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シェヘラザードに蛇足
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「よし、今日はハロウィンのお話にしよう」
真夜中を越えて十月二十八日の午前二時。いつもの様に蛇兄さんは長い身体を持て余し、窮屈そうに寝返りを打ちながらそう言った。言葉を孕んだその愛おしい息が、私の前髪を揺らして、おでこにかかる。
「ハロウィンは明々後日じゃないの?」
「ハロウィンの日に、ハロウィンの話をしてもしょうがないだろ?」
さも当たり前のような口ぶりで蛇兄さんは私を諭す。もうそれが私たちの当たり前になっていることが、どうしようもなく幸福だった。
「ただでさえ可笑しな日だからな。ハロウィンの当日には、ありきたりな話が丁度良いんだ」
「ふーん、そう」
蛇兄さんの体温までの距離なんて殆どないのに、それは私を眠らせてくれる程、温めてはくれない。だからまだしっかりと見えている私の両目には、長い前髪に擦れながら瞬く蛇兄さんの睫毛が映っていた。
「オレンジと紫のリボンを巻いた藁の案山子と、大きなかぼちゃを被った少女は、夢夢に浸るハロウィンの一日を楽しんでいました。やがて二人が用意した籠はお菓子で溢れかえり、すっかり満足した二人は最後に村の外れにある魔女の家まで行ってみることにしました。魔女といってもこの村に住んでいるただ一人のその魔女は、悪い魔法なんて決して使いません。しかも彼女はとてもとても優しくて、畑や稲を荒らしに来たカラスやイノシシを自分の家へと招き入れてはそれらの世話までしてくれているらしいのです。そんな魔女のおかげでこの村の田畑は動物たち荒らされなくなりましたし、もしも雨が足りないような年があれば、魔女は魔法で雨を降らせてくれることだってしました。おかげでこの村は毎年、村人たちだけでは食べきれない程の豊作です。そして、何を隠そうこの藁の案山子も魔女の魔法のおかげで命を吹き込まれ、田畑に刺さったままの仲間を尻目に、今もこうして少女と楽しく暮らしているのです。──しかし、この村の人間は誰一人としてまだ魔法が使えませんでした。そのせいかこの村の人たちはこの優しい魔女に沢山のお礼の言葉をかける割には、彼女を避けるようにして暮らしていました。しかも魔女が「この村に自分の家を建てたい」と言った時、村人たちは「あなたは魔法が使えるから」と、どこか含みを持たせた物言いで、あえて村の外れにある役立たずの土地の更にそのほんの少しだけを魔女に分け与えました。魔女は今もその場所に小さな家を建てて暮らしているのですが、役立たずのその土地では自分が食べる分の食料すら満足に育たないのです。それなのに、村で採れた有り余るほどの食物を魔女にお裾分けしてあげる村人は誰一人としていませんでした。──「黒猫のパイ、ドワーフキャンディー、オバケチュロス、それからカラフルな何かを籠いっぱい。こんなに沢山もらったの。ねぇ、一緒に食べましょう?」魔女の家の前で少女はそう言いながら可愛くクルリと回ってみせると、ギーッっと音を立てながら開いたドアから魔女が大きな鼻だけを出してきました。「おや、まあ。なんて優しいお嬢さん、なんだい、案山子も随分と立派になったもんだねえ。さあどうぞお入りよ。折角ここまで来たんだから」魔女は手招きもせずにそう言うと、少女たちは自分たちの力だけで重い重いドアを一生懸命引っ張って、やっと魔女の家の中に入りました。──魔女の家は外から見た印象よりも、室内は広々としています。しかしその家の中には少女と案山子以外には人っこ一人いなかったので、そこは余計に広く感じられました。少女は部屋の真ん中に置かれている木クズで作られた椅子に気が付き、恐るおそるそれに座ってみます。するとそれは最高級のベッドみたいな柔らかさでした。少女はとっても嬉しくなって、その椅子をまるで自分のモノかのように案山子に紹介します。そしてその椅子がすっかりお気に入りになった二人は、魔女が部屋に来るまでのあいだ、その上でピョンピョン跳ねて遊ぶことにしました。