【完結】奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。【一部R18有】

月にひにけに

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第三章 終わりの始まり

77.鬼と言う男

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「ネロ?」

ーー初音のこと、大好きだよ。僕がもっと大きくて、強くなったら、また僕と、契約してくれる……?

「もちろんだよ」

 ぼろりと、初音の瞳から溢れる涙を見て、ネロの赤い瞳からも涙が溢れる。

ーー嬉しい……っ。僕を助けてくれて、ずっと一緒にいてくれて、ありがとう。大好き、大好きだよ、初音。……よく聞いて、僕らが王の名前はーー。

 言うが否や、初音の左手の甲と、ネロの左の翼に浮き出た印が霧散した。

 何か、ポカリと心に穴が空いた空虚感が初音の胸の内をしめる。

 ぎゅうとなった胸を抱えたまま、初音は少し離れた場所でフィオナをその腕に抱えて様子を伺っていたライラにその手を伸ばした。

「私は初音。鳥の王、ライラック。お願い。あなたの力を、私に貸してーー!!」

「ーー心得た」

「何だって!?」

 2人の呼応に、目を見開いたのは鬼だった。

 伸ばした初音の指先から放たれた軌跡が、魔方陣を描いて分裂し、それぞれの左手の甲に同じ印を残す。

 その次の瞬間、ギラリと光らせた紫の瞳で、王と言うに相応しいその風格で、会場を吹き飛ばすような突風がその全てを薙ぎ払う。

「おいおいおいおい、こりゃなんだぁ??」

 だんっとその両脚で地面を踏み締めたアレックスが、目を白黒させる蘇芳を片手に地面に飛び降りて来ていた。

「不思議だなぁ。急に使ようになったみたいだぜぇ?」

 初音の魔力の占有比率は、ネロが半分以上を占めていた。

 アレックスと契約をしたはいいものの、結果としてその魔力は足りておらず、アレックスに魔法が発現することはなかったが、その契約者が本来より完全体の人型であるライラックとアレックスとなれば話しは別だった。

 その顔を凶悪に歪めると、アレックスはその拳を地面へと打ちつける。

 するや否や、隆起した岩が地面からせり上がり、その尖った岩先がナイルワニの獣人の図体を貫いた。

「がっ!?」

 よろりと呻いたナイルワニの獣人の様子にひぇと息を呑んだコモドドラゴンの獣人は、瞬時に逃走経路を画策して後退る。

「なんで……っ」

 はぁはぁと、荒い息で綺麗な身なりは泥や突風に乱され汚れ、隙なくセットされていたオールバックは今や見る影もない。

「なんで、どうやってここまで手懐けた!? 獣人どもが、なぜ揃いも揃ってお前みたいな小娘に捨て身で協力する!?」

 血走ったその目に睨みつけられた初音は、その傍にぴたりと寄り添うジークの腕から降り立つと、その瞳を真っ直ぐに見据えた。

 上空から降り立った白い体毛に赤い瞳のフクロウは、初音の肩口でその翼を休める。

 じゃりと土を踏んで、初音とジークの少し後ろに立つアレックスと、フィオナを抱えたライラックは、並々ならぬ威圧感を持ってして、その背後に控える数え切れない獣の気配を従えた。

「あなたにはきっと、わからないーー」

 その獣たちの頂きで、初音はその瞳に静かな怒りを灯したーー。





「なんで、おい、トカゲはどこ行った!?」

 気づけば忽然とその姿を消しているコモドドラゴンの獣人に、鬼はその瞳を吊り上げる。

 鬼の隙をついてその姿をどさくさ紛れにくらませたコモドドラゴンの獣人は一目散に逃げ出していた。

「おい、ワニ!! 何とかしろ!!」

「うぅ、痛い。いたいぃ……」

 こちらはアレックスによる岩でなかなかの重症を負っている。

「ちぃっ!!どいつもこいつも!!」

 その額に青筋を浮かべた鬼は、1人この現状に歯噛みした。

「わ、悪かった。私が、悪かった!!」

 言うが否や、バッとその額を地面に擦り付ける鬼に、初音は眉をひそめる。

「し、仕方なかったんだ!! こう、しなければ、私が奴隷になっていた!! 奴隷にならないために、は、こう、するしかなくて!! 私だって、本当は、こんなこと、したくはなかったんだ!! 信じてくれ!!」

