【完結】奴隷商から逃げ出した動物好きなお人よしは、クロヒョウ獣人に溺愛されて、動物知識と魔法契約でその異世界を生きる。

月にひにけに

文字の大きさ
上 下
25 / 91
第一章 アニマルモンスターの世界へようこそ!

27.突然の ⭐︎

しおりを挟む
「相変わらず川の水冷た……っ!! うぅっ……っ!」

 少し大きめの川に到着すると、ひとまずの確認で入れた指先が冷たい水にピリついた。

 ある程度幅のある川は対岸が崖になっており、明らかに中腹から深くなっている。奥側は流れが急である箇所もあるが、全体的に緩やかな流れの川水は比較的に綺麗だった。

「ーー人間の臭いも目立つが、人工の強い臭いはより俺たちの鼻につくからな……。悪いが洗い流してくれ」

「うぅっネロぉ……っ! この世界、水浴びイベントが多すぎるんだけど……っ!?」

「はつねっ、がんばれっ」

「ぐぅ……っ」

 なんとは無しにネロへ送った愚痴は、ネロ自身も初音の臭いを我慢でもしていたのか、むしろ積極的に返されて為す術がない。

「……服ごと行くのか? 服も洗う必要はあるが、脱いどいた方が後々楽なんじゃないか?」

 腕を組んで、川の辺りで仁王立ちに好き勝手をのたまうジークを無言で振り返り、初音はじとりと恨めしげに睨む。

「……こんな明るくて何もない所で素っ裸になれないよ……っ!! ……まさかそこでずっと見てるつもり……っ!?」

「ーー……別に見ていたい訳ではないが……」

 きぃと目を釣り上げる初音の視線を受けて、相変わらずの無表情で一度視線をずらすとジークは口を開く。

「見ていないとさすがに助けられないからな……。大型の肉食動物は大体水場に集まるし、こう言う水場ではあまり見かけないとは言えワニとか……」

「はっ!?」

 ジークの言葉にギョッとして目を見開いた初音は、アワアワと水場から離れるついでにネロを抱え上げてジークに詰め寄った。

「ちょっと! ワニがいるなんて聞いてないんだけど……っ!?」

「いや、いるかもって話で……」

「そう言うことは先に言って!! 危ないじゃないっ!!」

「いや、言わなくてもわかるだろう」

「わかんないからっ!!!」

 あぁもうっ! と頭を抱える初音は、一瞬前の事態に戦々恐々で震え上がる。

 ワニって怖いのよ! 大型の肉食獣だって場合によっては一瞬なんだから!! 水の中じゃ絶対勝てないんだからね!! と至近距離で半泣きに騒ぎ立てる初音に、ジークは目を丸くした。

 ーー次の瞬間。

「ーーえ?」

 ガシリとネロごと抱きしめられたことを理解するよりも早く、身体が重力に逆らって空を舞う。

「2人とも溺れるなよ」

「え?」

「えっ」

 初音と同じ反応のネロの声を聞きながら、浮いた身体は弧を描いて川の方へ。

「ちょっ!?」

 慌てた時にはもう遅い。

「ちょっと待っ……っ!!」

 次の瞬間には大きな水飛沫と共に3人の身体は川の中へと消え去った。のも束の間、ぶはっと顔を出した初音とその背に掴まったネロは、アワアワと川の岸へと泳ぎ出す。

「ぎゃぁっ! ワニっ! 無理っ!! ネロっ! ちゃんと掴まっててよ!?」

「ぶっ」

 ばちゃばちゃと激しくバタつきつつ、慌ただしく一目散に岸へと引き返す初音と、そんな初音に必死でしがみつくネロ。

 そんな姿を、ジークは水から顔だけ出して無言で眺める。

「……大丈夫か?」

「急になんて事するの……っ!? ワニが近くにいたらどうするつもり……っ!?」

 びしょ濡れで四つん這いに息をする初音の側に、そろりと寄ったジークが顔を覗き見る。

 ぷーと水を噴水のように吐き出すネロを横目に、恐怖と怒りで半泣きにジークを睨む初音に目を丸くするとーー。

「ふっ」
 
「えっ」

「ははっ」

 自らもずぶ濡れで、腹を押さえて急に笑い出すジークに、初音とネロは呆気に取られた。

「はははっ」

「えっ! えっ!? な、何なになにっ!?」

「ジークっ、ようすへんっ」

 ついていけない被害者2人は目を白黒させて、いつになく感情を露わに笑うジークを見遣るしかない。

「……あんな業突くオヤジに、並いる肉食の獣人を前にしても存外に平然としてるのに、姿のないワニは怖いのか?」

「い、いやいや、これまでのも怖くない訳じゃないし……っ! こわいけど、そうするしかないって言うか……っ、むしろワニは見たら終わりでしょっ!!」

 あはははと柄にもなく子どものように笑うジークに、初音はなぜか熱くなる身体を持て余す。

 顔が熱くて変な感じで、怒ってはいないのに思わずと眉根を寄せて口を引き結んだ。

「人間のくせに、本当に変なヤツだ」

「は……っ」

 至近距離でふっと微笑まれたことに驚き固まる一方で、そのままペロリと舐められた唇に初音は目を見開いて停止する。

「へ……っ!?」

 目前の金の瞳から視線を逸らせないままの初音に、ニッと笑ったジークは再び距離を詰めるとその鼻先をそっと突き合わせ、再び初音の唇を塞ぐ。

「んむ……っ」

 再び軽く唇を塞がれたのを自覚した時には、思わず手探りでネロの頭を抱えてその視界を塞ぐことで精一杯だった。

 しかして初音の両手が塞がれたことで言うなればやられたい放題とも言え、軽く触れる程度だった唇は次第に強く押し当てられる。

「はつねっ?」

「んっ」

 思わず目をギュッと瞑ったところで、ネロの声に気を取られた初音の唇をガブリと甘噛みされる。

「…………ぅん……っ!?」

 びくりと身体を震わせ、ぎゅうとネロの頭を抱きしめて、漏れた自身の吐息に身体の熱が更に上がった気がした。

 嘘みたいに長く感じた一瞬の時間は、再びペロリと舐められた唇を合図に離れると、再び鼻先に柔らかな感触と息遣いを残して離れる。

「な……っ……何……をっ」

 茹で蛸のように真っ赤になったずぶ濡れのままの初音は、目の前の金の瞳へと訴えかける。

 その視線を受けても、普段と変わり映えのない涼しげな様子のジークは、ペロリと自身の唇を舐めると悪ガキのように笑った。

「初音が望むなら、俺がお前を守ってやる」

「へ……っ!?」

 言うが否や立ち上がって歩き出すジークに完璧に置いてけぼりにされたまま、初音はその背を見送るしかない。

「はつねっ、くるしいっ」

「あぁっ!? ごめん、ネロっ!!」

 動転し過ぎて言われた言葉が理解できない初音は、腕の中のネロの苦しげな声に急ぎ力を緩める。

「はつねっ、どうしたっ、かおあかいっ」

「いやっ、何でもなくてっ!!」

 純真な赤い瞳に見つめられて、初音はパクパクと無闇に口を開け閉めしながらなんとか言葉を捻り出す。

「ん、ワニだ」

 パチャリと聞こえた水音に目を向けてボソリと呟いたジークの言葉に、ギョッとして飛び上がった初音は再びジークに笑われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!

柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...