その内にホットミルクを持った魔女がやってきて、二人の姿を目を細めて眺めています。二人は夢中になってひとしきり遊んだ後、魔女が入れてくれた温かくて甘いホットミルクをコクコクと一気に飲み干しました。すると少女は何だかすっかり眠くなってしまい、木くずで出来た柔らかいその椅子の上で今にも眠ってしまいそうになりました。「おやおや、お嬢さんはおねむかい?そうだ、そのままそこで少し眠っていくといいよ」「ありがとう、優しい魔女さん。でも私は今日中にお家に帰らなければならないの。そうしないと私のお母さんは心配してしまうもの。もうすぐ日が暮れてしまうわ。だから急いで一緒にこのお菓子を食べましょう?」「まあ、まあ。そんな素敵なお菓子は見たこともないよ。きっと全部トクベツだ。私はいいから、お嬢さんが全部お食べよ?」「いつも優しい魔女さんと一緒に食べたいから持ってきたのよ?」「ありがとねえ。ほんとにねえ、こんなに優しいお嬢さんは未だかつて見たことがないよ」「さあ、さあ、どれにする?私のおススメは、緑のドワーフキャンディーよ」そうやって少女は一生懸命魔女にお菓子を勧めます。しかし、少女がどんなに勧めても何故か魔女はただの一つもお菓子を食べてくれません。そのうちに籠いっぱいのお菓子にジッと見つめられているような気になってきた少女は、ついに待ちきれなくなってしまい「お先にいただきます」と可愛く呟くと、ピンクのオバケチュロスを一口パクリと齧りました。その味は、さっき飲み干したホットミルクよりもずっと甘くて、お砂糖と小麦粉に誘惑されているみたいな気持ちになります。そうして少女の口の中はあっという間にお菓子の虜になり、次から次へと口へと運ぶのをやめられなくなってしまいました。──「ほんとにいいの?」籠いっぱいにあったはずのお菓子は、ついに最後の一口になってしまい、少女はもちろんその最後の一口を自分で食べたくて仕方がなかったのですが、まだ一口も食べていない魔女に一応確認します。「ああいいさ、もちろん」魔女の笑顔にすっかり安心した少女は、最後の小さな一口をパクリと自分の口に放り込み、すっかり満足したのでした。──「いけない。もうこんな時間だわ」はち切れそうなお腹になった少女は眠くてフラフラのカラダを引きずりながら、重い扉を開けて帰ろうとしました。「そういえば、案山子はどこに行ったのかしら?」少女はお菓子に夢中で忘れていましたが、一緒にピョンピョン飛び跳ねていたはずの案山子がどこにも見当たりません。ドアも身体も重たくて、少女は泣きそうになりました。だってこの重い重いドアは、とてもじゃないけれど少女一人では開けることができませんでしたから。──その時です、後ろから魔女の優しい声が聞こえてきました。「案山子はどこかへ遊びに行ったよ。帰って来るまで少しだけ眠っていけばいいさ。折角そんなに幸せな気分なのに、また遠くまで歩いて帰るなんてもったいないだろ?」「でも……」魔女にそう言って貰えて少女の気持ちは揺らぎます。でもその一方で、可愛いかぼちゃの被り物を作ってくれたお母さんの顔が頭の中に浮かび、少女は寂しい気持ちにもなりました。「大丈夫。明日になってしまう前に、魔法で家まで送って行ってあげるよ」そんな少女に向かって魔女は更に優しく声をかけ、その声色は少女のことを心から想ってくれているようでしたし、少女を残して勝手にどこかへ遊びに行った案山子が帰って来ないかぎり、少女は自力でこの部屋から出ることすらかなわないのです。それに何よりも、今フカフカのベッドで眠りに落ちたなら、少女にとってそれが最高に幸せなことの様に思えました。──そうして少女は優しい魔女の言葉に甘え、魔女が魔法で用意したフカフカのベッドに横になると、今までで一番の幸せな気持ちのまま眠りにつき、そしてもう二度と目覚めることはありませんでしたとさ。めでたしめでたし」
「相変わらず酷いお話だね。それに何か、いつもよりも違和感がある……」
「ほう、違和感ねえ」
「あれ?この御伽噺、主人公が誰だかよくわからないのかも」
「へえ、なかなかやるじゃねえか」
「ふふっ、でしょ?」
「でもな嬢ちゃん、大抵の話ってのはそういう風にできてるんだよ。だって視点が違えば、見える景色なんざ違うに決まってるんだから」
