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王女、再会する。

54.

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 焼き焦げた山羊頭の眉間から剣を引き抜いて、カトレアはふぅと息を吐いた。

 ブスブスとまだ燻っていた山羊頭は、時間をかけずして消し炭となって崩れ落ちる。

「魔物除けがあるのに、地面の中から移動してくるなんて、反則でしょ…… 」

 はぁと呟いて、カトレアは振り返る。

「……ごめんなさい。油断しちゃった……」

「…………ケガは?」

 力無く苦笑するカトレアに、グレンはつっけんどんに言葉を返す。

 先ほどまで皆でいた坑道の部屋に、今いるのはカトレアとグレンだけとなっていた。

「大丈夫、ありがとう」

 困ったように苦笑して、カトレアはしばし考えた後に口を開く。

「…………リオウさん以外は、置いていくんじゃなかったの?」

「……この状況でそないな口がきけるとは、ホンマにええ度胸しとんな」

 ふっと苦笑するグレンに、カトレアは自分が纏っていたフードの汚れがない部分を剣で切り裂いて、細い布を作りグレンの右脇腹の手当てをはじめる。

 突然に地面から生えるように現れた山羊頭のおかげで、リオウの転移魔法の範囲から外れてしまったカトレアを、反射的に追いかけたグレンまでもが転移から取り残される形になった。

 カトレアの側にいつも控えていたパルの姿もなく、同様に転移をしてしまったと見える。

 手当ての際、痛みにうめくグレンを気遣いながら、カトレアは静かに処置を続けていく。

「……どうするべきだと思う?」

「……せやなぁ……ひとまずひと息ついて、広間の様子を見てからやな。……山羊頭が襲ってきた以上、あの獅子にも目ぇをつけられとるかも知れん」

「そうね……」

 山羊頭の残骸を眺め、2人は黙った。

 場に立ち込める重い空気の中、カトレアは黙々とグレンの手当てを続けていく。

 サラリとした癖のある金髪がカトレアの肩口から滑り落ち、散々汗や埃に魔物の返り血まで浴びているはずなのに、時折り漂う良い香りがグレンの鼻先をくすぐる。

 長い金色のまつ毛が坑道の明かりに照らされて、白くきめ細かいカトレアの肌に影を落としていた。

 至近距離で手当てをするカトレアをグレンはいくらか気まずそうに見遣り、居心地悪そうに視線を逸らす。

「……もう大丈夫や。あとは自分でやれる」

「……無理しなくていいのに?」

「大丈夫言うたら大丈夫や!」

 キョトンとするカトレアに、グレンは目を吊り上げた後に大きくため息を吐く。

 そこまで言うならとカトレアから受け取った布で、グレンは口も駆使しながら蛇頭に噛まれた右腕2箇所を器用に自身で巻いていく。

「……ナクタさんは、具合が悪そうに見えたけど……」

 ポツリと呟くカトレアを、グレンは腕に布を巻きながら横目で見遣ったーー。
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