3 / 6
忘れてたこと、忘れたいこと
しおりを挟む
どうすればいいんだろう、と考えて、ひとまず身体に戻れないか確かめることにした。
けど。
透き通っている腕を見て、怖くなる。身体をすり抜けたら、それこそ本当に自分が幽霊のような、在って無いような存在だと証明してしまう気がして。
自分の身体を眺めながら手を触れようとして、引っ込めてと繰り返す。
「…………どうしよ」
きっとだれにも聞こえてない声なんだろう。けれど私には、自分の耳には音が届いた。それだけでこんなにも嬉しくなる。
よし、もう一度やってみよう。と手を伸ばそうとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。
あまりに唐突だったから、思わず「ひぇっ」と間抜けな声とともに跳ね上がる。
「………………え、どういう……」
聞き覚えがない、けれど知っている声だった。
おそるおそる顔を上げる。
黒い髪に茶色い縁のメガネをかけ、中学生のブレザーに身を包んだ少年が、衝撃を受けた顔で固まっていた。
「え、ひつぎ先輩………………死んじゃったの?」
「勝手に人を殺さないでくれるかな?アケボシ君」
そうだ、と口をついて出た名前にハッとなる。彼はもう一人の隣人、佐藤明星。ひとつ下の、可愛くない後輩だ。ちなみに眼鏡はダテ眼鏡だ。
小学校の学童保育のときから一緒で、なにかと面倒を見ていた子なのだが、なぜそんな身近にいた子を今の今まで忘れていたんだろう。
「でも、透けてるし、二人いるし……ってよく見たら先輩ちっちゃくね?」
明星の指摘に「やっぱりか」となる。
「私にもわけがわからないの。気づいたら自分が目の前で寝てて……ここまで育った記憶がないのよ」
手を振りながらため息をついてみせると、明星は眼鏡を押し上げながら「つまり」と言う。探偵ものアニメの主人公の真似をしていたら癖になったらしい。
「先輩が7歳くらいの見た目してるのは、記憶が7歳で止まっているから……?」
「たぶんね。でもあんたのこと忘れてたのに、今パッと思い出したのよ」
「てことは、ひつぎ先輩に関係あった人に会っていけば記憶が戻るってことですかね」
かもね、と返してみたものの、なぜだか乗り気になれなかった。
この胸のもやもやというかグズグズした感情というか、足枷のような想いがやけに引っかかった。えてして、こういう予感は後に後悔へと繋がるものだ。
「じゃ、ひとまず……小学校行ってみます?」
明星の提案に眉が寄る。
「なんで小学校?どう見たって高校生くらいじゃないの」
自分を指しながら言うと、明星は「やれやれ」と言いたげに大袈裟に肩をすくめてみせた。むかつく。
「いきなり高校行ったって記憶が結びつかないかもしれないじゃないですか。こういうのは今ある記憶から徐々に人生史を辿ってったほうがいいんですよ」
そんなドラマにありそうなセリフを言われても、と呆れる。けれど言いたいことはわかる気もするし、
──私いま、「高校」に行かなくなったことに安堵した?
無意識にため息が出た。呆れたほうのではなく、ほっとした方のため息が。なぜ、と記憶を掘ろうとしたが、なぜだか胸の底が寒くなって、指先が小さく震えた。
「てか気になったんすけど、先輩って、病院の外出れるんですか?」
「……どうだろう」
なにせ今さっき意識が覚醒したばかりなのだ。部屋の外へ出ようなんて試み自体浮かばなかった。
「じゃ、とりあえず今日は病院ぐるっとします?問題なかったら明日学校行きましょう」
「そうだね。けど……」
一緒にくるの?
