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「んぅっ」
むさぼるように重ねられた唇に、見るみるうちに力が抜けていく。
「はっ、もぅ、や……っ」
うぐぅっと溢れた涙をその舌ですくい舐められてびくりと震える私を、その瞳は恍惚な表情で見下ろしたーー。
「ランチでもどうかな」
「すみませんダイエット中なんです」
「ほんとに可愛いよね。僕、君のことがーー」
「恐縮です。申し訳ありませんが急いでますので!」
「デートしようぜ!!」
「男性に興味がないんです、ごめんなさい!!」
面白いように興味を抱いてくれる、見覚えのある魅力的な容姿の男性キャラたち。
そんな彼らが打ち出してくる「フラグ」と呼ばれる恋愛分岐点を、私はひたすら雑にぶった斬っていく。
あ、あれ? とぽかん顔の男性キャラたちを捨ておいて、私ことアマベル・リリーはその長いブロンドを巻き上げて一目散にその場から逃げ出した。
ふと気づいたらなんちゃって魔法学園ファンタジーを舞台とした、『狂愛はキミと世界の終わりまで』なんて怪しい女性向けTLゲームの主人公に転生していることに気づいて、卒倒しそうなほどの衝撃を覚えたのは記憶に新しい。
何せそのゲーム内容は、特殊な魔力で周囲を魅了してしまうアマベルが、群がるメインキャラたちにかなりハードな溺愛ヤンデレ執着……を拗らせた先にあるハードなお仕置展開ーーゴホッ!! ……まぁ皆まで言わずとも、そんなヤバい単語が羅列されるヤバい雰囲気しか漂ってこない内容を、ちょっとした出来心で覗いてみたのが運の尽き。
そのあまりの自主規制な内容に耐えられなくなった私が、奇声と共にゲーム機のコードをコンセントから引っこ抜いた記憶が懐かしかった。
「無理。ほんと無理っ!! ぜったいに無理!!!!!」
ゲームの舞台である学園の中庭で、1人危機迫る勢いで取り乱して叫ぶ私。
本来であれば清楚で貞淑な愛らしい主人公であるアマベル。……とはかけ離れた血走った碧い瞳を見開いて、周りの目を気にする余裕もなかった。
コードをコンセントからぶち抜くに至るまでの、声優の美声に彩られたほんの序盤のジャブ程度の内容を思い出して、ぶるぶるとその身体を震わせる私は心に決意する。
あんなたいして何もはじまってもいない音声と画面だけで発狂しかけていたのに、そのリアル対象になるなんて絶対無理に決まっていた。
心臓は元より、少ない経験しかない未熟な精神の私ごときに、そんな色々に耐えられる訳もない。
「表紙に載ってた主要キャラ3人のフラグは徹底的にへし折る!! その他のサブキャラっぽいビジュアルのも全部へし折る!!! きっとそうすれば、大人向けのヤバい展開から逃れて平和に暮らせる……はず……っ!!!!」
コードをコンセントから序盤でぶち抜いたがために、主要キャラクターのキャラデザぐらいしかヒントを得ていない私は、半ば涙目で祈るように天を仰いだーー。
「ーーこれは、たぶん成功よね……?」
男も女も関係なく心のシャッターを降ろしきった私を、遠巻きにするクラスメイトの現状を眺めて1人呟く。
男キャラどころか大部分の女キャラまでもを徹底的に退けてしまったようだけれど、恐ろしい運命に絡め取られないならばもうこの際友達0人だろうがなんでもよかった。
よしよし、このままいけば大丈夫なはずーー。
ガタリと、何の前触れもなく隣の席に座られた気配に、私はそろりとその存在を見上げる。
「おはよう、アマベル。今日も朝から殿方たちに大人気でしたね。相変わらず仔猫みたいに小さな身体で、見るもの全て威嚇してましたけど」
ふふっとそのストレートな長い黒髪に赤い瞳の美少女ーーヘラを見上げて、私はハハっと息を吐く。
「見てたんなら助けてよ。私があの人たちを避けてるの知ってるでしょう?」
「あら、さすがに他の方のアプローチに割り込むほど無粋ではありませんから」
