魔王様は世界でいちばん強い!

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齟齬

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「それ、って…」
「そう、君です。エンジュ、知っていたのでしょう?僕が君を、輪廻にずっと縛り付けているんだって」
「…知っていました。でも…」
「そう、そうですね。君は何も悪く無い。全て、僕が悪いんです。だって僕、魔物ですから」

 薄笑いを浮かべながら、悲しみを浮かべながらそう言い放つ彼に、私は同情しました。可哀想な人だと、そう思いました。私はこの人を、魔王様を神様だと思っていました。全知全能の、慈愛に満ちた、神様。私の神様像に、ヒビが入る音が聞こえた、そんな気がしました。

「まだ、たくさん聴いて欲しい話があるんです。だから…いいですよね?」

 そう言うと、魔王様は、何か呟きました。それは呪文のようでした。私の意識が、遠くなっていきます。私はこれから、どうなってしまうんでしょう。また凌辱されるのでしょうか、それとも、また輪廻に戻されるやりなおし?でも私は、まだ、魔王様に…セイショウさんに…








「おはようございます、エンジュ」

 ぼやけた眼を擦ろうとしますが、手が動きません。慌ててそちらを見やると、私は手枷をされていました。それに、足枷も…。それに、ここは…鳥籠?

「これは、一体…」
「枷ですよ。この鳥籠、使うの、何百年振りなんでしょう。懐かしいなあ、あの頃の君は…」
「あの、話を聞いて下さい!魔王様はもしかしたら、勘違いを…」
「ええ、ええ聴きますとも。エンジュの吐き出す言葉なら、一言も漏らさず。それよりも、聴いて欲しい話が有る、って言いましたよね?今からその話をしてもいいですか?」
「…じゃあ話が終わった後、私の話、聴いてくださいね」
「はい、分かりました。ではしましょうか、あの話の、続きを」



「幼子は、すくすくと育ち、大人になりました。僕は、安心しきっていました。神が無事蘇った安心。神がこの手の元にあると言う安心。僕はいよいよ魔王教育で忙しくなって、神の相手を仕方なくメイドに任せる日もあったのです。それでも僕は神を手放せず、どうしようかと手を拱いていました。だから僕はあの時…油断していた。
 ある日神は、僕に聞きました。『恋って、なあに?』。僕は戸惑いました。『エンジュ、その言葉は、誰から聞いた?』神はいとも容易く『メイドさんから!』と、答えます。僕は答えられませんでした。だって生まれてこの方、恋なんてしたことがなかったのですから。でも、情欲に繋がらぬ、プラトニックな恋なら、それは悪ではないのではないかと、僕はそう考えました。だからこう答えます。『僕は恋をしたことがないので分からないけれど、恋というのは、相手をどうしようもなく、心が求めてしまうもの、じゃないのかな』。神は問います。『そっかあ、じゃあ、恋はいいこと?』僕が答えます。『良いことでも、悪いことでもあります。それがプラトニックな関係なのならば、きっとそれは良いことだ。』そう答えると、神の表情はぱっと明るくなりました。僕はすぐに思い当たりました。『エンジュ、君、誰かに恋をしているの?』神は僕に宣告します。『そう、そうなの。しているかも、知れないの』。死刑宣告のようでした。何故こんなに心が痛むのだろう。良いと言ったのは、僕ではないか。もう既に、壊れた僕の頭の中には、殺すという選択肢が現れていました。…でも、僕は今回は、見守ることにしました。そうだ、最悪、殺してやり直せば良い。何度でも、何度でもやり直せば良いのだから。僕の理想の、神になるまで…。

