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第二章 キミと生きる
40.踏み入る
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「個人カードと商品を見せろ」
奴隷の売買や交換が合法的に成り立つピストの街。夕闇の中で、高い壁に囲まれた通称奴隷の国の門番に、その行く手を阻まれたジークはローブの奥から金の瞳を向けた。
無言で差し出されたカードをチラ見したスキンヘッドの強面な大男は、持っていた書類へと何かを走り書きしてふむとジークを値踏みすると、その後ろに連れられたローブの人影を覗き見る。
「見ない顔だな。商品は何だ。女か?」
「女は見習いだ。商品はこっちの魔法使い。貴族相手にポカをやらかしたらしいが、腕は悪くないらしい」
小柄な人影に興味を見せる大男の興味を逸らすように、ジークはばさりともう1人のローブを無造作に剥ぎ取った。
そこには生傷が絶えないアスラが、魔法陣の刻まれた手枷と口枷に首輪までされて、青い顔でされるがままに固まっている。
「そりゃぁ気の毒なこったな。まぁお貴族様に粗相しちまったのが運の尽きってやつか。……まぁ若いし顔も悪くないが、期待するほどの金にはならんかも知れんぞ? ほらこれがそいつの番号だから、首輪につけとけ。見せびらかして連れ歩くも、言い値で売るも、交換するも、売り飛ばすも自由だ」
そう言ってニヤリと笑った大男が、一歩立ち退いてその道を開ける。
「金さえあれば自由気ままに好き放題、すべてが許される奴隷の国を楽しんで行くといい」
そう言って開かれた視界の先にある、明るく騒がしい、異様な賑やかさと喧騒に溢れる人が行き交う街へ、一行はその足を踏み入れる。
日も落ちた頃合いにも関わらず、その街は嘘のように明るく賑やかだったけれど、その華やかさが異質なことはすぐにわかった。
綺麗な服で我が物顔で酒を飲み、笑い歩く者がいる一方で、布切れのような汚れた服で、その首に繋がれた鎖を荒く引かれる奴隷階級が入り乱れる世界。
そこには男も女も、人間も獣人も、子どもも大人も関係なく、そこにいる権利を持つ人間が、そうでない者たちを言葉の通り自由にできる異様な高揚感が満ち満ちていた。
「大丈夫ですか、アスラさん」
そっとアスラに声を掛ける初音に、アスラは拘束されたまま言いたいことも言えず、眉間にシワを寄せて鼻から大きなため息を吐き出す。
「取り引き時には詳細を控えられるが、物見遊山なやつも多いから街に入る程度なら十分なはずだ」
そう言ったアスラの言葉通り、ピストの街へ潜入する直前に、その近くを通りがかったハンターを襲撃して手に入れた個人カードと拘束具。
束の間世話になった個人カードをしまうとジークが口を開く。
「……口まで塞いで悪いな」
「…………っ!」
思ってもなさそうなことをボソリと呟くジークを、ギッと睨みつけるアスラに、初音はあぁっと狼狽える。
当初は初音とジークが戻るまで、多少の食料を持たせたアスラを洞窟で待たせる予定でいたけれど、日夜魔法陣の外から間断なく獣たちに狙われ続ける不透明で孤独な日々との2択。
泣いても笑っても変化のない天秤に迫られたアスラは、半日ほど頭を抱えて1人ぶつぶつと虚にうわ言を呟いた後に、掻き消えそうなほどに小さな声で2人に同行することを告げた。
2人が失敗した場合のリスクまで考えてのことだったけれど、万が一奴隷に落とされるかも知れないと言うリスクも中々のもの。
正式な身柄証明のない2人に、アスラを売り飛ばす行為自体が難しいことだと認識した上でも、アスラの顔色はずっとすこぶる悪かった。
「このまま地理関係を把握しながらライラとやらは探す。元は鉱山地帯の強制労働から始まったはずだが、今は見世物小屋から花街、薬物、臓器売買と金に繋がるなら何でもありの無法地帯だ。はぐれたら2度と外の世界には戻れない」
「…………っ」
ジークの言葉を裏付けるような、垣間見える周囲の光景にごくりと喉を鳴らした初音とアスラは、視線を合わせてこくりと頷いたーー。
「タイミングが悪かったねぇ。今度中央の方で祭りがあるだろう? その催しの要員で、見た目が良かったり身体が強いのはおおかた移されちまったんだよ。しばらくしたらまた入って来るだろうけど、今はどこも貧弱なヤツの方が多いんじゃないかねぇ」
「……力仕事のできる奴隷と、鳥の類いを扱っているところを他に知らないか」
「……そうだねぇ、鉱山奴隷を囲ってる胴元が街の奥の一際大きい建物だ。そこに目ぼしいのがいなければ、今はもうお眼鏡にかなう奴隷はいないんじゃないかい?」
タバコの煙を燻らせた老婆が、親切そうに事もな気に話す。薄暗く不潔な小屋の軒先で天気の不調でも話すように流れる言葉は、その背後の檻の中で、悪環境に身体を震わす奴隷が命をもつ者たちだと認識していないかのようだった。
「……あんたらはハンターかい? そっちのお兄ちゃんが奴隷かね。獣人……じゃぁないみたいだけど、うちは客に好事家がいるからね。人間の優男だから他では安く買い叩かれるだろうけど、うちならオマケしてやれるよ。売るってなったら金額だけでも聞きに来な」
ひっひっひっと隙間だらけの口で下卑た笑いを浮かべる老婆の言葉に、アスラが血の気の引いた顔で一歩後退る。
「……親切にどうも」
