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2章

41.訪問2人目

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「ーー…………」

 啖呵を切ったものの、訪れる静寂に私は冷や汗を垂らす。

 年上の、しかも爵位も上の、恐らく恩と言う名の親切心から手を差し伸べてくれただけの男性に、私は勢い余って何を口走ったのだろうか。

 思っていたより色々と話して貰えたのが嬉しくて、弱さと言うか、私だけに見せてくれた姿もあったのではと舞い上がって抱きしめたいとは、とんだ破廉恥案件である。……まぁ婚約者ではあるけれど。

 最近のルド様の謎距離感の影響かしら、なんてあまりの居た堪れなさに人のせいにしつつ、私は顔から火が吹きそうだった。

「ーー…………あ、あの……っ」

「おいっ! このっ! ばっ! 待てこらっ! ヴァレンタインっ!」

「あ、ハンナちゃーん! おはよー! ……あれっ!? 今日は一段と可愛いねぇ! あ、ヴァーレン卿もさすが早いね! あ、僕お邪魔だったかな?」

「………………」

「………………」

 口を開こうとしたヴァーレン様が声を発する前に、沈黙に耐えられなくなった私の溢れた声を掻き消して、焦ったようなライト兄様の声と、場違いなほどに明るくて軽いルド様の声が分け入って来た。

 私とヴァーレン様は突如異空間に放り出されたかのように、その場の空気の変化について行くこともできず、思わず騒がしい2人を無言で見遣る。

「くそっ! お前何なんだよ! 大人しく待つくらいできるだろうっ!?」

「いやいや、僕はただ小鳥のさえずりと第六感に誘われて美しい湖のほとりを散歩していただけだから」

「はぁっ!? わけわからんこと言ってないで、バカ妹なんぞに妙な力を発揮せんでいい……っ!」

「こんな素敵で愛らしいハンナちゃんに何を言うんだいルーウェン。それに褒めてもらって嬉しいけど、僕は可愛い小鳥ちゃんたちにしか反応できない身体なんだよ、悪いね」

「褒めてねぇ上に悪くもねぇがなっ!!」

 あのライト兄様が負けている……。そして気のせいか仲良くなっている気がする……。と思わず感心していた私は、ルド様に挨拶すらも返していないことに気づいて慌てる。

「あ、おはようございます、ルド様。えっと、今日はどうされたのですか……?」

「いつも愛らしいけど、今日は一段とおめかしで美しいね! ビーナスさえも隠れてしまいそうで、ヴァーレン卿も平静を装うのが大変だね!」

「……朝から元気だな、ヴァレンタイン卿……」

「……あ、ありがとうございます……」

 パチンと指を鳴らしながらハイテンションでウインクするルド様に、私とヴァーレン様は未だついて行けない。ライト兄様に至ってはもう口を挟むのも嫌だと言うような表情だった。

 とは言えそんな謎行動すらも違和感なく様になるのが恐ろしい。

「今日はルーウェン伯爵に、ハンナちゃんをごたごたに巻き込んでしまった件をお詫びに来たんだよ。もちろん正式には後日父からさせてもらうけれど、ひとまずの事情説明にね」

「えっっっ!?」

 あまりにギョッとして、私は客人の前であることも忘れてカエルを踏み潰したような声をあげる。

「えっえっえっっ!?」

「ヴァーレン卿も、今日ルーウェン伯爵を訪ねると聞いたので、僕も一緒させて貰えないかとお願いしたんだ」

「えっ! あっ……っ! えぇっ……っ!?」

 お父様に婚約破棄のために暗躍していたアレコレがバレる! と焦っている私はまともに言葉を紡げない。

 ライト兄様が、今回の件に微妙に報告し難い面で一枚噛んでいる以上、もしかしたらお父様の耳に入らないかも。という私の淡い希望的観測は、音を立てて崩れ落ちた。

「……案ずるな、ハンナ令嬢。本題はあくまでもヴァレンタイン卿とハンナ令嬢に呪いをかけたフォルン伯爵令嬢の件についてで、細かいことをあれこれと報告するつもりではない」

 衝撃を受けて固まっている私の横に少し進み出たヴァーレン様は、落ち着いた声音で口を開く。

「それに、他貴族を巻き込んでいる以上、遅かれ早かれヴァレンタイン伯爵だけでなくフォルン伯爵からも連絡が来るだろう。先に私が説明した方が都合がよくなるはずだ」

「ヴァーレン様……」

 うぅ……と、その頼りになり過ぎる言葉にその顔を見上げる。

 にこりと淡く笑うヴァーレン様から先程感じた儚さは消え失せ、出会った当初の頼り甲斐しか感じられない。

 こんな大人びて落ち着いた男性を相手に、一瞬でも抱きしめたいだなんて考えた自分が恥ずかし過ぎて、いつも衝動的に動く自分の衝動性を抑えられて本当によかったと心底私は安堵した。

「ヴァレンタイン卿も来たことだし、私はそろそろルーウェン伯爵に話しに行こうと思うが……」

 そう言って言葉を切ったヴァーレン様は、ついと私の右手を流れるように取る。

 あまりに自然な動きで上に向けられた手の平に、コロンと置かれたイヤリングを見下ろして、私は再びヴァーレン様の顔を見上げた。

「ハンナ令嬢の瞳に似合うと思ったんだが、良ければ使って欲しい。……前回渡したネックレスは即席のものだが、これはきちんと呪いまじないをかけてある。ハンナ令嬢を守ってくれるはずだ」

 私の瞳の色を連想させるエメラルドグリーンの石がついたイヤリングは、一目で丁寧な細工が施されたものであるとわかった。

「……もちろん無理にとは言わないが、嫌でなければ……」

「あっ! ありがとうございます! 大切にします!」

 ヴァーレン様が皆まで言う前に勢いのままに伝えた私のお礼に、一瞬驚いた顔をして停止したヴァーレン様の様子に、私はあっと停止する。

 度々とはしたなくて失礼を……と言おうとした私の瞳に、フワリと微笑みかけた顔……を、私の背後の視線に気づいてサッと手で隠しながら顔を逸らすヴァーレン様に私は目を丸くする。

 私はいくらか赤くなったように見えるヴァーレン様の耳をぼんやりと眺めつつ、何とも言えない気恥ずかしさに視線を揺らした。
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