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第一章 アニマルモンスターの世界へようこそ!
19.潜入
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「……本当にいいのか」
建物の壁の陰で、神妙な顔で尋ねてくるジークを初音は見返す。
「え? だってこの為に私を連れて来たんだよね?」
獣人には手出しができない領域が、初音であれば問題にもならない。それは昼間のハンターの件でも証明されていた。
「それはそうだが……危険であることに変わりはないだろう……」
小首を傾げる初音に、ジークは気まずそうに言い淀む。
行き先を言わず、初音に了解も取らずに連れて来ている時点で、ジークにとってのこの行動がどれだけ重要であるかは明白だった。
例え初音が嫌がったところで、ジークの行動は変わらないのだろうとも予想できる。
なのに、初音を巻き込む罪悪感からか、初音があまりに大人しく協力する姿勢を見せたからか、直前になって及び腰を見せたのはジークの方だった。
「……正直に言えば、怖いは怖いけど……同じくらい何とかしたい……とも思ってる。ジークとアイラちゃんのことなら、尚更。……私にできることがあるなら……私にしかできないことなら……協力させて欲しいかな」
「……………………恩にきる……」
震えそうになる身体に気づかないふりをして、にこりと笑顔を見せる初音をジークは見つめる。
「……基本的には秘密裏に助け出せたらと思っているが……」
「……もしもの時は……いつもみたいに助けてくれるんでしょ」
えへと軽く笑ってその金の瞳を初音が見れば、しばしの後にジークはコクリと頷いた。
「よーし、そうと決まれば任せて! 行こ行こ! 頑張るねっ!」
「ーー…………」
にこりと笑んで立ち上がり、気丈に振る舞う初音を見上げた後に、ジークは静かにその腰を上げたーー。
扉や窓を閉めた状態で完成する仕組みとなる魔法陣を、初音に開けたり壊して欲しいと、ジークは言った。
重大任務に、初音は逸る鼓動を鎮めることに努める。
獣人から魔力を奪って閉じ込め、更には外部からの侵入も防ぐ効果がある魔法陣にジークが触れることで、気づかれるのを防ぎたいとのことだった。
荷馬車を付近に隠して、ジークに抱かれてその壁を超える。その目の前に広がった光景に、初音は思わず息を呑んだ。
「何これ……っ」
夜の闇に建物の明かりで浮かび上がる、敷地内に敷き詰められた一面の檻。檻。檻。檻は積み重ねられて隙間なく乱雑に置かれ、その小さな檻のどれもから生き物の気配が漏れ聞こえてくる。
むせ返るようなケモノ臭がその異常さを物語っており、初音は言葉を失った。
壁の内側に降りて、背を低くして敷地の中央にある立派な建物へと走る。
「……野ざらしなのは、需要が多く量産型の、比較的に繁殖が容易な種だろう」
「だからって……っ」
「……そもそも金を目的としていて手を行き届かすつもりもないんだ。生かさず殺さずのエサを最低限与えて、ひたすらに繁殖と出産を繰り返させる。……その後は……ろくなもんじゃない」
「…………他の子は……っ……ここにいる子たちを……一緒に逃すことは……っ?」
痩せ細り、不衛生に弱り果てる多種多様の檻の中の動物たちに、初音はすがるようにジークを見上げる。
足を止めて初音を振り返るジークは、静かに初音を見下ろした。
「……気持ちはわかる。初音ならそう言うと思ったし、俺も可能であるなら一緒に逃したい」
「なら……っ」
「だが無理だ」
「……なんで……?」
「魔法陣だけなら初音のような協力者がいなくても、最悪人間を脅せば解放できる。人間よりも身体能力の高い獣人が、それでも同胞を助けない理由は何だと思う?」
「……魔法があるから?」
「そうだ。魔法の前には歯が立たない。この間のハンターたちとは話が違う。こんな規模のパピーミルなら、手練揃いのお抱え魔法使いが何人もいるはずだ。どんなに力が強くても、身体能力が高くても、魔法を完成させた非力な魔法使い1人に、獣人である限りは敵わない。俺たちは、それをイヤと言うほど知っている」
いつも冷静なジークが、抑えてはいても感情を露わに言葉を繋ぐことに、初音は口を挟めなかった。
その言葉の裏に、並々ならぬ感情が渦巻いているのを感じる。思わずごくりと喉を鳴らして、初音は普段とは別人のようなその金の瞳を見つめた。
「ーーだから……怪我と一緒だ。生きるのが困難な怪我を負えば、生存を諦めるほかない。ハンターに捕まるとは、そう言うことだ」
「………………」
我に返ったようにハッとして、視線を逸らすジークを見る初音の胸が痛み、申し訳ない気持ちに、唇を噛む。
「……最初で最後だ。万が一失敗すれば警備を固められて、もう二度と救出の機会はなくなる……。俺は……ここにいる全ての同胞を見捨てても、今日この時を、逃す訳にはーー」
「………………わかった……」
必死に何かと闘うように険しい顔をするジークが、初音を見遣る。
「わかったよ……っ…………ごめん、ジークの方が、助けたいに決まってるよね」
「ーー…………」
少し呆けたようなジークの、握りしめた拳に触れる。
「ーー簡単に言って、ごめん」
今この時までに、初音の知り得ないような出来事や光景を、ジークがどれだけ見てきたか。どれだけ悔しかったか、初音には想像することしかできない。
初音は爪が食い込む指先を、そっと開かせる。
「……行こう」
「ーーあぁ……」
