついたたくさんの指輪をぎらつかせながら手を前に差し出しレナルドとアイリスに語り掛けるように手を広げた。
「そうだね。自分も是非周辺貴族の方々とは協力関係を結びたいとは思っているよ。ボルジャー侯爵ともそれ以外とも」
「そうでございましょう! そうでしょうとも! なんせ我々は国の中枢をになっている大貴族、その一員としてダンヴァーズ公爵家も名を連ねたいはず。今回の投資はその足掛かりになるといっても過言でないですからな」
ボルジャー侯爵はそういって笑い皺をさらに深くしてニコッ! と効果音がつきそうな笑みを浮かべる。
……たしかに王都からほど近く栄えているこの辺りの領地は産業も農業も盛んでとてもいい土地です。だからこそ昔から所有者があまり変わっていない。
手放すことは惜しい土地だし、この土地があれば誰しも贅沢をすることができる。
そして古い付き合いのある周辺貴族のつながりは強固。その中に入っていくために、ボルジャー侯爵が提案したような投資話に乗ってつながりを作りたいと思っていることを示す。
そういう、投資というお金儲けだけではない価値を含んだ話だからこそ、この話は面倒くさい。
投資には興味がないという言葉で、バッサリと切ることができない話なのだ。
「……まぁ、おおむねその通りだけど、実際に何か不都合があっては困るからいくつか確認させてほしい事項がある」
「ええ! ええ! 何なりとお申し付けください。公爵閣下、先ほど言った通り、あなた様のような方に、問答無用で協力しろなどというつもりはありませんからな! 教師のように丁寧に教えて差し上げます」
「そうだね。……では支払いから納期について、この部分だけど━━━━」
レナルドはアイリスの隣でやっぱり人のよさそうな笑みを浮かべながらボルジャー侯爵が持参した書類のいくつかを確認していく。
その様子をアイリスは静かに見つめていたが、アイリスは彼の意図を図りかねていた。
そもそもの問題を彼がどうしたいのかアイリスは知らない。
とりあえず同席したし、この件についてアイリスだって色々口出ししたい気持ちもあるが、レナルドに無理を言って仕事の話を聞かせてもらったのだ。
だからこそ、この話に細かな指摘をして相手を論破することはアイリスのやるべきことではない。
しかしかといってまったく口を出すべきではないかと聞かれたら、同席を許してくれた以上口出しできないというわけでもない。
しかし、周りの貴族とは穏便にやっていきたいと思っているのは事実で、多少の損についてレナルドは了承済みだということも鑑みてアイリスは口出しするべき部分を見計らっていた。
けれども、それにしてもボルジャー侯爵の態度が少々苛立たしい。
話を持ち掛けてくる側であり、身分もレナルドの方が上だというのに、この上から目線の態度は何なのだろう。
せめて投資とは言え金銭を出してもらうのならば相手を尊重するべきだろうとアイリスは思う。
でも、レナルドがこういう事をどういう風に受け取る人なのかという点についてもアイリスはわからない。
内心では怒っているのか、それともまったく気にしないのか、もしくは本当に自分は彼らより格下だと思っているのか、わからないからこそこの話し合いが終わったら聞いてみようと思ったのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
有涯おわすれもの市
竹原 穂
ライト文芸
突然未亡人になり、家や仕事を追われた30歳の日置志穂(ひおき・しほ)は、10年ぶりに帰ってきた故郷の商店街で『有涯おわすれもの市』と看板の掲げられた店に引き寄せられる。
そこは、『有涯(うがい)……生まれてから死ぬまで』の中で、人々が忘れてしまったものが詰まる市場だった。
訪れる資格があるのは死人のみ。
生きながらにして市にたどり着いてしまった志穂は、店主代理の高校生、有涯ハツカに気に入られてしばらく『有涯おわすれもの市』の手伝いをすることになる。
「もしかしたら、志穂さん自身が誰かの御忘物なのかもしれないね。ここで待ってたら、誰かが取りに来てくれるかもしれないよ。たとえば、亡くなった旦那さんとかさ」
あなたの人生、なにか、おわすれもの、していませんか?