と、聞こうとした口を閉ざす。来て欲しくない、と言ってるようにも聞こえるし、なによりこの子は天邪鬼なところがあるから、そんなこと言えば「は?行かねーし!」みたいな反応になるだろう。
それはちょっと、寂しい。
もしかしたら、彼しか私のことを見える人がいないかもしれないから。そんな自己中心的な考えを内に秘め、アケボシに悪いと思いつつも、幽体離脱してしまっている間すこし付き合ってもらうことにした。
けど。
透き通っている腕を見て、怖くなる。身体をすり抜けたら、それこそ本当に自分が幽霊のような、在って無いような存在だと証明してしまう気がして。
自分の身体を眺めながら手を触れようとして、引っ込めてと繰り返す。
「…………どうしよ」
きっとだれにも聞こえてない声なんだろう。けれど私には、自分の耳には音が届いた。それだけでこんなにも嬉しくなる。
よし、もう一度やってみよう。と手を伸ばそうとした瞬間、ドアが勢いよく開いた。
あまりに唐突だったから、思わず「ひぇっ」と間抜けな声とともに跳ね上がる。
「………………え、どういう……」
聞き覚えがない、けれど知っている声だった。
おそるおそる顔を上げる。
黒い髪に茶色い縁のメガネをかけ、中学生のブレザーに身を包んだ少年が、衝撃を受けた顔で固まっていた。
「え、ひつぎ先輩………………死んじゃったの?」
「勝手に人を殺さないでくれるかな?アケボシ君」
そうだ、と口をついて出た名前にハッとなる。彼はもう一人の隣人、佐藤明星。ひとつ下の、可愛くない後輩だ。ちなみに眼鏡はダテ眼鏡だ。
小学校の学童保育のときから一緒で、なにかと面倒を見ていた子なのだが、なぜそんな身近にいた子を今の今まで忘れていたんだろう。
「でも、透けてるし、二人いるし……ってよく見たら先輩ちっちゃくね?」
明星の指摘に「やっぱりか」となる。
「私にもわけがわからないの。気づいたら自分が目の前で寝てて……ここまで育った記憶がないのよ」
手を振りながらため息をついてみせると、明星は眼鏡を押し上げながら「つまり」と言う。探偵ものアニメの主人公の真似をしていたら癖になったらしい。
「先輩が7歳くらいの見た目してるのは、記憶が7歳で止まっているから……?」
「たぶんね。でもあんたのこと忘れてたのに、今パッと思い出したのよ」
「てことは、ひつぎ先輩に関係あった人に会っていけば記憶が戻るってことですかね」
かもね、と返してみたものの、なぜだか乗り気になれなかった。
この胸のもやもやというかグズグズした感情というか、足枷のような想いがやけに引っかかった。えてして、こういう予感は後に後悔へと繋がるものだ。
「じゃ、ひとまず……小学校行ってみます?」
明星の提案に眉が寄る。
「なんで小学校?どう見たって高校生くらいじゃないの」
自分を指しながら言うと、明星は「やれやれ」と言いたげに大袈裟に肩をすくめてみせた。むかつく。
「いきなり高校行ったって記憶が結びつかないかもしれないじゃないですか。こういうのは今ある記憶から徐々に人生史を辿ってったほうがいいんですよ」
そんなドラマにありそうなセリフを言われても、と呆れる。けれど言いたいことはわかる気もするし、
──私いま、「高校」に行かなくなったことに安堵した?
無意識にため息が出た。呆れたほうのではなく、ほっとした方のため息が。なぜ、と記憶を掘ろうとしたが、なぜだか胸の底が寒くなって、指先が小さく震えた。
「てか気になったんすけど、先輩って、病院の外出れるんですか?」
「……どうだろう」
なにせ今さっき意識が覚醒したばかりなのだ。部屋の外へ出ようなんて試み自体浮かばなかった。
「じゃ、とりあえず今日は病院ぐるっとします?問題なかったら明日学校行きましょう」
「そうだね。けど……」
一緒にくるの?
