上 下
30 / 101
王女、交流する。

29.

しおりを挟む
「イヤでなければ、腰掛けといてえぇで」

 そう言うと、グレンはカトレアの腕を縛る縄の先を、壁際に置かれた簡素なベッドの手すりに硬く縛り付ける。

「ここにあなたたちは住んでるの?……えっと……グレンさん?」

 そうは言われてもよく知らない男性のベッドに座る気にはならず、ひとまずカトレアはその場に立ったまま周囲を見回す。

「……なんや、小汚のぉて居られへんか?」

 ゴツゴツとした岩肌に、所々に置かれたランタンの明かりが揺れ動く。剥き出しの岩場や地面は湿っぽく、羽虫や地を這う虫が灯りに誘われて集っていた。

 壁際には適当に積み上げられた木箱や麻袋などが雑多に置かれ、整頓が行き届いているとは言えない。

 ハッと息を吐いたグレンは笑みを浮かべながらも、鋭い視線で横目にカトレアを見遣る。

「古い坑道?枝分かれしてるから部屋的にも使えるんですね。雰囲気もあるし、雨風も凌げるし、子どもの頃に作った秘密基地みたい!」

「……ん………………お、ぉう…………?」

 ほうほうと小さな子どものようにあちこちを眺め回すカトレアの反応が、思っていたものではなかったようで、グレンは思わず返答に詰まる。

 リオウの転移魔法を2度ほど駆使した後に辿り着いたのは、森を抜けた先の岩場に口を開けた坑道だった。

 壁のように行き止まりになっている岩壁に、ぽっかりと開いた坑道の口には魔物除けの術具と思われる香炉や壺が並ぶ。

 連れられて入った通路を進むと開けた空間と、そこから枝分かれした通路が伸びたような構造になっている。

 カトレアはそんな枝分かれした通路の先にある一つ。恐らくグレンの利用している空間に連れてこられていた。

「ここはグレンさんの部屋?」

「まぁそうやな」

 カトレアの質問に、グレンは腰に手を当てて事もなげに答える。

「……グレンさんがお頭?」

「まぁそうやな」

 今度は心なしかふふんと自慢げな表情で再び答える。

「へぇ。もっとお宝とかがおいてあったりするのかと思ってた」

「金目のもんをそこら辺に置いとくわけないやろ!と、言いたいところやけど、盗賊なんてやっとっても色々と入り用でな。金目のもんはいくらあっても足りんねや」

 微妙にカトレアに乗り突っ込みをしつつも、グレンは腰帯辺りをごそりと探り、ぽいと口を縛った小袋をカトレアと反対にある壁際の麻袋の上へと放り投げる。カトレアの見慣れた小袋からはじゃらりと音が立った。

「木の上から下から、嬢ちゃんがまき散らした宝石を集めるの大変やったらしいで。あんな高価なもん投げ散らかすとか一体どういう育ちしてんねん」

 まったくと言いながら、グレンは呆れたように自身もまぁまぁ雑に投げた小袋を親指で指し示す。

「すごい助かったから、本当はお礼と一緒に手渡したかったのは山々だったんだけど、はいそうですかと別れられる気がしなかったから。あ、約束だからあれはお渡しします」

「当たり前や。この状況下で今更返すかい」

 神妙な面持ちで頭を下げるカトレアを見下ろし、グレンはその額を人差し指で軽く小突く。

「まぁまんまと今捕まっとるし。残念やったな」

 ふっと鼻で笑い、グレンは腰帯に差しいれていたカトレアの剣を鞘ごと引き抜いて、その鞘と刀身を確認すると、ふーんと1人呟きチロリとカトレアを見やる。

「どうかしました?」

「宝石といい、この剣といい、その身なりといい……嬢ちゃん貴族やんな?」

「いえ、ただの村娘です」

「……本気で誤魔化せる思うとらんよな?」

 鋭い朱色の瞳を半眼にして食い気味に突っ込まれ、カトレアは無言で値踏みしてくるグレンを見返す。

「……でしたが、一身上の都合で冒険者志望です」

「答える気はないっちゅーことか?」

「アニキ、入るよ?」

 じとーっと音がしそうな程に詰められ、どうしようかとカトレアが内心考えていると、入って来た部屋の通路からヒエンの声が聞こえた。
しおりを挟む

処理中です...