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第一章 アニマルモンスターの世界へようこそ!
3.美形の獣人
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声の低さや体格から、恐らく男と思われるローブ男に縋るようにしがみついた所で、初音の身体を捕らえていた鎖が全て切られていることに今更ながら気づく。
「待て!」
バイパーの怒声が聞こえたが、構ってなどいられなかった。
必死に飛びついた初音の身体をぐいと引っ張りその腕に抱くと、ローブ男はしっかりと自身に引き寄せて腕を回す。
「……しっかり捕まって、口は閉じていろ」
「えっ」
耳元で低く囁かれた次の瞬間には、ローブ男が踏みつけた悪代官の頭が床にもう一段階沈み込んで円状に衝撃が広がると、人間技とは思えぬ速度で真上に跳躍する。
身体がぐんぐんと重力に逆らって上昇し、さながら超加速で上昇するジェットコースターのようだった。
加速に振り回されて目を瞑り、必死でローブ男にしがみついた初音はまたしても衝撃音を聞く。
熱のこもった会場の気持ち悪い空気ではない、新鮮な外気に頬を撫でられる。
そっと目を開ければ、ローブ男は遥か高かった会場の天井を突き破って建物の屋根に降り立つ。その動きは体重や重力を感じさせず、改めて人間業とは思えない。
ローブの裾を風に舞わせたローブ男は、美しい月夜と満点の星空を背負って佇んでいた。
ローブ男にしがみついたまま、夜の街を駆けて街の外に出ると、そこには一面の草原が広がっていた。その草地を、ローブ男はずっと人間離れしたその脚力で女1人抱えて走り続ける。
街から出ればそこはモンスターの領域と、過去に聞いた言葉を思い出して初音はごくりと喉を鳴らす。
これからどうなるのだろう。どう考えても、ローブ男は人間ではない気がした。それでは一体何なのか。なぜ、助けてくれたのか。本当に、助けてくれたのか?
そこまで考えて、初音は考えを打ち消した。
人間でないならなんだと言うのか。ついさっきまで、その人間に身体も心も尊厳までも奪われかけたと言うのに、人間とそうでないものの違いが今果たして重要だろうか。
風のように走るローブ男が、その足を徐々に緩め出す。草地を抜けた先には黒々とした森が広がるも、ローブ男は躊躇なくそこへと踏み入れる。
ピタリと、小さな滝のある川のほとりでそっと降ろされて、緊張した面持ちで初音はそのローブに隠れた奥の金の瞳を見返した。
「……手足を貸せ。取ってやる」
「あ、ありがとう……っ」
切れた鎖がまだ揺れる、皮でできた両手足の拘束を外されて、首輪の拘束具に手を掛けようとしたローブ男はその手をぴたりと止める。
「……首は自分で取れるか? 後ろに留め具があるが、鍵はない」
「え、あ、あ、ありがとう……」
言われるがままにあせあせと腕を回し、感覚だけで何とかつけられていた首輪を外すことに初音は成功した。
そんな初音を静かに静観していたローブ男は、ついと流れる滝と池を静かに指差す。
「……洗え、臭くて堪らん」
「えっ!?」
予想外の言葉にいくらかショックを受ける。オークションに出る前に念入りに洗われたはずだったけれどと少し焦ってから、吹きかけられた香水か、身体に浴びせられた謎の液体のことだろうかと思い当たった。
じっと動きそうにないローブ男の圧に負けて、初音は川に踏み入れる。
ーーうっ冷たい……っ!
