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王女、家出する。
7.
しおりを挟む「え?遅くない?寝た?」
自室に消えたクシュナを廊下で待つことしばらく。クシュナが出てくる気配がないことに、カトレアはそわそわしていた。
クシュナはクソがつくほど真面目であり、カトレアを外に待たせて必要以上に時間をかけて何かをしていると言うことは経験上考え辛い。
「……何かあった……のかな……?」
カトレアは、控えめにクシュナの自室の扉をノックする。反応はない。
「ーー……」
少し迷った後、カトレアはゆっくりと扉のノブに手をかける。鍵はかかっておらず、扉は静かに開いた。
隙間から顔を覗かせると、間接照明のみの薄明るい廊下には人影がいないことがわかる。しかし、廊下の先の薄暗い奥の部屋から、話し声が漏れ聞こえてくることに、カトレアは気づいた。
ーーこの声は……。
どうするか迷った末に、カトレアは静かにクシュナの自室へと入る。思わず忍び足で近寄って行くと、予想通り漏れ聞こえてくる声がクシュナとレミリアのものだとわかった。
「レ、レミリア様、ひとまず落ち着いて……っ」
「……私……っ」
「…………」
壁の陰からそろりと覗くと、俯いて顔を押さえているレミリアを前に、クシュナがわかりやすく狼狽えていた。
服装も先程のままのため、室内で待ち構えていたレミリアとそのまま話していたのだろうとわかる。
ーーこれは……泣いてる……よね……?
力無いレミリアの震えた声に、湿り気を感じる。白くて細い肩が露わなロングドレスも相まって、レミリアは尚更に小さく華奢に見えた。
「私……魔法を……私なりに……っ……すごい頑張ってたの……。だって……できたら……っ……いつも、クシュナが凄い嬉しそうに……っ……してくれたから……っ」
「もちろんです!レミリア様は才能はもちろんですが、いつも努力されていたのを俺も知ってますよ……っ!」
あわあわとコントのように焦りまくるクシュナを眺めつつ、私の時と全然違うな……と、カトレアは場違いと自覚しつつもそう思わずにはいられなかった。
「クシュナに……褒めて貰いたくて……っ……褒められるのが……嬉しくて……っ……魔法ができて……嬉しかったのに……っ」
「……はぃ……」
ポタポタと流れ落ちる涙を拭いもせず、レミリアは俯いていた顔を縋るように上げる。
クシュナはレミリアの涙に更にテンパり出し、あわあわと無意味にキョロキョロした弾みで、覗いていたカトレアとバチっと目が合う。
「助けてくださいっっ!!」
……と、明らかに必死な形相で、声が聞こえてきそうなほどに顔で訴えてくるクシュナに対し、カトレアは指を立ててしーっ!とジェスチャーし、クシュナへ騒ぐなと合図する。
ええぇ……っ⁉︎と、焦りや絶望、驚愕などがないまぜになったような顔をするクシュナを放置し、カトレアはレミリアの様子を再び伺う。
「……私……クシュナが好きなの……。ずっと昔から……小さな頃から……好きだったの……」
「……っ…えぇ……っ⁉︎」
レミリアがその細い指でクシュナの胸元の服を掴み、そのまま距離をつめる。
自身の胸元に転がり込んできたレミリアの華奢な身体に硬直したクシュナが、顔を真っ赤にして直立不動になった。
「クシュナに褒められたくて……頑張った魔法だったのに……っ……なんでソレが……私が結婚する理由なの……っ⁉︎」
「……レ、レミリア様……っ」
「…………っ!……ゃ……なの……」
「……え……?」
クシュナの胸元に顔を埋めて小さく呟くレミリアは、衣服を更に強く握りしめて声を絞り出す。
「いやなの……っ!いやっ!なんでっ⁉︎なんでこうなるの……っ⁉︎……クシュナ……っ!私……っ……好きなの……っ……あなたが好き……っ!ずっと……クシュナだけが……っ……好きなのに……っ……っ!!」
その後は、言葉にならないレミリアの泣き声だけが部屋に響く。
普段は大人びた顔をして、あまり感情を出さないレミリアは、子どものように声をあげて大粒の涙を流して座り込む。
かける言葉も見つからないままに、クシュナは困り切った顔で小さく震えるレミリアの肩をさする他なかった。
泣きじゃくるレミリアを気にかけながら、助けを求めて顔を上げたクシュナの瞳が、先程までこちらを伺っていた第一王女の姿を映すことはなかったーー……。
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