ニコニコと人ごとのように微笑む目の前の美少女の方が、よほど男性からの需要がありそうなものであるが、そこはさすがの主人公補正。
なぜか私しか見えていないように群がるイケメンなメインキャラたちの、その色とりどりの瞳がきちんと機能しているのか心底疑わしい。
「少しくらいお付き合いしてあげたら良いですのに。皆さま女性から人気のある方たちばかりですし、アマベルの予想外の拒絶に呆然としておりましたよ?」
「いや、ほんとにそういうの求めてないんで」
んん? と可愛らしく小首を傾げるヘラに癒されながら、私ははぁとため息をついた。
「でもヘラがいてくれてよかった……っ、でなきゃ私1人ぼっちで愚痴さえ吐き出せなくなるところだったもん」
「私もアマベルとお友達になれて嬉しいですよ?」
「ヘラ……っ!!!」
にっこりと女神のように微笑むヘラに思わずと泣きつく私。
ヘラは序盤も序盤。ゲーム開始早々に、ドS……というより当初(?)はクズよりのメインキャラの1人に、半ば実力行使で襲われかけた際に助けてくれた、同性のサポートキャラクターだった。
その後もことあるごとに日常会話に見せかけて、世界観やらお役立ち情報を教えてくれる上に、回避し切れない窮地を幾度も救ってくれた、私にとっての命綱&癒しの女の子。
「私ヘラだけいてくれればそれでいい……っ!!」
「私もアマベルが大好きですよ」
あぁ、癒される!!! なんて擦り寄る私に、ヘラはあっとその手を打つとその赤い瞳で私を見下ろした。
「そう言えば、クレイ先生がアマベルを呼んでおりましたよ?」
「え……っっ!!?」
キュルンとその赤い瞳で微笑むヘラとは対照的に、私は顔をこわばらせて不安げな顔をする。
「どうかされましたか?」
「え、あ、いや、私、クレイ先生ってちょっと苦手で……」
「クレイ先生が苦手だなんて、アマベルは本当に男の人が苦手なんですね。そんな所も可愛いですけど」
ふふっと人ごとのように笑うヘラを横目に、私は盛大なため息を吐き出したーー。
むさぼるように重ねられた唇に、見るみるうちに力が抜けていく。
「はっ、もぅ、や……っ」
うぐぅっと溢れた涙をその舌ですくい舐められてびくりと震える私を、その瞳は恍惚な表情で見下ろしたーー。
「ランチでもどうかな」
「すみませんダイエット中なんです」
「ほんとに可愛いよね。僕、君のことがーー」
「恐縮です。申し訳ありませんが急いでますので!」
「デートしようぜ!!」
「男性に興味がないんです、ごめんなさい!!」
面白いように興味を抱いてくれる、見覚えのある魅力的な容姿の男性キャラたち。
そんな彼らが打ち出してくる「フラグ」と呼ばれる恋愛分岐点を、私はひたすら雑にぶった斬っていく。
あ、あれ? とぽかん顔の男性キャラたちを捨ておいて、私ことアマベル・リリーはその長いブロンドを巻き上げて一目散にその場から逃げ出した。
ふと気づいたらなんちゃって魔法学園ファンタジーを舞台とした、『狂愛はキミと世界の終わりまで』なんて怪しい女性向けTLゲームの主人公に転生していることに気づいて、卒倒しそうなほどの衝撃を覚えたのは記憶に新しい。
何せそのゲーム内容は、特殊な魔力で周囲を魅了してしまうアマベルが、群がるメインキャラたちにかなりハードな溺愛ヤンデレ執着……を拗らせた先にあるハードなお仕置展開ーーゴホッ!! ……まぁ皆まで言わずとも、そんなヤバい単語が羅列されるヤバい雰囲気しか漂ってこない内容を、ちょっとした出来心で覗いてみたのが運の尽き。
そのあまりの自主規制な内容に耐えられなくなった私が、奇声と共にゲーム機のコードをコンセントから引っこ抜いた記憶が懐かしかった。
「無理。ほんと無理っ!! ぜったいに無理!!!!!」
ゲームの舞台である学園の中庭で、1人危機迫る勢いで取り乱して叫ぶ私。
本来であれば清楚で貞淑な愛らしい主人公であるアマベル。……とはかけ離れた血走った碧い瞳を見開いて、周りの目を気にする余裕もなかった。