寒い季節ではないものの、針に刺されるような川の水の冷たにビクリとする。
そろりとローブ男を振り返るも、無言の圧は変わらない。金色の瞳がつつっと動いて小さな滝を指したのがわかった。
うぐぅっと小さく唸った後に、初音は意を決して小さな滝の下に踏み入れた。
「ちょっとお兄! どうなってんの!?」
小さな滝のある川からローブ男の足でそう遠くない……ように感じた洞窟。そこから出て来たフードを被った小さな女の子は、初音を見るなり目を剥いて騒ぎ立てた。
「……臭かったから洗った」
「女の人に臭いとか言っちゃダメっ! って言うかそんなことより凍えてるじゃん!!!」
ガチガチと歯の根が合わない初音の様子に目を釣り上げて、フードを被った女の子はお兄と呼ばれたフードの男に詰め寄る。
フードを被った女の子にひどく責められて、フード男が少したじろいでいるのが意外だった。
「こっち来てっ!」
寒さのあまりにうまく動かない四肢をぎこちなく動かして、初音はフードを被った女の子に手を引かれてついていく。
ふとその手が動物の様に柔らかい黒い毛に包まれて肉球まであることにギョッとするも、ひとまず動揺を出さないように努めた。
森の中に現れた岩肌の中腹にある洞窟を奥に進めば、赤い焚き火が燃えていた。
「待ってて、アイラ……の服じゃ小さいだろうから、お兄の服探してくる!」
そう言って凍える初音を置いて、フードを被ったアイラと言うらしい少女の背は追う暇もなくものすごい速さで洞窟の奥へと姿を消した。
ポツンと残され、ひとまず熱に誘われて言われるがままに焚き火にあたるとホットする暖かさに包まれた。
洞窟の入り口からコツコツと響く靴音と共に歩いてきたローブ男は、くんくんと自らのローブの臭いを嗅ぐとチッと舌打ちをして留め具を外し、衣擦れと共にそのローブを脱ぎ去る。
初音はそんなローブ男の姿を焚き火にあたりながら呆けたように見上げた。
金色の切れ長の瞳と細くまとめた尻尾のようなダークグレーの髪。少し強気で、整った綺麗な顔。
ピタリと体にフィットした軽装は、服の上からでもそのしなやかで引き締まった体躯を遺憾無く誇示して、腰には中剣を下げている。
そして何より初音の視線を捉えて離さないもの。それは、そのダークグレーの髪の間から覗く黒くて丸い動物の耳と、ズボンから揺れる黒くて長い尻尾の存在感だった。
焚き火にあたりながら、不躾に凝視して停止している初音をチラリと見やり、獣人とでも言うべき外見の青年はチッとイヤそうに舌打ちする。
「ごっごめんなさいっ」
あせあせと頭を下げれば、青年は丸めたローブを手荒く洞窟の端へと放り投げてどかりと焚き火の前に座った。
ビクリと身体を震わせて、小さくなりながら初音は青年の様子を伺い見る。
「なんだ」
「あっいえっその、耳と尻尾って……本物……?」
「……獣人を見るのは初めてか」
「獣人……」
呆けたような初音を横目で見ながら、青年はめんどくさそうに顔を歪めてその耳と尻尾を揺らした。
「待て!」
バイパーの怒声が聞こえたが、構ってなどいられなかった。
必死に飛びついた初音の身体をぐいと引っ張りその腕に抱くと、ローブ男はしっかりと自身に引き寄せて腕を回す。
「……しっかり捕まって、口は閉じていろ」
「えっ」
耳元で低く囁かれた次の瞬間には、ローブ男が踏みつけた悪代官の頭が床にもう一段階沈み込んで円状に衝撃が広がると、人間技とは思えぬ速度で真上に跳躍する。
身体がぐんぐんと重力に逆らって上昇し、さながら超加速で上昇するジェットコースターのようだった。
加速に振り回されて目を瞑り、必死でローブ男にしがみついた初音はまたしても衝撃音を聞く。
熱のこもった会場の気持ち悪い空気ではない、新鮮な外気に頬を撫でられる。
そっと目を開ければ、ローブ男は遥か高かった会場の天井を突き破って建物の屋根に降り立つ。その動きは体重や重力を感じさせず、改めて人間業とは思えない。
ローブの裾を風に舞わせたローブ男は、美しい月夜と満点の星空を背負って佇んでいた。
ローブ男にしがみついたまま、夜の街を駆けて街の外に出ると、そこには一面の草原が広がっていた。その草地を、ローブ男はずっと人間離れしたその脚力で女1人抱えて走り続ける。
街から出ればそこはモンスターの領域と、過去に聞いた言葉を思い出して初音はごくりと喉を鳴らす。
これからどうなるのだろう。どう考えても、ローブ男は人間ではない気がした。それでは一体何なのか。なぜ、助けてくれたのか。本当に、助けてくれたのか?
