シェヘラザードと蜿蜿長蛇

hana4

文字の大きさ
上 下
6 / 27
シェヘラザードに蛇足

1

しおりを挟む
 目を覚ますと、今日は隣に蛇兄さんが居ない。

 うっかり私のことを少し教えてしまったから、蛇兄さんは明治神宮に戻ってしまったのかと思って不安になった。そんな今日は、今までの御伽噺を一人でおさらいして黄昏時を待つことにしよう。

 蛇兄さんの御伽噺は私の知らない世界で溢れていた。だから私はそのセカイをちゃんと味わうために、その中に登場する言葉は全部調べた。それに加えて、私にはみんなが当たり前のように触れてきた昔話を誰かに教えてもらった記憶がない。だからそこから全部自力でやり直した。最初から何となくわかっていたことだったけど、そのことに少し傷ついている自分がいたのも事実。でもみんなが知っているどのお話よりも、蛇兄さんの御伽噺の方が私には魅力的に感じたし、選べない環境で手にした事実より、自分で選んだ事実の方が真実なのだということぐらいは、私にだってもうわかり始めている。負け惜しみの強がりのように、そう自分に言い聞かせながら、そういえば蛇兄さんがジョンレノンの曲をよく口ずさむことがなければ、その音楽に触れることもなかったし、彼の人生にだって興味を持つこともなかったという事実に気付く。そして私は危うく、私にとって大切なモノを何も知らないままで死んでいくところだった。という真実を思い知らされて、ちょっとだけ背中がゾワリとした。

 これまでの私はずっと、このカラダをいくら、誰に、どうやって差し出そうとも、そのせいで間違って呆気なく死んじゃったとしても、それはそれで仕方ないことだと思っていた。それに一度終わってみれば、また最初からやり直せると思い込んでいる節があったし、やり直しになった時には、当たり前に真新しいところから始まるような気もしていたから、終わることに希望さえ抱いていた。蛇兄さんは私のことを叱ったりはしない。でも蛇兄さんの御伽噺は、そんな私のことを何故だかよくゾワリとさせた。

 このゾワリの正体が何なのかはまだよくわからなかったけど、私の知っていることが増える度、忘れかけていたことに気が付く度に、私の背中はちょっとだけゾワリとして、蛇兄さんが抱きしめてくれない分、自分のことをギュッと抱きしめることが癖になる。
 いまだに一人ぼっちのこの部屋はいつもよりも広く感じて、私は出来るだけ小さく丸まってみた。両肩を自分の指でしっかりと握ると、肩に食い込んだ指のカタチが蛇兄さんの細長い指のようだと錯覚する。蛇兄さんが側に居ない時の方が、蛇兄さんの声や息遣いを鮮明に思い出せるのかもしれない。そこにはきっと私の理想や妄想が含まれているから、よりリアルに、私にとっての蛇兄さんを感じることができて、私のカラダの中心は甘く軋んだ。恋をすると触れたくなって、私に触れて欲しくなって、更に奥深くまで繋がりたくなるというのは、私の性欲の所為なのかもしれない。性欲から始まるようなものが私にとっての恋だとするなら、過去の恋愛も全て正しく恋だったし、私はいま蛇兄さんに恋をしている。でも蛇兄さんに対する感情はこれだけではないのだ。

 私は、蛇兄さんになりたい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

スマホゲーム王

ルンルン太郎
ライト文芸
主人公葉山裕二はスマホゲームで1番になる為には販売員の給料では足りず、課金したくてウェブ小説を書き始めた。彼は果たして目的の課金生活をエンジョイできるのだろうか。無謀な夢は叶うのだろうか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...