 僕は神を、見守りました。神の恋の相手は、僕の護衛騎士だったようです。護衛騎士の良いところについて神から語られるたび、僕の心が黒く染まってゆきます。これは…嫉妬?いや、違う、そんな筈は、だって神に、恋、など。この頃の僕は、取り返しのつかないくらいに、彼女を神だと、偶像崇拝していました。
 神と僕の護衛騎士は相思相愛だったようで。いつしか、自然と神と彼の交際は始まりました。神はとても楽しそうでした。いつも頬を赤らめて、嬉しそうに彼と会話をします。そこに肉体的な接触はありません。僕は、それでも。
 赦せなかった。…赦せ、なかった…!僕は、赦せなかったのです。そんなふうに楽しそうに、嬉しそうに笑う彼女を、赦せなかった。僕と話している時は、そんな風に顔を赤らめたりしなかった!僕と話している時は、そんな風に…!
 こうして僕は、僕が烏滸がましくも神に恋をしているという、その事実を突きつけられてしまったのです。僕は、自分で自分が赦せませんでした。神だと崇めておきながら、恋?馬鹿馬鹿しい。僕はなんて愚かなのだと、そう思いました。僕は自室へ戻ります。足が重い。それに、頭も。もう、やめにしよう。そう僕は思いました。だってこれで、神は幸せになれる。穢されることなく、神は。僕は机の引き出しを開けて短剣を取り出します。魔物は首を完全に断ち切らなければ、死ぬことはできません。だから、僕は。短剣を首に突きつけ、一気に押し切りました。死ねません。まだ、首が繋がっている。まだ、まだ、まだ、そうして僕が自裁しようと試みていると、僕の部屋の扉が大きな音を立てて開きました。神でした。神は必死に僕の腕を掴み止めます。『何してるの!やめて!』。どうやら彼女は、顔色の悪い僕が自室へ戻る姿を見かけて、気にかけてついてきてくれたらしいのです。僕は歓喜しました。僕はあさましくも、神に乞います。慈悲深き神なら、きっと聞き届けてくれるはず、そう思いながら。『ねえエンジュ、あの男と別れてほしい。僕は君に…恋をしているみたいなんだ。お願いだ、僕と付き合ってほしい、そうでなければ…』。そう僕が言うと、神は一瞬悲しげな顔をしますが、すぐに何もなかったかのように、いつものように微笑みを湛えて『…わかった、別れる。私、セイショウと付き合う』と。
 それから、僕達の交際は始まりました。だけど。だけれど。僕にはわかってしまいます。気付いてしまいます。ずっと神を見てきた僕だけが、分かってしまいます。僕と会話していても、視線は護衛騎士に捕らえられたまま。護衛騎士が話せば、神の意識はそちらへ。気付いてしまうのです。厚顔無恥にも、神に恋をした、愛してしまった僕には。
 神は人々を平等に愛すのではなかったのか、僕の幻想は砕け散りました。粉々になりました。神は、神・ではなかった…!彼女は神ではなかったのだ!只の、女…!そう思うと、何だか段々と彼女から興味が失せて行くのが分かりました。それでも何故か、僕の心のどこかが…彼女を求める。ただの女である彼女を、求めてしまう!」

「…」

「そしてとうとう、僕は彼女を殺しました。魔術は使いませんでした。自らの手で、殺しました。自裁しようとした時に使った短剣を、彼女に何度も何度も突き立てました。彼女の身体から噴き出る血液が愛おしくて、愛おしくて、気付けば僕は、吐精していました。ああ、なんて穢らわしい。僕は僕の自らを、その短剣で切り落としました。しかし魔族の僕の体は、すぐに再生してしまいます。ああ、なんて醜い。」

「僕は神が神でないことを知って、知ってしまったから、余計に彼女を手放せなくなってしまった。儀式は繰り返された。何度も何度も、彼女を殺した。君を殺した。だって、君はいつも僕を見てくれないんですから。いつの生でも君には想い人がいた。僕はそれを阻止しようと、まだ幼い君に洗脳をかけたりもした。だけれど、何故か君はその洗脳をいとも容易く解き、そして僕に恐怖した。僕には分からなかった。何も分からなかった。ただ、君が愛しいということ、それ以外は。

