シェヘラザードと蜿蜿長蛇

hana4

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シェヘラザードとスネークステップ

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 立ち上がったその人は、想像よりもずっとずっと背が高くて、というよりかは何だか長細かった。俺も百八十五センチあるから、普通の大学生にしては大きい方だったけど、その人は百九十センチ以上あるらしい。下手したら、二メートルあるかもしれない……などと思い耽りながら歩く渋谷は、街中のかしこがいくら雑多といえど、やっぱり異質極まりない。

 しかし、そこは「流石の渋谷」なのだろう。大男が二人、しかも一人はあきらかにヤバイ奴。なのに俺らの顔をまじまじと観察する人もいなければ、すれ違い様に驚く人もいない。むしろ、俺の方が思わず凝視してしまいそうになる虹色のおじさんや、目のやり場に困るほどの露出を従えたカップルとすれ違った。
 この人と一緒に居ることによって、俺まで「誰からも見えないモノ」になれたみたいだ。

 まだ名前も知らないその人と一緒に、何度か行ったことのある牛丼屋さんに入る。カウンター席に陣取ると、二人並んで牛丼を食べた。その人は当たり前のように目の前の牛丼を紅生姜で赤ピンクに染めると、もっきゅもっきゅと勢いよくそれを頬張っている。
 あまりにも美味しそうに食べていたから、もう一杯食べるかとたずねると、その人は俺の方をみてニヤリと笑う。そうして二杯の大盛で赤ピンクにされた牛丼を平らげ、至極機嫌の良さそうなその人に、俺はやっと名前を訊けた。

「名前?そんなものは必要ねえけどな……そういや蛇兄さんだとかいう風に呼ばれていた時期もあったか」
「蛇兄さん、か……」

 確かに近くでよく見たらおじさんという歳でもなさそうだし、ニヤリと笑った口の端からはシュルシュルと長い舌が出てきそうだった。
「じゃあ俺も、蛇兄さんって呼びますね」
「おう、何でもいいよ」
 蛇兄さんはそう言いながら、満更でもないという顔で笑っている。
「お礼は何がいい?願い事を何でも一つ叶えてやるよ」
「お礼って?」
「これだよこれ」
 蛇兄さんは空になった牛丼の器を指差した。その指の先よりも、薬指に巻き付くように彫られた蛇に目が行ってしまう。
「やっぱり、蛇……」
「ん?何だって?」
「いや、何でもない、です」
「いちいち歯切れが悪いやつだな。それで?願い事はどうする?」
「願い事って言われても……」
「何かひとつくらいはあるだろ?それこそ子どもの頃の憧れとか」
「本当に何でもいいんです?」
「おうおう。さっきからそう言ってるだろ?」
「じゃあ……プロになりたいです。バスケの」
「はあ?んなもん、勝手になりゃあいいじゃねえか」
「勝手にって……何でも叶えてくれるって言ったのはそっちでしょう?だから、言ってみたのに」
「それはとんだ勘違いだな。その願いは却下。別のにしろ」
「もう、お礼なんていらないですよ」
「そういうわけにはいかないんだな、これが」
「随分と自分勝手なんですね」
「自分勝手とは、ありがてえな」
「はあ……じゃあもう、何でもいいです」
「いいのか?本当に、何でも?」
「お礼なんていらない位なんです。だから、本当に何でもいいですって」
「よし。そういう事ならしょうがない。お前さんの寝しなに毎晩、俺がお話をしてやろう」
「おはなし?」

「ああそうさ、期間はそうだな……お前さんが自分勝手になるまでだな」
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