「そんなの、もう知ってるよ……でもさ、あんまりじゃない?結局ちゃんと優しかった少女がもう二度と目覚めないだなんて」
「そうか?自分の中の汚い部分に目を向けることなく、腹一杯で一番幸せなまま眠ったんなら、目覚めない方が幸せだろ?」
「そういうもんなの?結局、魔女が本当は悪者だったってだけじゃなくて?」
「だからだよ。目覚めちまったら、それまで自分が信じてたモノが何だったのかわからなくなるだろ?しかも、そのまま、その先を生きていかなきゃならねぇ」
「なるほどね」
「しょうがないさ、誰しもが知らないうちに思い込まされているんだから」
「それは魔女が言った、折角だとか、もったいないっていう言葉のこと?」
「へえ、そんなこと考えられたんか。でも勘違いするんじゃないぞ?魔女は悪い魔法も呪いも使ってないんだ。それに、実は悪いことなんて一つもしていないかもしれない。ただの言葉を勝手に変換して間違えて、何を信じるべきなのかを簡単に見失っちまうのは、いつも決まって人間。ってだけの話なんだから」
「そっか……」
「言葉の呪いをかけるのは魔女よりも人間の方が得意なんだよ。ってか嬢ちゃん、随分と立派になったもんだねえ」
「ちょっと、魔女が案山子に言うみたい……やめてよ」
「ははっ、上手いこと言うじゃねーか。ご褒美にキャンディーでも持ってきてやるよ」
「それよりは、ずっと側に居て欲しい」
「おっ、まだ危なっかしいままか?」
「そうだよ、まだ……」
「そうかそうか。嬢ちゃんにはちゃんと間違えのない朝が来るって約束してやっから。ほら、もう安心してねんねしな?」
蛇兄さんは次の朝も「私が私のままで目覚めることができる」のだという確信をくれて、蛇の巻き付いた薬指を私のこめかみにフッと添えると、いつものように優しく頭を撫でてくれている。
蛇兄さんの御伽噺を覚えたままの私が、新しい朝を迎えられるということは、「とんでもなく幸せなこと」なのだともう知ってしまった。でも、私がそのことを蛇兄さんに伝えてしまった瞬間に、この夜たちが終わってしまうような気がしている……
だから私はしっかりと唇を閉じたままで、この世から今日もおちてゆく。
真夜中を越えて十月二十八日の午前二時。いつもの様に蛇兄さんは長い身体を持て余し、窮屈そうに寝返りを打ちながらそう言った。言葉を孕んだその愛おしい息が、私の前髪を揺らして、おでこにかかる。
「ハロウィンは明々後日じゃないの?」
「ハロウィンの日に、ハロウィンの話をしてもしょうがないだろ?」
さも当たり前のような口ぶりで蛇兄さんは私を諭す。もうそれが私たちの当たり前になっていることが、どうしようもなく幸福だった。
「ただでさえ可笑しな日だからな。ハロウィンの当日には、ありきたりな話が丁度良いんだ」
「ふーん、そう」
蛇兄さんの体温までの距離なんて殆どないのに、それは私を眠らせてくれる程、温めてはくれない。だからまだしっかりと見えている私の両目には、長い前髪に擦れながら瞬く蛇兄さんの睫毛が映っていた。
「オレンジと紫のリボンを巻いた藁の案山子と、大きなかぼちゃを被った少女は、夢夢に浸るハロウィンの一日を楽しんでいました。やがて二人が用意した籠はお菓子で溢れかえり、すっかり満足した二人は最後に村の外れにある魔女の家まで行ってみることにしました。魔女といってもこの村に住んでいるただ一人のその魔女は、悪い魔法なんて決して使いません。しかも彼女はとてもとても優しくて、畑や稲を荒らしに来たカラスやイノシシを自分の家へと招き入れてはそれらの世話までしてくれているらしいのです。そんな魔女のおかげでこの村の田畑は動物たち荒らされなくなりましたし、もしも雨が足りないような年があれば、魔女は魔法で雨を降らせてくれることだってしました。おかげでこの村は毎年、村人たちだけでは食べきれない程の豊作です。そして、何を隠そうこの藁の案山子も魔女の魔法のおかげで命を吹き込まれ、田畑に刺さったままの仲間を尻目に、今もこうして少女と楽しく暮らしているのです。──しかし、この村の人間は誰一人としてまだ魔法が使えませんでした。そのせいかこの村の人たちはこの優しい魔女に沢山のお礼の言葉をかける割には、彼女を避けるようにして暮らしていました。