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九章
番外編<それ以前の二人>
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卒業式。
広翔無しで執り行われたその式は、やはりどこか寂しかった。
「渡辺」
ふいに後ろから聞き覚えのある声で呼ばれる。
既に一回玉砕している相手、雨水胡桃だ。
「寂しいね」
そう言って眉を寄せて笑った。
美少女である彼女はどんな表情をしても美しく見えてしまう。欲目ではない。事実なだけだ。
「別に」
同じように感じていたのか、それとも。
おそらく未だ失恋の傷は癒えてはいないだろう。
それが自分の心に影を落とす。
正直、広翔に嫉妬しないわけではない。時々無性に羨ましと感じることは否めない。
以前雨水から一度振られている。あと二回告白すればもしかしたら付き合ってくれるのかもしれない。
卒業式の日に、なんて我ながらベタだとは思うがきっかけがほしい。
そんなことを考えていた時だった。
「あの」
後ろから声をかけられる。
今度は知らない……いや、聞き覚えがあるな。
後ろを振り返ると、隣のクラスのミスコン三位に入っていた子が立っていた。
そのすぐ横には三年間同じクラスの西村が立っていた。
ちなみに聞き覚えがある声は西村のほうだ。
女の子は一言も発していない。
「雨水さん。ちょっと、いいすか」
赤い真剣そうな顔で西村が雨水を呼び止めた。
「あ!その次俺!俺の話を!!」
「じゃあその次!!」
わらわらと男子の列ができていく。
「え、と…………ここでいいの?」
「いや、移動しましょう。中庭に行きましょう」
いつも敬語なんて使っていなかったくせに、と毒づきたくなる。
真っ赤にした顔が恨めしい。牽制が足りなかったか。こんなに野郎どもが集まるとは予想外だった。
「あ、あの……っ!」
震える高い声が俺の足を引き留めた。
「わ、渡辺君……今、大丈夫?」
手が小刻みに震えている。
「大丈夫だよ。屋上行く?」
さり気なく誘導すると、ミスコン三位の子はぱっと目を輝かせた。
「い、行く……!」
どうしようか。
多分この流れだと告白だろうな。
そりゃ可愛いとは思うが面倒くさそうだ。
一日三回は電話だの、デートはさり気なく手を繋いで欲しいだの、そういうことを全て期待してきそうだ。
逆にこの子と付き合ってみるのもアリか?
雨水にヤキモチを焼かせられるだろうか。
……それは無いな。
むしろ軽蔑、というかがっかりされそうだ。
それは嫌だな。
「あのね……い、一年生の時から、その、渡辺君が気になってて」
ああ、やっぱり告白だ。
どう言えば上手く断れるだろう。
「渡辺君は覚えてないと思うんだけど、廊下で筆箱の中身いっぱい落としちゃった時に助けてくれて、親切な人だなって。わ、私ドジだから……階段で滑っちゃった時も、助けてくれて……ドキドキ、したの」
上目遣いでツイと視線を寄越してきた。
あ、苦手だ。こういう計算高い女の子は苦手だ。
「私のこと知って欲しくて。だから、あの、お試しでいいから、付き合ってくれないかな。一ヶ月だけでもいいから」
一ヶ月付き合うことになんの意味がある?
突っ込んだら駄目なのだろうか。
付き合うというのは結婚を前提とするものじゃないのか?
以前雨水にそう言ったらめちゃくちゃ驚いた顔をされた。
あ、じゃあそれを言えば引き下がるか?
