【完結】殺したいほど憎いキミの、あの日のキミを狂おしいほど愛してる。

かがみもち

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 するりとドレスの裾を捲って分け入ってくるその指先に、女が身体を固くするのがわかる。

 シルクに触れているかのような滑らかさと柔らかさに、男の喉がゴクリと鳴った。

 外気に晒された白く浮かび上がる細い両脚は、その心許なさから遠慮がちにすり合わせられる。

「ーー相変わらず、細いな……」

 時折りと荒々しさを見せる男の指先はそれまでと同一人物とは思えないほどに丁寧で優しく、そっと太ももの内側に移動した男の手の動きに、女の心臓が鳴った。

「ーーもう一度聞く。ーー3年前、何故毒を盛った。なぜ俺の家族を殺し、領民を苦しめた。なぜ俺を助けて、なぜ姿を消した……?」

「…………っ」

 押し殺した男の小さな声に、女の喉が震えた。

「殺したいほどにうとましかったか? ならなぜ俺を助けた。苦しめたかった? ならなぜ泣いて謝った。なぜ何も言わない。何でもいい。理由を言え。何でもいいから、理由を言え……っ!!」

「ーー…………っ!」

 悲痛な声音の男の様子に、女は泣き出しそうにその顔を歪めたけれど、唇を引き結んで何とか堪える。

 月明かりに照らされた男の瞳に光が差し込み、その闇のような漆黒の瞳に一筋の光が灯る。

 その瞳が、かつて自身に向けられた青年の優しい瞳に重なって、女は思わず薄くその口を開いたーーけれど、その唇から男が求める言葉が発されることはない。

「ーー全て私が……引き起こしたことに変わりなく…………誠に……申し訳……ありませんでした……っ」

「ーー………………」

 何をぶつけた所で、何も返ってこないその手応えのなさに、男は言いようのない失望を覚える。

 無言で馬乗りに女の上で身を起こすと、力の抜けた両手で自らの顔を覆った。

「ーーそれなら、なぜーー……」

 唇を許したんだーー。

 この期に及んでも口にできない問いに、男は自らで隠したその下で自嘲する。

「ーー迷惑だったか。……迷惑そうだったもんな。勝手に舞い上がって、勝手に好いて、森に隠れ住む魔女を、白日の元に引き摺り出そうとしたのだから、嫌われてーー殺そうと思われても当然かーー」

「そんなことは……っ!」

 力無く女の上で項垂れた男の言葉に、女はハッとして顔を上げる。

 今にも泣きそうな男の憔悴し切った瞳と交わって、女の胸がズキリと痛んだ。

「ーー愛していた……」

 ポツリと溢れるようにそう言った男の言葉に、女は唇を震わせる。

 お前はと問う男の闇のような瞳から目を逸らし、女は祈るように目を閉じた。

「ーー私も……愛して……おりました……っ」

「ーー……魔女とは、本当にとんでもない女だな……っ」

 互いに囁かれるように溢された愛の言葉は通じ合うことなく、雲に隠された月明かりのように、まるで幻想のように掻き消えたーー。





「この森に1人で住んでいるの? 移り住んだのは最近? 森で住むのは大変だろう? もうすぐ寒くもなるだろうし、もし良ければ、村の方に移り住んでもらうこともできるよ。この地の領主は賢主だし、この地に住む人は皆穏やかで勤労だ。キミなら歓迎されると思うし、もちろん僕も手伝うよ!! あ、明日は収穫祭なんだ! もしよければ遊びに来ないかな!?」

「……………………」

 明らかに気ばかり焦っている青年を、隣に座って足を抱えた娘は何とも言えない表情で見る。

「ーーひ、1人でごめん……っ」

 娘のそんな気配をようやくと察知した青年は、自分の頬をカリカリと指先でかくと、気まずそうに視線を落とした。

 そんな青年の様に苦笑して、娘はゆっくりと口を開く。

「親切にしてくれてありがとう。でも、私はこの森を出るつもりも、人と関わり合うつもりもないの。だから、あなたの村には行かない」

「ーーそう……」

 きっぱりと言い放った娘の返事に、明らかに気落ちしている青年に困ったように微笑んで、娘はその黒い髪をくしゃりと撫でる。

「ーーだから、私のことは忘れて、あなたはあなたの世界に戻って欲しい」

「ーー……っ」

 子どものように宥められて、恥ずかしいやら情けないやら照れ臭いやら、ない混ぜになった感情で顔を赤くした青年はむむむと眉間にシワを寄せて思案する。

「ーーわかりました、ひとまずじっくり行きます。冬に向けて、一緒に色々と備えましょう……っ!! また色々持ってきますし、まずはもう少し食べて下さい! そんなに細いと冬が心配です!!」

「………………」

 私の話しは聞いているかな? と言う娘の顔を敢えて無視している節が伺える青年の必死さに和む一方で、どこかで大きく鳴る警鐘に気づいていた。

 あと1回。あともう1回。次で最後。これで本当に最期ーー。

 強いと自負していた自制心は脆くも崩れ、その欲は尽きることがない。

 会えば会うほど、話せば話すほど、強力な引力に引かれるように離れがたい。

 ふとした話に笑い合って、ふと顔に落ちた影に青年を見上げれば、誰がどう見てもガチガチの緊張感で、こちらを穴が開くほど見つめている様に娘の目が点になった。

「…………………えっと………?」

 これは危険だとわかっていた。

 ドクドクと鳴る鼓動に、熱を帯びたその真っ直ぐな黒曜石の瞳から視線を逸らせない。

 青年はこんな時に限っていつもの余裕のなさを見せないで、明らかに娘が逃げられる猶予を持たせているのがまた小憎たらしかった。

 唇を引き結んで眉間にシワを寄せると、しばしの後に娘はそっと唇を寄せる。

 この口付けが、終わりの始まりだとは想像もせずにーー。





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