1 / 6
目を引く、惹かれる
しおりを挟む
初めて彼を見かけたのは、小学校に上がってすぐのこと。小学校入学に合わせて、私はこの「るぽーと」と呼ばれるマンションに越してきた。
小さくこじんまりした、もっとハッキリ言ってしまえばボロいアパートから移り住むこととなった「るぽーと」の部屋は、お姫様が住んでいるかのように綺麗なところだった。本当なら、そう思えていたはずなのだ。
けれど保育園が一緒の友だちは居なくなってしまうわけだからそこに関して私は拗ねていて、その一点だけが気に入らないのに、すべてが気に入らないものに思えてしまっていた。だから「ここは嫌!前のお家がいい!」なんて廊下で騒いで。
そのときだった。
彼がするりと横を通ったのだ。
まるで何事もなかったかのように、無言で、一瞥もせずに。子どもの騒ぎ声っていうのは小さな声ではない。そこそこ響くはずなのだ。けれどそれに見向きもせず、彼は隣の部屋の扉を開け──閉めた。
その光景に、両親はぽかんと呆気にとられた。私も同様だった。子どもというのは、えてして泣いたり大声を出したりして人の注意を引こうとする生き物だ。だから彼の行動は私からしたら面白くなく、むしろ不満でしかない──はずだった。
だがどうしたことか、そのとき私が考えていたのは不平不満ではなく、彼の迷いない足取りと横顔のことだった。
端正な顔立ちというわけではない。そのとき好きだったアニメの主人公になど似ても似つかなかった。
いやいや、なんだこれは。
この、妙な、じわじわした感覚は。
戸惑う私の前に、彼はまたひょっこり現れた。閉まったはずのドアが再度開き、迷いなどないと体現しているかのようなキビキビした足取りで彼は私の前に立ち──、
「これ、よかったらどうぞ」
と紫の花を一輪、くれたのだ。
後から知ったのだが、その花はパンジーで、ベランダのプランターから無断でとってきてしまったらしく、花を育てていた母親から軽く怒られてしまったのだとか。土がついていたのはそのためだったらしい。それはともかく。
この瞬間、いろんな種類の喜の感情がどぱっと湧いた。
そしたら、ふわっとした浮遊感がして、ぎゅっと食道あたりの管を握られたかのような錯覚に陥った。もちろん物理的な痛みはなかった。そんなことになったら救急車を呼ぶ羽目になる。
けれどどうしようもなく胸がきゅうっと締め付けられて、鼓動が早くなって顔が赤くなって。
落ちてしまったのだ。私は出会って数秒の男の子に、恋をした。惹かれたら一瞬で、「好き」になってしまった。友人とは違う、敬愛なんて持ち合わせてない。ませた子どもは、7歳になる三月前に恋をした。相手は隣人らしい男の子。
ここから、私の10年にわたる恋の物語が幕を開けた。
小さくこじんまりした、もっとハッキリ言ってしまえばボロいアパートから移り住むこととなった「るぽーと」の部屋は、お姫様が住んでいるかのように綺麗なところだった。本当なら、そう思えていたはずなのだ。
けれど保育園が一緒の友だちは居なくなってしまうわけだからそこに関して私は拗ねていて、その一点だけが気に入らないのに、すべてが気に入らないものに思えてしまっていた。だから「ここは嫌!前のお家がいい!」なんて廊下で騒いで。
そのときだった。
彼がするりと横を通ったのだ。
まるで何事もなかったかのように、無言で、一瞥もせずに。子どもの騒ぎ声っていうのは小さな声ではない。そこそこ響くはずなのだ。けれどそれに見向きもせず、彼は隣の部屋の扉を開け──閉めた。
その光景に、両親はぽかんと呆気にとられた。私も同様だった。子どもというのは、えてして泣いたり大声を出したりして人の注意を引こうとする生き物だ。だから彼の行動は私からしたら面白くなく、むしろ不満でしかない──はずだった。
だがどうしたことか、そのとき私が考えていたのは不平不満ではなく、彼の迷いない足取りと横顔のことだった。
端正な顔立ちというわけではない。そのとき好きだったアニメの主人公になど似ても似つかなかった。
いやいや、なんだこれは。
この、妙な、じわじわした感覚は。
戸惑う私の前に、彼はまたひょっこり現れた。閉まったはずのドアが再度開き、迷いなどないと体現しているかのようなキビキビした足取りで彼は私の前に立ち──、
「これ、よかったらどうぞ」
と紫の花を一輪、くれたのだ。
後から知ったのだが、その花はパンジーで、ベランダのプランターから無断でとってきてしまったらしく、花を育てていた母親から軽く怒られてしまったのだとか。土がついていたのはそのためだったらしい。それはともかく。
この瞬間、いろんな種類の喜の感情がどぱっと湧いた。
そしたら、ふわっとした浮遊感がして、ぎゅっと食道あたりの管を握られたかのような錯覚に陥った。もちろん物理的な痛みはなかった。そんなことになったら救急車を呼ぶ羽目になる。
けれどどうしようもなく胸がきゅうっと締め付けられて、鼓動が早くなって顔が赤くなって。
落ちてしまったのだ。私は出会って数秒の男の子に、恋をした。惹かれたら一瞬で、「好き」になってしまった。友人とは違う、敬愛なんて持ち合わせてない。ませた子どもは、7歳になる三月前に恋をした。相手は隣人らしい男の子。
ここから、私の10年にわたる恋の物語が幕を開けた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
蝶々結びの片紐
桜樹璃音
ライト文芸
抱きしめたい。触りたい。口づけたい。
俺だって、俺だって、俺だって……。
なぁ、どうしたらお前のことを、
忘れられる――?
新選組、藤堂平助の片恋の行方は。
▷ただ儚く君を想うシリーズ Short Story
Since 2022.03.24~2022.07.22
完結 この手からこぼれ落ちるもの
ポチ
恋愛
やっと、本当のことが言えるよ。。。
長かった。。
君は、この家の第一夫人として
最高の女性だよ
全て君に任せるよ
僕は、ベリンダの事で忙しいからね?
全て君の思う通りやってくれれば良いからね?頼んだよ
僕が君に触れる事は無いけれど
この家の跡継ぎは、心配要らないよ?
君の父上の姪であるベリンダが
産んでくれるから
心配しないでね
そう、優しく微笑んだオリバー様
今まで優しかったのは?
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
独り日和 ―春夏秋冬―
八雲翔
ライト文芸
主人公は櫻野冬という老女。
彼を取り巻く人と犬と猫の日常を書いたストーリーです。
仕事を探す四十代女性。
子供を一人で育てている未亡人。
元ヤクザ。
冬とひょんなことでの出会いから、
繋がる物語です。
春夏秋冬。
数ヶ月の出会いが一生の家族になる。
そんな冬と彼女を取り巻く人たちを見守ってください。
*この物語はフィクションです。
実在の人物や団体、地名などとは一切関係ありません。
八雲翔
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる