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王女、共闘する。

52.

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 グレンは、薄らぐ意識の狭間でにわかに騒がしくなる周囲の状況を聞いていた。

ーー俺を食おうと騒いどるんか……。けったいな最期になったな……。魔力持ちは所詮どこまで行っても魔力持ちってぇことかいな、アホくさい。せっかくあないな地獄からちからを手に入れたのに、結局何にも変わらんかった……。

 騒がしさを増す周囲を確認する気もおきず、グレンは近い地面をぼんやりと眺めていた。

 暴れ回る魔物たちの地響きすらも現実味がなく、程のいい子守唄のように心地いい。

ーーお兄ちゃん!お兄ちゃん!

ーースズハ!スズハをどこへ連れてくつもりや!離せ!離さんかい!お前ら!スズハに何かしてみぃ!絶対に殺したる!

 遠い記憶の先で、大の大人に5人がかりで押さえつけられて、泣き叫ぶ赤髪の幼い子どもが2人。

 どちらも小枝のように痩せ細って小汚く、体調も悪そうな兄妹は互いにその手を必死に伸ばすけれど、下卑た笑いを浮かべる大人たちに阻まれる。

 挙げ句の果てには面白半分に殴られ蹴られる兄の姿に、妹の泣き声はいつしか静止の嘆願へと変わっていた。

ーー……貧相だが、確かにこの小娘は綺麗な顔立ちをしているな。魔力持ちなんぞ奴隷にすらも劣る、魔物の餌にしかならんクソ以下の穀潰しだが…………世の中には好き者もいるらしい。まぁいいだろう合格だ、連れてけ。

ーーお兄ちゃん!お兄ちゃん!

ーースズハ!スズハ!どけ!離せ!離せいぅとるやろ!俺たちが何したって言うんや!くそっ!ぐっ!うっ!スズハ!スズハーっ!!!

 尚も無意味に殴られ蹴られても、深く冷たい地下の牢屋から、兄の叫びが途絶えることはなかったーー……。

「……ス……ズ…………っ」

 ぐぐぐと鉛のような身体を引き上げて、グレンは気力を振り絞ってその身を起こす。

「スズ……っ」

 ギリギリと歯を食い縛りながら、グレンはその半身を起こしにかかる。

「こんな……ところで……っ…………くたばれるかぃ……っ!」

 ずるりと立ち上がったグレンは、けれどフラつきながらその場に立ち上がるので精一杯だった。

「血ぃ流し過ぎた上に……炎のダメージがシャレになっとらんてか……くそっ……」

 立ち上がったグレンの身体はグラグラと大きく揺れて、とても自身で支えられる状況ではない。

 なんとか保っていたバランスが大きく傾いた矢先、半ばぶつかるようにしてグレンの胸に飛び込んでくる赤色の髪。

「…………っ……⁉︎」

「アニキ!」

 遠い記憶の幼い妹と面影が重なったヒエンの姿に、状況を理解できないグレンは目を見開いたままフリーズした。

「グレンさん!捕まっテ!ぼっとしてる暇なんてありまセンよ!」

 次いで現れたリオウとヒエンに両肩を抱えられ、半ば引きずられるようにして運ばれる。

 状況が飲み込めないままに通路に運び込まれたグレンが見たのは、次いで飛び込んで来たカトレアと、けたたましい鳴き声をあげる山羊頭だった。
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