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王女、後悔する。

97.

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 気づけば再び、湖面に立つ4本の柱の中心に一同は立っていた。

「ここはーー……」

 水を被ったように感じた身体と衣服は全く濡れることもなく、カトレアは周囲を見回す。

 すっかりと明るくなった早朝の空と澄み渡った空気を吸い込み、一息ついて空を仰ぐ。

「ーー驚いた。精霊王が本当に通すなんて」

 横で呟くハクアの声を聞きながら、カトレアは空に浮かぶ2つの太陽を見つめる。その太陽だけが、ここが元いた場所と違う所であると物語っていた。

「ここが、精霊の住む世界……?」

「何や、そんなに大差ないんやな……」

 拍子抜けしたように呟くグレンを目の端に映し、カトレアはハクアを見遣る。

「あ、あの、精霊王様はーー……」

「精霊王はーー……」

 そう言いかけて空を見上げるハクアに釣られて、カトレアはもう一度空を見る。

ーー久しいな、ハクア。……それに、パルシェル。ぬしらが人界に留まり早何年だったか……変わらず元気そうで何よりよーー

 空から降ってくる少女のような声にハクアが首を垂れ、カトレアの衣服からスルリと抜け出したパルもふわりと宙に浮かびお辞儀をする。

「ーーお久しぶりです、精霊王……」

「この度は僕の子をご招待頂きぃ、誠にありがとうございますぅ」

 見て取れる緊張のためか感情を出さないハクアに対し、パルはにっこりとその獣の顔に笑顔を貼り付けた。

 そんな1人と1匹に倣い、カトレアとクシュナも慣れたように礼を取る。足元に少なからず水があることからナクタを降ろすことを一瞬躊躇した後、グレンはナクタを背負ったままに2人に倣う。

「ーーお招き頂き大変に感謝致します。クランジスタ王国第一王女、カトレア・ド・クランジスタと申します。こちらはクシュナ・ザガン・ジルス、グレン、ナクタと申します。精霊王様に何卒お力添えを頂きたく、この度は参上致しました」

ーー人族の子らか。人族に逢うのはいつぶりか……歓迎するよーー

 優しさを滲ませたような声音に、一行はひとまず胸を撫で下ろす。

ーーして、我に貸して欲しい手は1つで事足りるであろうか?ーー

 返された言葉に束の間沈黙が降り、カトレアが更に深々と首を垂れて口を開く。

「ーー……っ……恐れながら、私は若輩者であり、また恥ずかしながら浅学故に知らぬことも多く、もし可能であれば何点かご教示頂けませんでしょうか……」

 カトレアに合わせて共に首を垂れるクシュナとグレンに、しばしの間を置いて再び声が響く。

ーーなるほどなるほど。そう言ったことだね、相分かった。とは言え、我もこう見えて忙しくてね。……1人はどうやら意識がないようだし、そうだな、我に会いに来た人族の子につき1つとして、3つまでというのはどうだろうか?もちろん全ての期待に応えられるかはわからないけれどねーー

「あ、ありがとうございます、精霊王様!その広い御心に心より御礼申し上げます……っ」

 パッと顔を輝かせてお礼を告げるカトレアたちの姿を横目に、ハクアは何とも不安そうな顔で横目に見遣り、パルは良かったねぇと呟いてニコリと笑う。

「カトレア様、3つです。良いですか、呪い、カトレア様の魔力、ナクタの順です。いいですね、不測の事態も場合によってはあるかもしれません。必ずその順番にして下さい」

 ひそりと声を潜めて語りかけてくるクシュナを見遣り、カトレアは視線をそのままグレンに担がれるナクタへと移す。

 力無く担がれるままのナクタの顔は見えず、衣服から覗くその痩せ細った手足が痛々しい。

「こんな所まで親切心で盗賊を連れて来たんです。十分過ぎるほどに責は果たしています。レミリア様のためにここまで来たことを思い出して下さい。何が最優先事項か、わかってますね?あくまで保険と言うだけです。彼らのことは、最後にお願いすればいいだけです」

「ーーわかってる……」

 クシュナの言葉を押し留め、カトレアは眉根を寄せて言葉を切る。

ーー……さぁ、時間もない。聞こうか、我に何を求めるのか?人族の子よーー

「お伺いしたいことはーー……」

 導かれる声に、カトレアは静かに口を開いたーー。


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