シェヘラザードと蜿蜿長蛇

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シェヘラザードとスネークステップ

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 朝当番の掃除をしていると、いつも「何でこんなことをしているんだろう……」と思う。

 世界的大企業だから福利厚生や時給も良かった。何よりも「週一からフルタイムなど自由に選べるシフト、朝のみでもOK!」そんなうたい文句に惹かれて選んだバイト。本当なら、部活がオフの日の気晴らし兼ちょっとした小遣い稼ぎだった。それなのに、バスケを辞めた俺は、それをまだ親に報告できずにいて、だから変わらず入金される仕送りに手を付けるのも申し訳なくて、「小遣い稼ぎ」どころか、生活費を賄うためのバイトになった。そんなワケで、今やバイトが生活の中心になりつつある。
 時間に融通が利く俺は、開店準備から閉店作業までの業務ができる。社員からは便利なバイトとして気に入られているし、「若い」というだけで、パートさんたちにも可愛がってもらっていた。業務についても、時給に見合う位の忙しさなのだから、仕事に対して何の文句もない。
 だから、「朝の掃除」という業務に不満があるわけではない。だけど、昨日の朝も掃除をした棚の奥に、昨日降り積もったであろう埃の塊を見つけると、「繰り返しの毎日が如何に虚しいことか」と問われ、集められた埃をゴミ箱に捨てると、「お前は所詮こちら側なのだ」と突き付けられている気分になる。
 有象無象に混じっていると、比べれば比べるだけ「俺より死にたい人」がいる。それでも、何かのタイミングさえ合ってしまえば、その人たちより先に俺が逝ってもいいと思っていた。だって、俺の人生のメインステージは幼少期に終わってしまっていて、皆がどこかしらで経験するそれは、もうこの先訪れない。
 蛇兄さんの語る「地球に取り残された宇宙人の話」でいえば、「普通とは不通である」ではないこの世界で、俺の叶えたい夢への通常ルートは既に途絶えてしまっていたし、「生きていれば、そのうち……」はもう魅力的ではなかった。

 俺がどんなにで、蛇兄さんもだったとしても、過去に戻ることはできないのだ。

 終わってしまったことを誇りに生きるなんてムリだし、日々の中にある小さな幸せで生き延びることができるような「出来た人間」にもなれないみたいだ。だから、俺は蛇兄さん曰く「明日の死を想えではない」という、「三つ子の話」にも過剰に反応する。
 この世界の「俺より死にたい人たち」よりも自分は恵まれていて、悩むことすら烏滸がましいことは知っている。俺の「死にたい」は、多くの人からみたら軽薄なのだろう。そんな風に「不幸ではない」はずの俺が、自分の命だけではなく、蛇兄さんという特別すら「捨ててしまってもいいか」という瞬間は少なくなかった。

「今の子はさ、ちょっと嫌なコトがあるとすぐ辞めちゃうでしょ?それがバイトだけじゃなくて社員だってそうなんだから、本当に困るよね。特に新卒組なんてさ、ウチみたいな大企業に入社したことで勘違いしちゃうのかな?店舗研修にすら不満があるらしくって、なんて言ってたっけかな……そうだ、『何でこんなことしなくちゃいけないんですか?』だって、そんなこと言われたら、もうさあ、呆れちゃって。うっかり溜め息ついたら、今度は『パワハラですか?』だって」

 水曜日の閉店作業中、レジ金を確認していると、店長は独り言にしては大きい声でそう溢している。何台かのレジを閉めたあと、閉店後三十分以内に他のスタッフにはタイムカードをきってもらう。そして最後まで居残るのは、メインのスタッフ一人と店長のみ。というのがウチの店のルールだった。他の曜日だと、社員雇用の誰かしらが遅番だったけど、水曜日は俺と店長とでこうして残ることが多くなっている。入れ替わりの激しいこの店のことだから、店長はきっとまた誰かに「辞めたい」と言われたのだろう。俺のことを特に気に入っているらしい彼は、余程ストレスが溜まっているのか、喋りだしたら止まらなくなってしまった様子だった。

 そんな店長を横目に、俺はレジから札と小銭を抜き出し、売り上げの入力をする。
 饒舌な俺の心の中では「なんで愚痴の時の方が、普段の口調より柔らかいのだろうか」と疑問を投げかけてみたり、「つまらない人生で可哀想だな」などと哀れんだりしている。でも、そんなことに勤しんでいたとしても間違えない程に、俺はこの作業に慣れていた。
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