「俺、結婚したいと思うやつじゃないと付き合いたくないからごめん」
女の子の目が点になった。
口が少し開かれる。
「え……結婚、て……重くない?渡辺君、それ重いよー」
あはは、と冗談めかして彼女は笑った。
「そういうカタイのじゃなくて、もっとこー……気楽に考えよーよ」
「俺はそう思わないから……もういい?」
あえて少し冷たく言った。
案の定彼女の目に涙が溜まっていく。
「どうしてそんな……楽しく過ごせればよくない?私じゃダメなの?」
私じゃダメなのと言っている時点でナルシスト入ってる気がする。
どれほどの自信があるのだろう。三位も確かに充分すごいとは思うけど、それ俺には関係ないし。
「悪いけど、好きなやついるから」
そう言うと、彼女は潤んだ瞳を向けて、
「そう、なんだ……──でも、諦めないから」
と言って笑った。
うん。
少女漫画の主人公が言いそうな台詞どうも。
「ごめん。諦めて」
すると演技はどこへやら、笑顔のまま固まっている。
「俺、しつこい人嫌いなんだ。邪魔してくる人も。わかった?」
そう言うと、彼女の平手打ちが飛んできた。
それをいとも簡単に避けると、
「避けないでよ!」
と理不尽な言葉を浴びせられる。
「全部計算だろ?さすがに分かるって。君、そのままの自分を受け入れてくれる人探した方が早いんじゃない?あと俺性格悪いから君とは釣り合わないよ。それじゃ」
そう言い残して屋上の扉を閉める。
するとすぐその傍らに、
「あ、あの」
何時ぞやの体育祭でハチマキを欲しいと言ってきた女子がそこに居た。
「もう、分かってるとは思うんだけど……好きです」
「ありがとう。でもごめん」
即答して階段をかけ下りる。
心臓が妙に大きな音を立てている。
身体中に血が勢いよく流れるのがわかる。
──傷つけたいわけじゃない。
だけどどうしたって傷つけてしまう。
だったら。
だったら、嫌な奴だった、好きになって損したと思われたい。
「──渡辺!」
いつからだろう。
いつから彼女は、俺のことを「渡辺君」と呼ばなくなっていたんだろう。
少し先に、息を切らした胡桃が立っていた。
「告白集団はどうしたんだ?」
わざと意地悪く言う。
胡桃は少し眉をひそめたが、
「丁重にお断りしました。それとも、受けた方が良かった?」
じっと試すように見上げてくる。
「それは、雨水の勝手だろ」
そう言って誤魔化す。
いいわけないだろ。
だけど、止める権利なんて俺には備わっていないんだ。
「……またそうやって…………何でもない。帰ろ」
少し寂しげな表情を残したまま、彼女は下駄箱へと身体を向かわせようとした。
その手を、気づけば掴んでいた。
「な、に」
驚いたような表情をしている雨水の目に、涙の膜がうっすりと張られていてキラリと光った。
「──好きだよ」
腕を掴んだままだし下を向きながらだったが言えた。
ポロ、と涙が雫となって頬を伝い筋をつくる。
「好きだよ、雨水。ずっと前から、君が好きだった」
彼女の頬が赤く染まり、とめどなく涙が溢れてきていた。
「俺と、付き合って。雨水」
雨水は、笑った。
いつもと同じ表情で。
「うん。ありがとう…………ずっと、好きでいてくれて」
窓から差し込んだ光が、優しく雨水を照らしていた。
どうやらあと一回残された告白の回数は、数年後に繰り越されたようだ。
広翔無しで執り行われたその式は、やはりどこか寂しかった。
「渡辺」
ふいに後ろから聞き覚えのある声で呼ばれる。
既に一回玉砕している相手、雨水胡桃だ。
「寂しいね」
そう言って眉を寄せて笑った。
美少女である彼女はどんな表情をしても美しく見えてしまう。欲目ではない。事実なだけだ。
「別に」
同じように感じていたのか、それとも。
おそらく未だ失恋の傷は癒えてはいないだろう。
それが自分の心に影を落とす。
正直、広翔に嫉妬しないわけではない。時々無性に羨ましと感じることは否めない。
以前雨水から一度振られている。あと二回告白すればもしかしたら付き合ってくれるのかもしれない。
卒業式の日に、なんて我ながらベタだとは思うがきっかけがほしい。
そんなことを考えていた時だった。
「あの」
後ろから声をかけられる。
今度は知らない……いや、聞き覚えがあるな。
後ろを振り返ると、隣のクラスのミスコン三位に入っていた子が立っていた。
そのすぐ横には三年間同じクラスの西村が立っていた。
ちなみに聞き覚えがある声は西村のほうだ。
女の子は一言も発していない。
「雨水さん。ちょっと、いいすか」
赤い真剣そうな顔で西村が雨水を呼び止めた。
「あ!その次俺!俺の話を!!」
「じゃあその次!!」
わらわらと男子の列ができていく。
「え、と…………ここでいいの?」
「いや、移動しましょう。中庭に行きましょう」
いつも敬語なんて使っていなかったくせに、と毒づきたくなる。
真っ赤にした顔が恨めしい。牽制が足りなかったか。こんなに野郎どもが集まるとは予想外だった。
「あ、あの……っ!」
震える高い声が俺の足を引き留めた。
「わ、渡辺君……今、大丈夫?」
手が小刻みに震えている。
「大丈夫だよ。屋上行く?」
さり気なく誘導すると、ミスコン三位の子はぱっと目を輝かせた。
「い、行く……!」
どうしようか。
多分この流れだと告白だろうな。
そりゃ可愛いとは思うが面倒くさそうだ。
一日三回は電話だの、デートはさり気なく手を繋いで欲しいだの、そういうことを全て期待してきそうだ。
逆にこの子と付き合ってみるのもアリか?