コードをコンセントからぶち抜くに至るまでの、声優の美声に彩られたほんの序盤のジャブ程度の内容を思い出して、ぶるぶるとその身体を震わせる私は心に決意する。
あんなたいして何もはじまってもいない音声と画面だけで発狂しかけていたのに、そのリアル対象になるなんて絶対無理に決まっていた。
心臓は元より、少ない経験しかない未熟な精神の私ごときに、そんな色々に耐えられる訳もない。
「表紙に載ってた主要キャラ3人のフラグは徹底的にへし折る!! その他のサブキャラっぽいビジュアルのも全部へし折る!!! きっとそうすれば、大人向けのヤバい展開から逃れて平和に暮らせる……はず……っ!!!!」
コードをコンセントから序盤でぶち抜いたがために、主要キャラクターのキャラデザぐらいしかヒントを得ていない私は、半ば涙目で祈るように天を仰いだーー。
「ーーこれは、たぶん成功よね……?」
男も女も関係なく心のシャッターを降ろしきった私を、遠巻きにするクラスメイトの現状を眺めて1人呟く。
男キャラどころか大部分の女キャラまでもを徹底的に退けてしまったようだけれど、恐ろしい運命に絡め取られないならばもうこの際友達0人だろうがなんでもよかった。
よしよし、このままいけば大丈夫なはずーー。
ガタリと、何の前触れもなく隣の席に座られた気配に、私はそろりとその存在を見上げる。
「おはよう、アマベル。今日も朝から殿方たちに大人気でしたね。相変わらず仔猫みたいに小さな身体で、見るもの全て威嚇してましたけど」
ふふっとそのストレートな長い黒髪に赤い瞳の美少女ーーヘラを見上げて、私はハハっと息を吐く。
「見てたんなら助けてよ。私があの人たちを避けてるの知ってるでしょう?」
「あら、さすがに他の方のアプローチに割り込むほど無粋ではありませんから」
ニコニコと人ごとのように微笑む目の前の美少女の方が、よほど男性からの需要がありそうなものであるが、そこはさすがの主人公補正。
なぜか私しか見えていないように群がるイケメンなメインキャラたちの、その色とりどりの瞳がきちんと機能しているのか心底疑わしい。
「少しくらいお付き合いしてあげたら良いですのに。皆さま女性から人気のある方たちばかりですし、アマベルの予想外の拒絶に呆然としておりましたよ?」
「いや、ほんとにそういうの求めてないんで」
んん? と可愛らしく小首を傾げるヘラに癒されながら、私ははぁとため息をついた。
「でもヘラがいてくれてよかった……っ、でなきゃ私1人ぼっちで愚痴さえ吐き出せなくなるところだったもん」
「私もアマベルとお友達になれて嬉しいですよ?」
「ヘラ……っ!!!」
にっこりと女神のように微笑むヘラに思わずと泣きつく私。
ヘラは序盤も序盤。ゲーム開始早々に、ドS……というより当初(?)はクズよりのメインキャラの1人に、半ば実力行使で襲われかけた際に助けてくれた、同性のサポートキャラクターだった。
その後もことあるごとに日常会話に見せかけて、世界観やらお役立ち情報を教えてくれる上に、回避し切れない窮地を幾度も救ってくれた、私にとっての命綱&癒しの女の子。
「私ヘラだけいてくれればそれでいい……っ!!」
「私もアマベルが大好きですよ」
あぁ、癒される!!! なんて擦り寄る私に、ヘラはあっとその手を打つとその赤い瞳で私を見下ろした。
「そう言えば、クレイ先生がアマベルを呼んでおりましたよ?」
「え……っっ!!?」
キュルンとその赤い瞳で微笑むヘラとは対照的に、私は顔をこわばらせて不安げな顔をする。
「どうかされましたか?」
「え、あ、いや、私、クレイ先生ってちょっと苦手で……」
「クレイ先生が苦手だなんて、アマベルは本当に男の人が苦手なんですね。そんな所も可愛いですけど」
ふふっと人ごとのように笑うヘラを横目に、私は盛大なため息を吐き出したーー。
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