そこまで考えて、初音は考えを打ち消した。
人間でないならなんだと言うのか。ついさっきまで、その人間に身体も心も尊厳までも奪われかけたと言うのに、人間とそうでないものの違いが今果たして重要だろうか。
風のように走るローブ男が、その足を徐々に緩め出す。草地を抜けた先には黒々とした森が広がるも、ローブ男は躊躇なくそこへと踏み入れる。
ピタリと、小さな滝のある川のほとりでそっと降ろされて、緊張した面持ちで初音はそのローブに隠れた奥の金の瞳を見返した。
「……手足を貸せ。取ってやる」
「あ、ありがとう……っ」
切れた鎖がまだ揺れる、皮でできた両手足の拘束を外されて、首輪の拘束具に手を掛けようとしたローブ男はその手をぴたりと止める。
「……首は自分で取れるか? 後ろに留め具があるが、鍵はない」
「え、あ、あ、ありがとう……」
言われるがままにあせあせと腕を回し、感覚だけで何とかつけられていた首輪を外すことに初音は成功した。
そんな初音を静かに静観していたローブ男は、ついと流れる滝と池を静かに指差す。
「……洗え、臭くて堪らん」
「えっ!?」
予想外の言葉にいくらかショックを受ける。オークションに出る前に念入りに洗われたはずだったけれどと少し焦ってから、吹きかけられた香水か、身体に浴びせられた謎の液体のことだろうかと思い当たった。
じっと動きそうにないローブ男の圧に負けて、初音は川に踏み入れる。
ーーうっ冷たい……っ!
寒い季節ではないものの、針に刺されるような川の水の冷たにビクリとする。
そろりとローブ男を振り返るも、無言の圧は変わらない。金色の瞳がつつっと動いて小さな滝を指したのがわかった。
うぐぅっと小さく唸った後に、初音は意を決して小さな滝の下に踏み入れた。
「ちょっとお兄! どうなってんの!?」
小さな滝のある川からローブ男の足でそう遠くない……ように感じた洞窟。そこから出て来たフードを被った小さな女の子は、初音を見るなり目を剥いて騒ぎ立てた。
「……臭かったから洗った」
「女の人に臭いとか言っちゃダメっ! って言うかそんなことより凍えてるじゃん!!!」
ガチガチと歯の根が合わない初音の様子に目を釣り上げて、フードを被った女の子はお兄と呼ばれたフードの男に詰め寄る。
フードを被った女の子にひどく責められて、フード男が少したじろいでいるのが意外だった。
「こっち来てっ!」
寒さのあまりにうまく動かない四肢をぎこちなく動かして、初音はフードを被った女の子に手を引かれてついていく。
ふとその手が動物の様に柔らかい黒い毛に包まれて肉球まであることにギョッとするも、ひとまず動揺を出さないように努めた。
森の中に現れた岩肌の中腹にある洞窟を奥に進めば、赤い焚き火が燃えていた。
「待ってて、アイラ……の服じゃ小さいだろうから、お兄の服探してくる!」
そう言って凍える初音を置いて、フードを被ったアイラと言うらしい少女の背は追う暇もなくものすごい速さで洞窟の奥へと姿を消した。
ポツンと残され、ひとまず熱に誘われて言われるがままに焚き火にあたるとホットする暖かさに包まれた。
洞窟の入り口からコツコツと響く靴音と共に歩いてきたローブ男は、くんくんと自らのローブの臭いを嗅ぐとチッと舌打ちをして留め具を外し、衣擦れと共にそのローブを脱ぎ去る。
初音はそんなローブ男の姿を焚き火にあたりながら呆けたように見上げた。
金色の切れ長の瞳と細くまとめた尻尾のようなダークグレーの髪。少し強気で、整った綺麗な顔。
ピタリと体にフィットした軽装は、服の上からでもそのしなやかで引き締まった体躯を遺憾無く誇示して、腰には中剣を下げている。
そして何より初音の視線を捉えて離さないもの。それは、そのダークグレーの髪の間から覗く黒くて丸い動物の耳と、ズボンから揺れる黒くて長い尻尾の存在感だった。
焚き火にあたりながら、不躾に凝視して停止している初音をチラリと見やり、獣人とでも言うべき外見の青年はチッとイヤそうに舌打ちする。
「ごっごめんなさいっ」
あせあせと頭を下げれば、青年は丸めたローブを手荒く洞窟の端へと放り投げてどかりと焚き火の前に座った。
ビクリと身体を震わせて、小さくなりながら初音は青年の様子を伺い見る。
「なんだ」
「あっいえっその、耳と尻尾って……本物……?」
「……獣人を見るのは初めてか」
「獣人……」
呆けたような初音を横目で見ながら、青年はめんどくさそうに顔を歪めてその耳と尻尾を揺らした。
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