雨水にヤキモチを焼かせられるだろうか。
……それは無いな。
むしろ軽蔑、というかがっかりされそうだ。
それは嫌だな。
「あのね……い、一年生の時から、その、渡辺君が気になってて」
ああ、やっぱり告白だ。
どう言えば上手く断れるだろう。
「渡辺君は覚えてないと思うんだけど、廊下で筆箱の中身いっぱい落としちゃった時に助けてくれて、親切な人だなって。わ、私ドジだから……階段で滑っちゃった時も、助けてくれて……ドキドキ、したの」
上目遣いでツイと視線を寄越してきた。
あ、苦手だ。こういう計算高い女の子は苦手だ。
「私のこと知って欲しくて。だから、あの、お試しでいいから、付き合ってくれないかな。一ヶ月だけでもいいから」
一ヶ月付き合うことになんの意味がある?
突っ込んだら駄目なのだろうか。
付き合うというのは結婚を前提とするものじゃないのか?
以前雨水にそう言ったらめちゃくちゃ驚いた顔をされた。
あ、じゃあそれを言えば引き下がるか?
「俺、結婚したいと思うやつじゃないと付き合いたくないからごめん」
女の子の目が点になった。
口が少し開かれる。
「え……結婚、て……重くない?渡辺君、それ重いよー」
あはは、と冗談めかして彼女は笑った。
「そういうカタイのじゃなくて、もっとこー……気楽に考えよーよ」
「俺はそう思わないから……もういい?」
あえて少し冷たく言った。
案の定彼女の目に涙が溜まっていく。
「どうしてそんな……楽しく過ごせればよくない?私じゃダメなの?」
私じゃダメなのと言っている時点でナルシスト入ってる気がする。
どれほどの自信があるのだろう。三位も確かに充分すごいとは思うけど、それ俺には関係ないし。
「悪いけど、好きなやついるから」
そう言うと、彼女は潤んだ瞳を向けて、
「そう、なんだ……──でも、諦めないから」
と言って笑った。
うん。
少女漫画の主人公が言いそうな台詞どうも。
「ごめん。諦めて」
すると演技はどこへやら、笑顔のまま固まっている。
「俺、しつこい人嫌いなんだ。邪魔してくる人も。わかった?」
そう言うと、彼女の平手打ちが飛んできた。
それをいとも簡単に避けると、
「避けないでよ!」
と理不尽な言葉を浴びせられる。
「全部計算だろ?さすがに分かるって。君、そのままの自分を受け入れてくれる人探した方が早いんじゃない?あと俺性格悪いから君とは釣り合わないよ。それじゃ」
そう言い残して屋上の扉を閉める。
するとすぐその傍らに、
「あ、あの」
何時ぞやの体育祭でハチマキを欲しいと言ってきた女子がそこに居た。
「もう、分かってるとは思うんだけど……好きです」
「ありがとう。でもごめん」
即答して階段をかけ下りる。
心臓が妙に大きな音を立てている。
身体中に血が勢いよく流れるのがわかる。
──傷つけたいわけじゃない。
だけどどうしたって傷つけてしまう。
だったら。
だったら、嫌な奴だった、好きになって損したと思われたい。
「──渡辺!」
いつからだろう。
いつから彼女は、俺のことを「渡辺君」と呼ばなくなっていたんだろう。
少し先に、息を切らした胡桃が立っていた。
「告白集団はどうしたんだ?」
わざと意地悪く言う。
胡桃は少し眉をひそめたが、
「丁重にお断りしました。それとも、受けた方が良かった?」
じっと試すように見上げてくる。
「それは、雨水の勝手だろ」
そう言って誤魔化す。
いいわけないだろ。
だけど、止める権利なんて俺には備わっていないんだ。
「……またそうやって…………何でもない。帰ろ」
少し寂しげな表情を残したまま、彼女は下駄箱へと身体を向かわせようとした。
その手を、気づけば掴んでいた。
「な、に」
驚いたような表情をしている雨水の目に、涙の膜がうっすりと張られていてキラリと光った。
「──好きだよ」
腕を掴んだままだし下を向きながらだったが言えた。
ポロ、と涙が雫となって頬を伝い筋をつくる。
「好きだよ、雨水。ずっと前から、君が好きだった」
彼女の頬が赤く染まり、とめどなく涙が溢れてきていた。
「俺と、付き合って。雨水」
雨水は、笑った。
いつもと同じ表情で。
「うん。ありがとう…………ずっと、好きでいてくれて」
窓から差し込んだ光が、優しく雨水を照らしていた。
どうやらあと一回残された告白の回数は、数年後に繰り越されたようだ。
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