しかも魔女が「この村に自分の家を建てたい」と言った時、村人たちは「あなたは魔法が使えるから」と、どこか含みを持たせた物言いで、あえて村の外れにある役立たずの土地の更にそのほんの少しだけを魔女に分け与えました。魔女は今もその場所に小さな家を建てて暮らしているのですが、役立たずのその土地では自分が食べる分の食料すら満足に育たないのです。それなのに、村で採れた有り余るほどの食物を魔女にお裾分けしてあげる村人は誰一人としていませんでした。──「黒猫のパイ、ドワーフキャンディー、オバケチュロス、それからカラフルな何かを籠いっぱい。こんなに沢山もらったの。ねぇ、一緒に食べましょう?」魔女の家の前で少女はそう言いながら可愛くクルリと回ってみせると、ギーッっと音を立てながら開いたドアから魔女が大きな鼻だけを出してきました。「おや、まあ。なんて優しいお嬢さん、なんだい、案山子も随分と立派になったもんだねえ。さあどうぞお入りよ。折角ここまで来たんだから」魔女は手招きもせずにそう言うと、少女たちは自分たちの力だけで重い重いドアを一生懸命引っ張って、やっと魔女の家の中に入りました。──魔女の家は外から見た印象よりも、室内は広々としています。しかしその家の中には少女と案山子以外には人っこ一人いなかったので、そこは余計に広く感じられました。少女は部屋の真ん中に置かれている木クズで作られた椅子に気が付き、恐るおそるそれに座ってみます。するとそれは最高級のベッドみたいな柔らかさでした。少女はとっても嬉しくなって、その椅子をまるで自分のモノかのように案山子に紹介します。そしてその椅子がすっかりお気に入りになった二人は、魔女が部屋に来るまでのあいだ、その上でピョンピョン跳ねて遊ぶことにしました。その内にホットミルクを持った魔女がやってきて、二人の姿を目を細めて眺めています。二人は夢中になってひとしきり遊んだ後、魔女が入れてくれた温かくて甘いホットミルクをコクコクと一気に飲み干しました。すると少女は何だかすっかり眠くなってしまい、木くずで出来た柔らかいその椅子の上で今にも眠ってしまいそうになりました。「おやおや、お嬢さんはおねむかい?そうだ、そのままそこで少し眠っていくといいよ」「ありがとう、優しい魔女さん。でも私は今日中にお家に帰らなければならないの。そうしないと私のお母さんは心配してしまうもの。もうすぐ日が暮れてしまうわ。だから急いで一緒にこのお菓子を食べましょう?」「まあ、まあ。そんな素敵なお菓子は見たこともないよ。きっと全部トクベツだ。私はいいから、お嬢さんが全部お食べよ?」「いつも優しい魔女さんと一緒に食べたいから持ってきたのよ?」「ありがとねえ。ほんとにねえ、こんなに優しいお嬢さんは未だかつて見たことがないよ」「さあ、さあ、どれにする?私のおススメは、緑のドワーフキャンディーよ」そうやって少女は一生懸命魔女にお菓子を勧めます。しかし、少女がどんなに勧めても何故か魔女はただの一つもお菓子を食べてくれません。そのうちに籠いっぱいのお菓子にジッと見つめられているような気になってきた少女は、ついに待ちきれなくなってしまい「お先にいただきます」と可愛く呟くと、ピンクのオバケチュロスを一口パクリと齧りました。その味は、さっき飲み干したホットミルクよりもずっと甘くて、お砂糖と小麦粉に誘惑されているみたいな気持ちになります。そうして少女の口の中はあっという間にお菓子の虜になり、次から次へと口へと運ぶのをやめられなくなってしまいました。──「ほんとにいいの?」籠いっぱいにあったはずのお菓子は、ついに最後の一口になってしまい、少女はもちろんその最後の一口を自分で食べたくて仕方がなかったのですが、まだ一口も食べていない魔女に一応確認します。「ああいいさ、もちろん」魔女の笑顔にすっかり安心した少女は、最後の小さな一口をパクリと自分の口に放り込み、すっかり満足したのでした。──「いけない。もうこんな時間だわ」はち切れそうなお腹になった少女は眠くてフラフラのカラダを引きずりながら、重い扉を開けて帰ろうとしました。「そういえば、案山子はどこに行ったのかしら?」