 君への執着を捨ててしまえれば良かったのかも知れない。でも僕にはそれが出来なかった。君を愛していました。愛しています。これを愛と呼んでいいのか、僕には分かりません。こんな悍しい、醜い感情を愛と呼んでいいのか、僕には分かりません。それでも、この感情を表す言葉が、愛しか見つからないから。僕は君を、何百年、何千年にも渡って、深く深く、愛し続けています。君がそれを、拒んでも。
 君が生きていなければ、僕など生きていても仕方がないのです。君が僕の理由で、君がいなければ僕はもう、呼吸もできない。だけれど僕は、次期魔王です。たった一人の、次期魔王選定者です。僕は魔界を守らなければなりません。此の命が尽きる、その時までずっと。僕は魔界で殺しを行いながら、魔界を守らなければならないと、魔王にならなければならないとと、そんな強迫観念に囚われていました。思っていた以上に、母の死因、父の存在は、僕の心に重くのしかかっていたようでした。ある時、僕が自裁未遂をしたことがあった事を話しましたね。今思うと、僕はあの時、本当は自裁するつもりなど無かったのだと思います。きっと彼女が止めてくれると、そう信じていたから、自分の首に短剣を突きつけることができた。…その彼女も、僕が殺してしまったのですけれど。だから僕は君を、輪廻に縛りつけました。何度も何度も蘇らせては、何度も、何度も殺しました。

 ある日から、僕は君を殺すのにも嫌気がさして、自らに呪術をかけるようになりました。“エンジュから与えられた傷は、再生能力で再生されることはない”、“僕の輪廻は今生で終わる”、“僕の生殖器官はエンジュ以外には機能しない”、“僕はエンジュ以外の誰とも結ばれない”、“六百六十六666度目の罪を犯す時までにエンジュと結ばれなければ、僕は全ての罪を背負い、苦しんだ末、一人で死ぬ”そんなものを、数え切れない程。うら若き乙女のする、花占いのようなものでした。手慰めのようなものでした。僕の心などとうに壊れたはずなのに、それでも君を殺すとき、僕の心が悲鳴をあげるから。ただそれだけの理由でした。」

「そんな…」

「たくさん魔界で殺しが起きました。その全ての犯人が僕でした。それでも、父は最期のその時まで何も言いませんでした。僕の罪のことを、父はきっと知っていました。知っていたけれど、それでも何も言わなかった。どうしてでしょう。呆れられていたのかな、そうかも知れない。僕は父を裏切ってばかりでした。期待に答えることができませんでした。誰よりも強く在れという父の、期待を裏切り続けていました。それに、僕が母を殺したのだから、憎まれていても当然です。…でも、愛されていないのなら、それなら僕は、口汚く罵られたかった。何も言われないことが、何よりも辛かった。…こんなこと、言えた義理じゃありませんね」

「そしてある時僕はいつものように、君を輪廻の輪に縛り付けていました。しかし、僕はその日、大きなミスを犯してしまった。それは、君を蘇らせようと…」

 その時、大きく扉が叩かれます。

「魔王様!緊急のお話がありまして…よろしいでしょうか!」

 声からするに、メティス様のようでした。緊急のお話…それは、勇者さんたちのことなのでしょうか。

「…お話は、ここまでですね。エンジュのお話を聴きたかったのですが、仕方がありません。また戻ってきた時に、聞かせてください」
「分かりました。私、ちゃんとここで、待ってます。いってらっしゃいませ、まお…セイショウさん」

 部屋を出て行こうとする魔王様の背に、私がセイショウさんと呼びかけると、明らかに彼は、肩をビクつかせ、動揺した様子を見せます。

「…エンジュ、好きなものは何か、ありますか?」
「そうですね…セイショウさんから貰うものなら、きっと何でも好きです」
「…馬鹿ですね、君は…。…君も僕も、馬鹿だ」

 最後になにかセイショウさんは呟きましたが、それはあまりにもか細く、頼りない、小さな声で、私の耳に届くことはありませんでした。








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