【完結】奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。

月にひにけに

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第二章 キミと生きる

29.スポーツハンティング

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「キュウッ」

 天気のいい平原の平穏さを割くように、獣の悲痛な声が響いた。

「お見事」

「うぉー、すげえっ!!」

「うさぎだけどな。ウォーミングアップには丁度いい」

 自身にかけられた声に満足しながら、魔法の弓矢に射られたうさぎの耳を掴み上げて、目をギラギラさせた青年は口の端を歪めた。

「さて大物はどこにいるか」

 青年が身にまとう衣服は仕立てが良く、その装飾からは場違いに高価なものであることは一目でわかる。

「今日の獲物はなんすか? グリネットさん」

 グリネットと呼ばれたその青年に媚びるように愛想笑いを浮かべる青年。

「この間狩った虎は綺麗だったから親父たちも喜んでたな。また毛皮や牙を持って帰って来てくれと言われているが、やっぱりせっかく来たら、ライオンは狩ってみたいし、ゾウやキリンもいいよなぁ」

「さすがっすね、グリネットさん。こんなにパーフェクトなのに、その上危険な獣や獣人を相手にするんすから! しかも虎を狩れるその腕前と勇気がすげぇっす!!」

「俺ほどでも腕のいい魔法使いを借り切るスポーツハンティングには、そうそう来られないからな。お前一緒に来られて運がいいよ。荷台に載せ切らないほど狩る俺の勇姿を、今度フィオナにそれとなく話しとけよ」

「任せて下さいよ、グリネットさん! きっとフィオナ嬢も勇ましいグリネットさんにメロメロになりますよ!」

 はっはっはっと謎の高笑いをする金持ちのドラ息子とその腰巾着を目の端で眺めながら、高価なローブを身に纏った魔法使いーーアスラと、護衛然とした身なりの寡黙な年配男性ーーギドは、そっとため息を噛み殺す。

 彼らの周囲には豪奢な馬車と荷馬車に、他3人の魔法使いと、2人の護衛が乗る馬が脇を固める大所帯。

 スポーツハンティングやトロフィーハンティングと言われる娯楽のために行われる狩猟は、金持ちの道楽とされるしばしばある依頼だった。

 参加するのが金持ちであることから、高額の報酬で腕のいい魔法使いと護衛を雇い、身を守らせた上でこれまた高額な魔具を使って獣や獣人を仕留める。

 その後には、記念撮影やら記念品としてその身体の一部を持ち帰ることを目的とした。

 そんな依頼を寄せられるほどには、その筋からある程度の信頼を置かれているアスラとギドは、高額報酬の仕事よりも面倒なドラ息子とその友人のお守りの方がよほど気が重かった。

「このうさぎは獣人化しないのか?」

「魔法のかかった矢尻を打ち込みましたので、本来獣人化できるとしても今は無理ですね。そもそもうさぎの獣人化は珍しい部類ではありますが……何か問題が……?」

「……あぁ、前に狩った虎は女だったんだが、獣人化してる方が表情がよくわかるだろ。それに結構美人だったしな。思えばもう少し遊んどきゃぁ良かったなってずっと思っててさ。よりも方が愛着湧くだろ?」

「さ、さすがっすねグリネットさん……っ!!」

「……我々がいるとは言え相手は獣や獣人ですから、ご注意下さいね」

「…………」

 表出され切らない暗い狂気をその薄ら笑いに貼り付けたグリネットに、アスラとギドをはじめとした一団は早々に帰り支度を始めたい心持ちに駆られる。

 そんな一団の遥か頭上を陽の光を背負い飛ぶ一羽の鳥影には、誰1人として気づきはしなかったーー。





「がっ……はっ!?」

 ずしゃりとその胸を踏みつけて、逆光の中で無表情に眼科のグリネットを見下ろすローブの男。

「だっ誰だてめっ……ぎゃぁっ!!」

 胸に置かれた足を退かそうと躍起になるグリネットを歯牙にもかけず、踏み倒すその足に力を込めればたちまちと悲鳴が上がる。

 目深に被ったローブの奥から、その金色の瞳だけが光り、そこにはまごう事なき怒りが見え隠れしていた。

「おいっ! 魔法使いでも護衛でもどっちでもいいからなんとかしろよっ!! こっちは金払ってんだぞっ!? 親父に言いつけたら終わりだからなっ!?」

 足蹴にされたまま地面に張り付けられた状態で、まるで昆虫の標本のように騒ぐグリネットを見ながら、アスラとギドはこめかみを伝う汗を自覚せずにはいられない。

 ほんの一瞬。ほんの一瞬だった。

 ゾウの群れを見つけ、ドラ息子が得意げに弓を構え撃ったその瞬間に、事態は一変する。

 突然現れたその男は、4人の魔法使いと3人の護衛を目にも止まらぬ身のこなしで蹴り飛ばしていった。

 息つく暇もなく見惚れるような体捌きで、そのローブ男を除けば立っている者は2人だけになっている。

 威力は殺せたものの腹に衝撃をもらったアスラも、すんでで避けたこめかみから血を流すギドも、距離を取って対峙したままにごくりと喉を鳴らす。

 指の先をわずかに動かすことすらも躊躇われる空気の中で、状況も心得ずに喚き続けるドラ息子には1秒でも早く黙って欲しかった。

 何一つとして役立たないその言葉が、目前のローブ男の気を逆撫ですることを、2人は何よりも恐れていたからーー。
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