と、聞こうとした口を閉ざす。来て欲しくない、と言ってるようにも聞こえるし、なによりこの子は天邪鬼なところがあるから、そんなこと言えば「は?行かねーし!」みたいな反応になるだろう。
それはちょっと、寂しい。
もしかしたら、彼しか私のことを見える人がいないかもしれないから。そんな自己中心的な考えを内に秘め、アケボシに悪いと思いつつも、幽体離脱してしまっている間すこし付き合ってもらうことにした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
風船葛の実る頃
藤本夏実
ライト文芸
野球少年の蒼太がラブレター事件によって知り合った京子と岐阜の町を探索するという、地元を紹介するという意味でも楽しい作品となっています。又、この本自体、藤本夏実作品の特選集となっています。
涙の味に変わるまで【完結】
真名川正志
ライト文芸
28歳の山上正道(やまがみまさみち)は、片思いの初恋の相手である朝日奈明日奈(あさひなあすな)と10年ぶりに再会した。しかし、核シェルターの取材に来ていた明日奈は、正道のことを憶えていなかった。やがて核戦争が勃発したことがニュースで報道され、明日奈と正道は核シェルターの中に閉じ込められてしまい――。
(おかげ様で完結しました。応援ありがとうございました)
地上の楽園 ~この道のつづく先に~
奥野森路
ライト文芸
実はすごく充実した人生だったんだ…最期の最期にそう思えるよ、きっと。
主人公ワクは、十七歳のある日、大好きな父親と別れ、生まれ育った家から、期待に胸をふくらませて旅立ちます。その目的地は、遥かかなたにかすかに頭を覗かせている「山」の、その向こうにあると言われている楽園です。
山を目指して旅をするという生涯を通して、様々な人との出会いや交流、別れを経験する主人公。彼は果たして、山の向こうの楽園に無事たどり着くことができるのでしょうか。
旅は出会いと別れの繰り返し。それは人生そのものです。
ノスタルジックな世界観、童話風のほのぼのとしたストーリー展開の中に、人の温かさ、寂しさ、切なさを散りばめ、生きる意味とは何かを考えてみました。
靴と過ごした七日間
ぐうすかP
ライト文芸
代わり映えのない毎日を繰り返す日々。
そんな代わり映えのないある日、恋人に振られた志村健一。
自覚はなくともショックを受けた健一に声を掛けたのはなんと、「靴」だった。
信じられない状況の中、
健一は一体何を信じればいいのだろうか?
そして、「靴」の目的はなんなのだろうか。
ラブリーでフレンドリーそして混沌(カオス)な1週間が始まる。
古屋さんバイト辞めるって
四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。
読んでくださりありがとうございました。
「古屋さんバイト辞めるって」
おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。
学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。
バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……
こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか?
表紙の画像はフリー素材サイトの
https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。
異世界のヤンキーの真似をしている王子様は、地味で真面目な婚約者とキスがしたいのに出来ない
桜枝 頌
恋愛
キングスウッド王国の第二王子は、美しい立ち振る舞いに、穏やかな性格、礼儀正しく、両親の自慢の息子で、まさに皆の理想とする王子様であった。しかし、王宮を離れて学校の寮生活へ戻った途端、髪の色を変えてオールバックにし、制服を着崩し、タバコを口にする不良へと変貌する……。王子様は夢で見た異世界の不良に憧れて彼のマネをしていた。
そして青春時代、思春期真っ只中の彼は、自分とは正反対の地味で真面目な婚約者が大好きで、キスがしたくて仕方がない。なのに彼女はまったくさせてくれない。強行突破でキスをしようとしたら、物理的にキスが出来なくなってしまった。
ヨーロッパ(ナーロッパ)の世界観だけど、アメリカンティーンエイジャー寄りな学校生活のお話。
※文字数4万字ちょっとの短編以上長編未満です。
※『元ヤン辺境伯令嬢は今生では王子様とおとぎ話の様な恋がしたくて令嬢らしくしていましたが、中身オラオラな近衛兵に執着されてしまいました』のスピンオフで、前作主人公二人の息子の話です。
Balcony ~バルコニーから見てたお隣さんと住むことになりました~
みちまさ
恋愛
IT会社に勤めるアオイは、在宅勤務。徹夜明けはバルコニーから外を眺めて、朝の空気を吸って眠るのが日課のようになっている。行き交う人の中に、少し気になる人ができて……。
12話完結、毎日一話ずつアップしていく予定です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる