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王女、戸惑う。

89.

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「ク、クシュナ……のことなら別に私がどうこうすることじゃないでしょ……!クシュナは私より年上だし、だいたいそもそも、あんな美人だったら男なら皆んな嬉しいもんでしょ⁉︎現に、クシュナだってあからさまに拒否してる感じもなかったし……っ!」

「……いや、アレは嬉しそうではなかったんちゃうか……?」

 わかりやすく調子を崩すカトレアをさして気にしないように、グレンは昼間の様子を思い出すように明後日を見遣り、静かに見解を述べる。

「だ、第一、クシュナのことは、妹が気に入ってるし、私はそのためにここに来た訳だし……!」

「……妹ぉ……?……あの地味真面目モテるんかぃな。あんなヘタレどこがえぇねん、見る目ないやつばっかやのぉ」
 
 ハンっと息を吐いて、グレンは半眼になって頭を振り、その赤い尻尾を揺らす。

「だっ、だいたいっ!私はって伝えたし……!ハクア様の機嫌を損ねられるのは困るけど、そんな人身御供みたいなことまで望んでないし!そんなのクシュナだってわかってるはず……っ!」

「……まぁ、あの地味真面目は地味真面目やからなぁ。望んでないのはわかっとるやろうが、くらいでえぇなら、くらいは思いそうやな。地味真面目なだけに」

 堰を切ったように言葉が止まらないカトレアに、グレンがぼんやりと言葉を返していく。

 そんな応酬が続くにつれて、カトレアの調子は坂道を転げ落ちるように目に見えて崩れていった。

「い、いつも兄貴面……っ……してくる癖に、女の1人や2人の扱いすらできないなんて……っ……!いっつも人に偉そうにする癖に……!」

「……まぁあいつ地味真面目やからなぁ。誰かさんと一緒で頭でっかちに色々考え過ぎて、冷静なる前にお色気姉ちゃんに迫られて固まっとるんちゃうか?」

 世話ないで。とカカカと笑うグレンに、カトレアがうぅうぅーー……と唸る。

 いつも押さえ込んでいるだけに、一度放出された感情は溢れ出したら留まることを知らず、ざらりと舐め上げられるような不快な感覚が、カトレアの身体を走り回る。

 思わず自身の腕を抱えるカトレアを見て、グレンは笑う。

「そんなにイヤなら、イヤ言うたらえぇんちゃうか?」

「……いや?……いや……って言うか……そう言うことじゃなくて……っ」

「自分のことか、俺らのこと心配しとるんか知らんけどな、あの地味真面目と一緒やで」

「……一緒……?」

 怪訝な顔をするカトレアに、グレンはふっと息を吐いて口を開く。

「真っ当な人間なら、誰かを踏み台にして得たもんちゅうんは、その誰かと近けりゃ近いだけいい気持ちになんてならへんねん。そら棚からぼた餅はありがたいけどな、人間そんな簡単なもんちゃうやろ」

 言葉を切るグレンに、カトレアはその横顔を眺める。朱色の瞳が猫のように細められ、瞳の奥からカトレアを伺っているのがわかる。

「地味真面目に嬢ちゃんが思うことを、嬢ちゃんも周りに感じさせとる言うことや。人の課題は人の課題。嬢ちゃんが必要以上に抱え込むことでもないし、俺らのことは俺らが何とかする問題言うことに、変わりはない。結果なんてどこまで行っても当人だけの結果論や」

「ーー…………」

「はじめは何やこいつ思っとったが、嬢ちゃんは嬢ちゃんにできる限りのことをーーナクタのことも含めて、俺らなんぞに充分過ぎるほど良くしてくれとると受け取っとる。……おおきにな」

「……何でそんなこと言うの……」

 ポツリとひどく不安そうな顔でグレンを見るカトレアを眺めて、グレンは苦笑する。

「何で?……そうやなぁ。泣いとる子どもに弱いんやろうなぁ。……俺はどこまで行っても、やからな」

 そう言ってニッと笑うグレンを、何とも言えない表情でカトレアは見つめる。

「……っ……こ、子どもじゃないし、泣いてないんだけど……っ!」

 そう言って、今までの印象よりもひどく幼い表情で喚くカトレアに、グレンは心底楽しげな様子で笑った。
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