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2章

46.相対

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「…………っ」

 大きくはだけた自身の胸元に、私は思わず息を呑んだ。

「……ふん、顔色が変わったな。所詮は粋のいいだけの小娘だ。余計なことは考えずに、ただ大人しく俺の言うことを聞いてればいいんだよ」

 恐怖と羞恥を筆頭に、ない混ぜになった感情を歯を噛み締めて堪える。

 風通しの良くなった胸元を見下ろし、下着から溢れそうな白い肌に身体が熱くなるのと同時に、私はあるはずのものがないことに気づく。

「…………っ……ネックレス……?」

 ドレスの中に潜めていたネックレスがないことに気づき、眉根を顰めた私のアゴが強い力で掴まれた。

「あぁ? ネックレスだ?」

「……あなたたちが取ったんですか?」

「人を見かけで判断するんじゃねぇよ。取ったのは俺たちじゃねぇ。さっき見たろ、雇い主様だよ。そそくさとネックレスとイヤリングだけ持って行きやがって。…………やっぱりあれ高いやつか?」

「…………」

 ヴァーレン様に頂いたネックレスとイヤリング。それだけを持って行ったのは、単に金銭に替えやすい貴金属だからなのか。

 イヤリングは目につくとしても、ネックレスはドレスの下に付けていたはず。そしてブローチや髪飾りなど他の装飾品には手をつけられていないのは不可解に思えた。

 呪いまじなをかけておいたと言っていたヴァーレン様の声が思い出される。魔法の類がかけられた魔術具であると、気づいていたと言うことだろうか。

 魔術具であることの見分けなど私にはつかなかったが、それを見抜くことをできる者は、果たしてどれくらいいるのか?

「おい、考えごとか? 余裕だな」

「アニキいい加減マジでやめよう。どうすんだよ、その服! ……あぁ、もう、無事に終われば大金が手に入るんだ! こんな小娘、構う必要なんかねぇだろ!」

 アワアワと明らかに狼狽している貧相な男は無骨な男に声を掛けるも、その想いは虚しいかな全く響いていないようだった。

「……ほら、泣け。泣いてみろよ。泣いて命乞いでもしたら、俺の気が変わるかもしれないぜ」

「ーーっ!」

 目の前で凄まれた挙句に掴まれたアゴを乱雑に解放された私は、不快な感触にギョッとして下を見る。無骨な男がドレスの裾を捲り上げてその手を差し入れていた。

「普段澄まして俺らを見下しているお前らが、必死に泣き喚いて俺に命乞いするのを見るのが、俺は何よりも好きなんだよーー」

 太ももまで露わになった足を撫でるようなその手の感触に、私の全身が総毛立つ。

「ーーっ!」

「あぁ、もう、いい加減にしろよ、アニキ! 毎度毎度変なスイッチ入れてんじゃねぇよ! 手ぇ出すなって言われただろっ!? マジであいつはヤバそうだって言ってるじゃねぇか……っ!」

「うるっせぇな、お前はよぉ! そんなに心配ならお前が見張って合図でも寄越せばいいだけだろうが!」

 イラついた無骨な男の怒鳴り声に、私と貧相な男はびくりと身体を震わす。

「………………」

 しんと静まる室内と2人の男の様子を伺いながら、私はごくりと喉を鳴らして息を潜めた。

 いくらか居心地の悪い時間が流れた後、貧相な男がはぁぁぁと長く大きなため息を吐いて無骨な男を睨みつける。

「……マジでやってられねぇ。怒鳴ればいいとでも思ってるのかよ、勝手にしろよ。言っとくけど俺は関係ねぇからな」

 そう言い捨てて、貧相な男はくるりと背を向けて小屋の扉を開けると、バタンと音を立てて扉を閉めて出て行った。

「なんだアイツ、カリカリしやがって。ちっとばかり不気味そうなやつだからってケツの穴が小せぇんだよ、細かいやつめ」

「…………」

 ぶつくさと文句を垂れながらも、いくらかバツの悪そうな無骨な男を私は横目に見る。

 当初はアニキと呼ばれた無骨な男の方が力関係が上のような印象を受けたが、そんなに分かりやすい関係ではなさそうだった。

 とは言え、拘束をいくらか解かれた所で男2人に同時に襲われれば、体格と力の差で敵わないことは容易に想像できた以上、男たちの意見の相違はありがたい。

 何となくなストッパー役がいなくなったことで、私の貞操の危険度も跳ね上がったが、刃物を持った男2人を一度に相手取る必要はなくなったのは朗報と言えた。

「あいつマジでわかってねぇぜ。貴族の女ーーましてや生娘なんざ、大金積んだって指一本触ることもできねぇ貴重な機会なのによぉ」

 気を持ち直すように独り言を呟く無骨な男は、まぁいいと漏らすと私に向き直る。

「手を出すなとは言われたが、同意の上なら手を出したことにはならねぇだろ? なぁ? お嬢様もそう思うだろぉ?」
 
 謎理論で同意を求めてくる無骨な男に、いや、なるでしょう。と心の中でいやに冷静な突っ込みを入れつつ、私はニコリと笑む。

「…………条件がありますが、お約束して頂けますか?」

「……あぁ?」

「私の命が助かるように助力して頂くこと。は死ぬまで口外しないことーー」

「…………」

 眉を寄せる無骨な男を無視して、私は続ける。

「私の身体に傷をつけないこと。あとはーー……」

「……まだあんのかよ……」

 はぁとため息を吐く無骨な男を、可能な限りのを作って小首を傾げながら上目遣いに見遣る。

「……殿方に触れることはなので……その……優しくして……頂けますか……?」

 それだけ言って恥ずかしげに視線を逸らす私は、荒い鼻息で舌舐めずりをする無骨な男の気配を感じていた。
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