【完結】殺したいほど憎いキミの、あの日のキミを狂おしいほど愛してる。

かがみもち

文字の大きさ
上 下
1 / 10

1.

しおりを挟む
 魔女が厄災だと囁かれ出したのは、いったいいつからだったのかーー。





「銀の魔女。死ぬ前に、何か言うことはあるかーー」

 見る影もなく荒れ果てた暗い屋敷で、黒い兜を投げ捨てた後でも漆黒を連想させる目前の黒髪の男。

 その顔を見上げて、跪いた女はハッとした顔を見せるも、すぐさまその感情を消し去った。

「ーーございません」

 その殊勝に見える女の態度に、黒い甲冑を身につけた男の長い前髪の隙間で、歪められる闇のような瞳がその苛立ちを物語っている。

「私の瑣末な命は、あなた様に捧げます。逃げも隠れも、致しません」

「ーー今の今まで雲隠れしていたと言うのに、見上げた心掛けだな」

 揶揄する男の声にも女はピクリとも反応をせず、鎖で雁字搦めに縛られたまま俯けたその瞳を上げはしない。

「命乞いでもしたらどうなんだ。昔のよしみで、少しくらい情が動いて、苦しまぬ殺し方を検討してやるかも知れない」

「ーーその必要はございません」

 多くを語らぬその女に、男は無性に苛立つのを止められなかった。

 命乞いでも、泣き叫ぶでも、なんでもいいからその女の感情を見たくて、男は抜き身の剣をその女の首に突きつける。

 赤い血が首を伝い落ちてすらも微動だにしない女に苛ついて、向きを変えた剣先でその顎を持ち上げた。

「ーー後悔するぞ」

「ーー伯爵様のお心が、少しでもお気の済みますようにーー」

 人形のように何も映さぬその碧い瞳を、どのように歪めてやろうかと、男は奥歯を噛み割りそうなほどに噛み締めたーー。





 ばちゃばちゃと水音だけがその暗く冷たい牢獄に響く。

 息が途絶えるすんでのところ。酸素を求めて暴れ回る、後ろ手に拘束されたその細い身体が硬直し、力が抜けるのを見計らった。

 力づくで水に浸した銀の長い髪を力任せに持ち上げれば、聞くに耐えない咳と、酸素を求めて喘ぐ悲痛な息遣いがその場に満ちる。

「ーーいい加減、魔女の汚い咳を聞くのも聞き飽きた。どうだ、そろそろ話す気分になったか?」

 粗末な椅子に座って組んだ長い足を解き、頬杖を終えて立ち上がる。

 拷問官に合図を出して、跪かせたままの水に濡れた顔を向けさせた。

「ーー答えろ。3年前、なぜ我が領地に毒を撒いた。何故俺の家族と領民を虐殺した」

 荒い息を吐く銀の魔女は答えない。

「ーーなぜ、俺だけを助けたーー?」

 氷のように冷たい、光を失った闇のように暗い瞳だけが、男の言葉にしない感情を訴えていたーー。





 忘れもしない17歳の収穫祭。

 あの日。安穏と暮らしていた天地は音もなくひっくり返った。

 目覚めたらキミがいた。

 いつも穏やかに笑って、大人しそうなのに意外と意志は強くて、惚れた方の負けなのか、どことなく姉さん風を吹かされる。

 時折り何か言いたげな顔をするけれど、目を伏せたその赤く染まる白い頬に触れて、柔らかな唇を重ねた時は、この世のものとは思えないほどの幸福を感じた。

 青臭い感情そのままに、例えこの世界の全てを敵に回してでも守りたいと、本気で思っていた。

 その情動が収まらぬうちに、月のような銀髪を夜風になびかせて、いっぱいの涙をその碧い瞳に溜めた顔を見上げたあの夜ーー。

「   」

 名前を呼べば、弾かれたように身体を震わせて、更に大粒の涙が顔に溢れてきた。

「ごめんなさいーーっ」

 虚な意識でその顔をぼんやりと見上げれば、堪えきれなくなったように、幼い子どものように泣きじゃくった。

 伸ばした手は、逡巡したその細くて白い手に触れることはなく、再び地へと落ちる。

 次に目が覚めて身体を起こした時には、その姿は幻だったかのようにかき消えていた。

 その姿だけが忽然とのいなくなった世界で、冷たくなった両親と弟の骸をその腕に掻き抱いて、地に蠢いてうめき苦しむ領民たちを前に、1人呆然とした。

 それからずっと、ずっと、ずっと、殺したいほど憎いキミを、黒い亡霊と囁かれながら探し続けていたーー。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ホストな彼と別れようとしたお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。 あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。 御都合主義のハッピーエンドのSSです。 小説家になろう様でも投稿しています。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

【完結】離縁など、とんでもない?じゃあこれ食べてみて。

BBやっこ
恋愛
サリー・シュチュワートは良縁にめぐまれ、結婚した。婚家でも温かく迎えられ、幸せな生活を送ると思えたが。 何のこれ?「旦那様からの指示です」「奥様からこのメニューをこなすように、と。」「大旦那様が苦言を」 何なの?文句が多すぎる!けど慣れ様としたのよ…。でも。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...