その機嫌を伺うようにローブの下からじっとジークの顔を見上げる老婆を、金の瞳で冷たく見下ろして、胸のうちに湧き出る嫌悪感を隠した3人はその場を静かに後にしたーー。
奴隷の売買や交換が合法的に成り立つピストの街。夕闇の中で、高い壁に囲まれた通称奴隷の国の門番に、その行く手を阻まれたジークはローブの奥から金の瞳を向けた。
無言で差し出されたカードをチラ見したスキンヘッドの強面な大男は、持っていた書類へと何かを走り書きしてふむとジークを値踏みすると、その後ろに連れられたローブの人影を覗き見る。
「見ない顔だな。商品は何だ。女か?」
「女は見習いだ。商品はこっちの魔法使い。貴族相手にポカをやらかしたらしいが、腕は悪くないらしい」
小柄な人影に興味を見せる大男の興味を逸らすように、ジークはばさりともう1人のローブを無造作に剥ぎ取った。
そこには生傷が絶えないアスラが、魔法陣の刻まれた手枷と口枷に首輪までされて、青い顔でされるがままに固まっている。
「そりゃぁ気の毒なこったな。まぁお貴族様に粗相しちまったのが運の尽きってやつか。……まぁ若いし顔も悪くないが、期待するほどの金にはならんかも知れんぞ? ほらこれがそいつの番号だから、首輪につけとけ。見せびらかして連れ歩くも、言い値で売るも、交換するも、売り飛ばすも自由だ」
そう言ってニヤリと笑った大男が、一歩立ち退いてその道を開ける。
「金さえあれば自由気ままに好き放題、すべてが許される奴隷の国を楽しんで行くといい」
そう言って開かれた視界の先にある、明るく騒がしい、異様な賑やかさと喧騒に溢れる人が行き交う街へ、一行はその足を踏み入れる。
日も落ちた頃合いにも関わらず、その街は嘘のように明るく賑やかだったけれど、その華やかさが異質なことはすぐにわかった。
綺麗な服で我が物顔で酒を飲み、笑い歩く者がいる一方で、布切れのような汚れた服で、その首に繋がれた鎖を荒く引かれる奴隷階級が入り乱れる世界。
そこには男も女も、人間も獣人も、子どもも大人も関係なく、そこにいる権利を持つ人間が、そうでない者たちを言葉の通り自由にできる異様な高揚感が満ち満ちていた。
「大丈夫ですか、アスラさん」
そっとアスラに声を掛ける初音に、アスラは拘束されたまま言いたいことも言えず、眉間にシワを寄せて鼻から大きなため息を吐き出す。
「取り引き時には詳細を控えられるが、物見遊山なやつも多いから街に入る程度なら十分なはずだ」
そう言ったアスラの言葉通り、ピストの街へ潜入する直前に、その近くを通りがかったハンターを襲撃して手に入れた個人カードと拘束具。
束の間世話になった個人カードをしまうとジークが口を開く。
「……口まで塞いで悪いな」
「…………っ!」
思ってもなさそうなことをボソリと呟くジークを、ギッと睨みつけるアスラに、初音はあぁっと狼狽える。
当初は初音とジークが戻るまで、多少の食料を持たせたアスラを洞窟で待たせる予定でいたけれど、日夜魔法陣の外から間断なく獣たちに狙われ続ける不透明で孤独な日々との2択。
泣いても笑っても変化のない天秤に迫られたアスラは、半日ほど頭を抱えて1人ぶつぶつと虚にうわ言を呟いた後に、掻き消えそうなほどに小さな声で2人に同行することを告げた。
2人が失敗した場合のリスクまで考えてのことだったけれど、万が一奴隷に落とされるかも知れないと言うリスクも中々のもの。
正式な身柄証明のない2人に、アスラを売り飛ばす行為自体が難しいことだと認識した上でも、アスラの顔色はずっとすこぶる悪かった。
「このまま地理関係を把握しながらライラとやらは探す。元は鉱山地帯の強制労働から始まったはずだが、今は見世物小屋から花街、薬物、臓器売買と金に繋がるなら何でもありの無法地帯だ。はぐれたら2度と外の世界には戻れない」
「…………っ」
ジークの言葉を裏付けるような、垣間見える周囲の光景にごくりと喉を鳴らした初音とアスラは、視線を合わせてこくりと頷いたーー。
「タイミングが悪かったねぇ。今度中央の方で祭りがあるだろう? その催しの要員で、見た目が良かったり身体が強いのはおおかた移されちまったんだよ。しばらくしたらまた入って来るだろうけど、今はどこも貧弱なヤツの方が多いんじゃないかねぇ」
「……力仕事のできる奴隷と、鳥の類いを扱っているところを他に知らないか」
「……そうだねぇ、鉱山奴隷を囲ってる胴元が街の奥の一際大きい建物だ。そこに目ぼしいのがいなければ、今はもうお眼鏡にかなう奴隷はいないんじゃないかい?」
タバコの煙を燻らせた老婆が、親切そうに事もな気に話す。薄暗く不潔な小屋の軒先で天気の不調でも話すように流れる言葉は、その背後の檻の中で、悪環境に身体を震わす奴隷が命をもつ者たちだと認識していないかのようだった。
「……あんたらはハンターかい? そっちのお兄ちゃんが奴隷かね。獣人……じゃぁないみたいだけど、うちは客に好事家がいるからね。人間の優男だから他では安く買い叩かれるだろうけど、うちならオマケしてやれるよ。売るってなったら金額だけでも聞きに来な」
ひっひっひっと隙間だらけの口で下卑た笑いを浮かべる老婆の言葉に、アスラが血の気の引いた顔で一歩後退る。
「……親切にどうも」
その機嫌を伺うようにローブの下からじっとジークの顔を見上げる老婆を、金の瞳で冷たく見下ろして、胸のうちに湧き出る嫌悪感を隠した3人はその場を静かに後にしたーー。
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