 右から左。あることないこと、思いつくままに並べ立てていく鬼に、初音たちは戸惑いを隠せない。

「本当に悪かった!! 私も、ずっと怖かったんだ!! こんな誰も知らない異世界で、怖いに決まってるだろう!?」

 何でもいい。情けでもなんでも、この冷酷になり切れない甘ちゃんどもの隙をつく。

 逃げさえできれば、見逃してさえもらえれば、その後は、いくらでも、何度でも、できるはず。そう、この命が、ある限りーー。

ーー……マスター

 どこからともなく聞こえた声に、全員がその声の主を探った。

「は……?」

 それは、ボロボロになっていた1匹の茶色の蛇が、鬼の前にとぐろを巻いて鎮座していた。

「バ、バイパー……?」

ーーマスター、ゲームオーバーです。

「は?」

 にょろりとその身体を滑らせるバイパーに、鬼は目を見開く。

「は、はは。ゲームオーバーって何だよ。蛇ごときが、今までどこにいやがった!! 散々と大口叩いて、やられて尻尾巻いて逃げて、大事な契約の枠も明け渡さずに今日までどこをほっつき歩いていやがっーーた!?」

 気づいた瞬間には、蛇姿のバイパーは、鬼の喉元に喰らいついていた。

「がっ、なっ、なに……っ!!」

 己に噛みついた蛇のバイパーを握りしめると、鬼はわなわなと身体を震わせてその身体を力任せに地面へと打ちつけてその頭を力の限りに踏みつけた。

「お前っ!! いったい何をしてくれてるんだ!! あぁっ!? お前っ!! 自分が誰かわかってるのか!? カーペットバイパーだぞっ!!? ふざっけるなよ!! 噛む相手を間違えてるんだよ!! この、役立たずがぁっ!!!!」

 半狂乱となって騒ぐ鬼の様子に、初音はそっとその瞳を伏せた。

 バイパーを見た直後、蛇が連想された一方でその詳細まではわからなかったのは、恐らくと初音が蛇というざっくりとしたもの以上の知識として持ち得ていなかったためだとわかった。

 鬼がカーペットバイパーと言う名を口にしたことで、初音の脳裏にその詳細が流れ込んで来る。

 毒性がきわめて強く、気性が荒くて攻撃的。その毒は出血毒の類であり、一度体内に入れば患部の細胞や血管壁が消化されて溶けると言う。

 毒が内臓など重要な器官に辿りつけば死は免れず、一命を取り留めたとしても身体組織の破損や重大な後遺障害も免れない。

 そんな蛇に、喉元を噛まれた鬼。

「なんで!! なんで! なんで!!?」

 ガリガリとその喉元を自分で掻きむしり、鬼が浅い呼吸で喘ぐ。

 人間に殺されかけていたバイパーは、ある時鬼に助けられる。

 2人で天下を。自由を勝ち獲ろうと、鬼は言った。けれど、そんなこと、どうしたって無理だと、わかったはずだ。

 力と権力と欲に溺れた悲しき先に、待っているものなど何もない。

ーーあんたのこと、嫌いじゃ……なかったんですけどね……っ

 顔を突き合わせて憎まれ口を叩き合った、いつかも忘れた昔の記憶を辿って、バイパーはそっと、その瞳を閉じる。

「違う、私はっ!! こんなところ、でぇぇえええっ!!!」

 動かなくなったバイパーと、喉元を掻きむしって血走った目でふらふらと泡を吹く鬼にそっと近づく影。

 不審に思った初音が声を掛けるその前に、鬼はその身体を剣にザクリと貫かれ、耳をつんざくような悲鳴を上げたーー。



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