少女はお菓子に夢中で忘れていましたが、一緒にピョンピョン飛び跳ねていたはずの案山子がどこにも見当たりません。ドアも身体も重たくて、少女は泣きそうになりました。だってこの重い重いドアは、とてもじゃないけれど少女一人では開けることができませんでしたから。──その時です、後ろから魔女の優しい声が聞こえてきました。「案山子はどこかへ遊びに行ったよ。帰って来るまで少しだけ眠っていけばいいさ。折角そんなに幸せな気分なのに、また遠くまで歩いて帰るなんてもったいないだろ?」「でも……」魔女にそう言って貰えて少女の気持ちは揺らぎます。でもその一方で、可愛いかぼちゃの被り物を作ってくれたお母さんの顔が頭の中に浮かび、少女は寂しい気持ちにもなりました。「大丈夫。明日になってしまう前に、魔法で家まで送って行ってあげるよ」そんな少女に向かって魔女は更に優しく声をかけ、その声色は少女のことを心から想ってくれているようでしたし、少女を残して勝手にどこかへ遊びに行った案山子が帰って来ないかぎり、少女は自力でこの部屋から出ることすらかなわないのです。それに何よりも、今フカフカのベッドで眠りに落ちたなら、少女にとってそれが最高に幸せなことの様に思えました。──そうして少女は優しい魔女の言葉に甘え、魔女が魔法で用意したフカフカのベッドに横になると、今までで一番の幸せな気持ちのまま眠りにつき、そしてもう二度と目覚めることはありませんでしたとさ。めでたしめでたし」
「相変わらず酷いお話だね。それに何か、いつもよりも違和感がある……」
「ほう、違和感ねえ」
「あれ?この御伽噺、主人公が誰だかよくわからないのかも」
「へえ、なかなかやるじゃねえか」
「ふふっ、でしょ?」
「でもな嬢ちゃん、大抵の話ってのはそういう風にできてるんだよ。だって視点が違えば、見える景色なんざ違うに決まってるんだから」
「そんなの、もう知ってるよ……でもさ、あんまりじゃない?結局ちゃんと優しかった少女がもう二度と目覚めないだなんて」
「そうか?自分の中の汚い部分に目を向けることなく、腹一杯で一番幸せなまま眠ったんなら、目覚めない方が幸せだろ?」
「そういうもんなの?結局、魔女が本当は悪者だったってだけじゃなくて?」
「だからだよ。目覚めちまったら、それまで自分が信じてたモノが何だったのかわからなくなるだろ?しかも、そのまま、その先を生きていかなきゃならねぇ」
「なるほどね」
「しょうがないさ、誰しもが知らないうちに思い込まされているんだから」
「それは魔女が言った、折角だとか、もったいないっていう言葉のこと?」
「へえ、そんなこと考えられたんか。でも勘違いするんじゃないぞ?魔女は悪い魔法も呪いも使ってないんだ。それに、実は悪いことなんて一つもしていないかもしれない。ただの言葉を勝手に変換して間違えて、何を信じるべきなのかを簡単に見失っちまうのは、いつも決まって人間。ってだけの話なんだから」
「そっか……」
「言葉の呪いをかけるのは魔女よりも人間の方が得意なんだよ。ってか嬢ちゃん、随分と立派になったもんだねえ」
「ちょっと、魔女が案山子に言うみたい……やめてよ」
「ははっ、上手いこと言うじゃねーか。ご褒美にキャンディーでも持ってきてやるよ」
「それよりは、ずっと側に居て欲しい」
「おっ、まだ危なっかしいままか?」
「そうだよ、まだ……」
「そうかそうか。嬢ちゃんにはちゃんと間違えのない朝が来るって約束してやっから。ほら、もう安心してねんねしな?」
蛇兄さんは次の朝も「私が私のままで目覚めることができる」のだという確信をくれて、蛇の巻き付いた薬指を私のこめかみにフッと添えると、いつものように優しく頭を撫でてくれている。
蛇兄さんの御伽噺を覚えたままの私が、新しい朝を迎えられるということは、「とんでもなく幸せなこと」なのだともう知ってしまった。でも、私がそのことを蛇兄さんに伝えてしまった瞬間に、この夜たちが終わってしまうような気がしている……
だから私はしっかりと唇を閉じたままで、この世から今日もおちてゆく。
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