2人は夜の闇に紛れるように、並べられた檻の間を走り抜けて明かりのつく建物へと向かったーー。
建物の壁の陰で、神妙な顔で尋ねてくるジークを初音は見返す。
「え? だってこの為に私を連れて来たんだよね?」
獣人には手出しができない領域が、初音であれば問題にもならない。それは昼間のハンターの件でも証明されていた。
「それはそうだが……危険であることに変わりはないだろう……」
小首を傾げる初音に、ジークは気まずそうに言い淀む。
行き先を言わず、初音に了解も取らずに連れて来ている時点で、ジークにとってのこの行動がどれだけ重要であるかは明白だった。
例え初音が嫌がったところで、ジークの行動は変わらないのだろうとも予想できる。
なのに、初音を巻き込む罪悪感からか、初音があまりに大人しく協力する姿勢を見せたからか、直前になって及び腰を見せたのはジークの方だった。
「……正直に言えば、怖いは怖いけど……同じくらい何とかしたい……とも思ってる。ジークとアイラちゃんのことなら、尚更。……私にできることがあるなら……私にしかできないことなら……協力させて欲しいかな」
「……………………恩にきる……」
震えそうになる身体に気づかないふりをして、にこりと笑顔を見せる初音をジークは見つめる。
「……基本的には秘密裏に助け出せたらと思っているが……」
「……もしもの時は……いつもみたいに助けてくれるんでしょ」
えへと軽く笑ってその金の瞳を初音が見れば、しばしの後にジークはコクリと頷いた。
「よーし、そうと決まれば任せて! 行こ行こ! 頑張るねっ!」
「ーー…………」
にこりと笑んで立ち上がり、気丈に振る舞う初音を見上げた後に、ジークは静かにその腰を上げたーー。
扉や窓を閉めた状態で完成する仕組みとなる魔法陣を、初音に開けたり壊して欲しいと、ジークは言った。
重大任務に、初音は逸る鼓動を鎮めることに努める。
獣人から魔力を奪って閉じ込め、更には外部からの侵入も防ぐ効果がある魔法陣にジークが触れることで、気づかれるのを防ぎたいとのことだった。
荷馬車を付近に隠して、ジークに抱かれてその壁を超える。その目の前に広がった光景に、初音は思わず息を呑んだ。
「何これ……っ」
夜の闇に建物の明かりで浮かび上がる、敷地内に敷き詰められた一面の檻。檻。檻。檻は積み重ねられて隙間なく乱雑に置かれ、その小さな檻のどれもから生き物の気配が漏れ聞こえてくる。
むせ返るようなケモノ臭がその異常さを物語っており、初音は言葉を失った。
壁の内側に降りて、背を低くして敷地の中央にある立派な建物へと走る。
「……野ざらしなのは、需要が多く量産型の、比較的に繁殖が容易な種だろう」
「だからって……っ」
「……そもそも金を目的としていて手を行き届かすつもりもないんだ。生かさず殺さずのエサを最低限与えて、ひたすらに繁殖と出産を繰り返させる。……その後は……ろくなもんじゃない」
「…………他の子は……っ……ここにいる子たちを……一緒に逃すことは……っ?」
痩せ細り、不衛生に弱り果てる多種多様の檻の中の動物たちに、初音はすがるようにジークを見上げる。
足を止めて初音を振り返るジークは、静かに初音を見下ろした。
「……気持ちはわかる。初音ならそう言うと思ったし、俺も可能であるなら一緒に逃したい」
「なら……っ」
「だが無理だ」
「……なんで……?」
「魔法陣だけなら初音のような協力者がいなくても、最悪人間を脅せば解放できる。人間よりも身体能力の高い獣人が、それでも同胞を助けない理由は何だと思う?」
「……魔法があるから?」
「そうだ。魔法の前には歯が立たない。この間のハンターたちとは話が違う。こんな規模のパピーミルなら、手練揃いのお抱え魔法使いが何人もいるはずだ。どんなに力が強くても、身体能力が高くても、魔法を完成させた非力な魔法使い1人に、獣人である限りは敵わない。俺たちは、それをイヤと言うほど知っている」
いつも冷静なジークが、抑えてはいても感情を露わに言葉を繋ぐことに、初音は口を挟めなかった。
その言葉の裏に、並々ならぬ感情が渦巻いているのを感じる。思わずごくりと喉を鳴らして、初音は普段とは別人のようなその金の瞳を見つめた。
「ーーだから……怪我と一緒だ。生きるのが困難な怪我を負えば、生存を諦めるほかない。ハンターに捕まるとは、そう言うことだ」
「………………」
我に返ったようにハッとして、視線を逸らすジークを見る初音の胸が痛み、申し訳ない気持ちに、唇を噛む。
「……最初で最後だ。万が一失敗すれば警備を固められて、もう二度と救出の機会はなくなる……。俺は……ここにいる全ての同胞を見捨てても、今日この時を、逃す訳にはーー」
「………………わかった……」
必死に何かと闘うように険しい顔をするジークが、初音を見遣る。
「わかったよ……っ…………ごめん、ジークの方が、助けたいに決まってるよね」
「ーー…………」
少し呆けたようなジークの、握りしめた拳に触れる。
「ーー簡単に言って、ごめん」
今この時までに、初音の知り得ないような出来事や光景を、ジークがどれだけ見てきたか。どれだけ悔しかったか、初音には想像することしかできない。
初音は爪が食い込む指先を、そっと開かせる。
「……行こう」
「ーーあぁ……」
2人は夜の闇に紛れるように、並べられた檻の間を走り抜けて明かりのつく建物へと向かったーー。
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