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王女、家出する。

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「ーーはぁっ!はあっ!……っ!しつっこいわね……っ!魔法オタクのインテリのくせに……っ!」

 早朝の城下町ーー店と人で賑わう大通りの人波を割いて、疾走する者が2人。

 先を走る小柄な人影はフードを目深に被り、持ち前の運動神経で器用に人混みをすり抜けていく。

「ちょ……!あぁ、もうっ!っあ……っすみません!……っ!緊急事態なので!道を開けて下さいっ!」

 対して後を追う青年はダイレクトに人波に揉まれつつ、不器用に人にぶつかりながらも必死に先を行く人影を追うことを諦めない。

 青年の玉のような汗と、荒い息は今にも足を止めてもおかしく無いほどに苦しそうだった。

「運動神経は私の方がいいんだから、絶対に追いつかれないっつーの!」

 荒い息を吐きながらも、先を走る小柄な人影は更に速度を早める。その反動で、目深に被っていたフードが煽られ、太陽に煌めく金色の美しい長い髪が溢れて風に吹かれた。

 すれ違う人々が思わず振り返るほどに、キラキラと光る美しい髪が視界に入り、青年はギョッとする。

「ちょっ!髪!フード!……だーっ!もう!」

 ぜぇはぁと息を切らしながらも、届いているかわからない文句は忘れない。

 少しずつ開く距離に焦っている青年を尻目に、金髪の少女は速度を落とすことなく走り続け、突然に建物の影に滑り込む。

「ーー……っ⁉︎ちょっと!どこ行くつもりですかっ⁉︎」

 ザッと横滑りしそうになりかけるのを堪えて、必死で少女の後を追う青年が路地裏へ追い縋ると、少女の先に人影を見た。

「お、来たな」

 目つきの鋭い、吊り目の少女が小鳥を指に止まらせながらニヤリと笑う。そしてもう1人、吊り目の少女の隣に立つ、背の高い糸目の男。

 男は術具と思しき札を使い、何らかの呪文を唱えているのがわかった瞬間、青年から血の気が引いた。

「ーーっ⁉︎おいっ!お前ら……⁉︎」

 急ぎ印を結び、青年は魔法の発動を試みる。なるべく早く、最短で効果的な魔法の構築をーー……。

「お願い!連れてって!」

「ーーっ⁉︎」

 追いかけていた金髪の少女の叫びに、青年の思考が一瞬止まる。完成しかけていた魔法の構築が、僅かに歪む。

「ーーごめんなさい」

 少女と男の2人組の元で振り返った金髪の少女が呟く。

「ありがとうーー……」

 見開いた青年の瞳に、一筋の涙を流す金髪の少女が映る。それと同時に、背後に控える2人組の勝ち誇ったーー笑み。

 構築していた魔法は途切れ、霧散し、青年の突き出した右手だけがだらんと力無く揺れる。

 糸目の男が完成させた魔法により、3人の姿は光に包まれて掻き消えていた。

 路地裏に残された青年ーー王宮魔術師のクシュナは、正体不明の2人組と共に消えた金髪の少女ーーカトレア第一王女の家出を阻止する事が出来なかったーー……。

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