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王女、家出する。

17.

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「お、来たな」

 ヒエンがツイッと滑るように降りてきた小鳥をその指に止まらせてニヤリと笑い、リオウはすでに始めている詠唱を継続しながら札を構えてカトレアとクシュナの動きを確認する。

――あれはなんだ。小鳥……操作……念視や念話の類か……っ!?あれでここまで誘導でもしてたのか!?いや、それより隣の男が何か術を発動させようとしている……っ!?

「――っ!?おいっ!お前ら……!?」

 最短最速で発動、到達できる風の魔法を無意識に近い勢いで構築し、クシュナは印を結ぶ。急ぎカトレアに当たらぬように細心の注意で発動しようとしたその時――……。

「お願い!連れてって!」

「――っ!?」

 カトレアの必死さを帯びた叫びに、クシュナの思考が一瞬止まり、発動のタイミングがわずかにずれる。完成しかけていた魔法の構築が、クシュナの動揺につられて僅かに歪んだ。

「――ごめんなさい」

 思わず目を見開いたままに動きを止めたクシュナを振り返ったカトレアは、申し訳なさそうに眉根を寄せ、悲しそうな、不安そうな、苦しそうな複雑な表情をしながらも、揺らがない固い決意を宿した翠の瞳で真っ直ぐにクシュナの瞳を見据えていた。

 クシュナの胸が、ざわりと騒いだ。カトレアのこの瞳を見た後は、たいてい碌なことにはならないと、昔から決まっている。

「ありがとう――……」

 その言葉と共に、ふわりと困ったようにカトレアは笑う。後ろにいるリオウとヒエンの勝ち誇った笑みが視界の端に映る。

 カトレアの頬を流れて顎を伝う一筋の涙が地面に落ちた時には、3人の姿は零れる光に覆われて路地から掻き消えていた。

「――…………」

 クシュナは中途半端にだらんと突き出した右腕を下げることも忘れて、その場にしばし佇み、3人が消えた空間を肩で息をしながらしばし見つめていた。

 ぜぇぜぇと収まらない荒い息をそのままに、早鐘のように打ち付ける自分の心臓の音を耳元で聞きながら、想像以上に休みたがっていた自身の身体を自覚して、クシュナは路地の壁にもたれるようにずるずると座り込む。

 立てた膝の間に俯くようにして息を整えることに努めた。張りつめていた糸が切れたようで、しばらくは行動できそうになかった。

 ふと、その膝に乗せるようにしていた右腕が視界に入り、その腕に痣のように”カイロウ”と文字が浮き出ていることにクシュナは気づく。

「――……パルか……。噛みつかれた時だな。器用なこった。――……カイロウ……カイロウ…………貝楼か?最近巷を騒がせてる盗賊団か……」

 残されたメッセージに思い当たり、クシュナは一際大きく息を吐き出す。

「それにあの男……転移魔術か?珍しいやつがいるな。貝楼が近頃急に活発になったのは、あいつが入ったからか?あの女も珍しい術を使うし……」

 足りなすぎる情報に、クシュナは歯噛みする。

「なんで王女が王宮魔術師から逃げ出すのに、盗賊団の手を借りるんだ。なんなんだあの王女は。いつもいつもいつも――…………」

 未だ全く落ち着かない荒い呼吸を続けながら、クシュナは空を仰ぐ。雲一つない、吸い込まれそうなほどに高い青空が路地の隙間から覗いていた――……。

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