限りある生涯、果てのある人生、この世の中で忘れてしまったものを、御忘物市まで取りにきてください。
不登校の金髪女子高生と30歳の薄幸未亡人。
二人が見つめる、有涯の御忘物。
登場人物
■日置志穂(ひおき・しほ)
30歳の未亡人。職なし家なし家族なし。
■有涯ハツカ(うがい・はつか)
不登校の女子高生。金髪は生まれつき。
有涯御忘物市店主代理
■有涯ナユタ(うがい・なゆた)
ハツカの祖母。店主代理補佐。
かつての店主だった。現在は現役を退いている。
■日置一志(ひおき・かずし)
故人。志穂の夫だった。
表紙はあままつさん(@ama_mt_)のフリーアイコンをお借りしました。ありがとうございます。
「第4回ほっこり・じんわり大賞」にて奨励賞をいただきました!
ありがとうございます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【本編完結】繚乱ロンド
由宇ノ木
ライト文芸
番外編は時系列順ではありません。
更新日 2/12 『受け継ぐ者』
更新日 2/4 『秘密を持って生まれた子 3』(全3話)
02/01『秘密を持って生まれた子 2』
01/23『秘密を持って生まれた子 1』
01/18『美之の黒歴史 5』(全5話)
12/30『とわずがたり~思い出を辿れば~2,3』
12/25『とわずがたり~思い出を辿れば~1 』
本編は完結。番外編を不定期で更新。
11/11~11/19『夫の疑問、妻の確信1~3』
10/12 『いつもあなたの幸せを。』
9/14 『伝統行事』
8/24 『ひとりがたり~人生を振り返る~』
お盆期間限定番外編 8月11日~8月16日まで
『日常のひとこま』は公開終了しました。
7/31 『恋心』・・・本編の171、180、188話にチラッと出てきた京司朗の自室に礼夏が現れたときの話です。
6/18 『ある時代の出来事』
-本編大まかなあらすじ-
*青木みふゆは23歳。両親も妹も失ってしまったみふゆは一人暮らしで、花屋の堀内花壇の支店と本店に勤めている。花の仕事は好きで楽しいが、本店勤務時は事務を任されている二つ年上の林香苗に妬まれ嫌がらせを受けている。嫌がらせは徐々に増え、辟易しているみふゆは転職も思案中。
林香苗は堀内花壇社長の愛人でありながら、店のお得意様の、裏社会組織も持つといわれる惣領家の当主・惣領貴之がみふゆを気に入ってかわいがっているのを妬んでいるのだ。
そして、惣領貴之の懐刀とされる若頭・仙道京司朗も海外から帰国。みふゆが貴之に取り入ろうとしているのではないかと、京司朗から疑いをかけられる。
みふゆは自分の微妙な立場に悩みつつも、惣領貴之との親交を深め養女となるが、ある日予知をきっかけに高熱を出し年齢を退行させてゆくことになる。みふゆの心は子供に戻っていってしまう。
令和5年11/11更新内容(最終回)
*199. (2)
*200. ロンド~踊る命~ -17- (1)~(6)
*エピローグ ロンド~廻る命~
本編最終回です。200話の一部を199.(2)にしたため、199.(2)から最終話シリーズになりました。
※この物語はフィクションです。実在する団体・企業・人物とはなんら関係ありません。架空の町が舞台です。
現在の関連作品
『邪眼の娘』更新 令和7年1/25
『月光に咲く花』(ショートショート)
以上2作品はみふゆの母親・水無瀬礼夏(青木礼夏)の物語。
『恋人はメリーさん』(主人公は京司朗の後輩・東雲結)
『繚乱ロンド』の元になった2作品
『花物語』に入っている『カサブランカ・ダディ(全五話)』『花冠はタンポポで(ショートショート)』
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
蛍地獄奇譚
玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。
蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。
*表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。
著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる