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九章
決意
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家に帰った広翔は真っ先に部屋へと向かった。
ふう、と息を吐きベッドに寝転ぶ。
──同じなんだよ。
困ったような、それでいて朗らかに笑むような、そんな顔だった。
なのに瞳は寂しげに潤っていたように見えた。
「馬鹿だなぁ、俺」
呟いた言葉は出てはすぐに消えていく。
きっとどこかで、彼女を困らせるだろうことを彼はわかっていた。分かっていたが、声に出してしまった。言わずにいられなかった。知っていてほしかった。
ふと、机の上に飾られた写真を見る。
今はもう居ない家族が幸せそうに笑っている。
「重いよなぁ」
自覚はあった。
だが、彼からすれば家族同然に大切に想える人を見つけたのだ。本物の家族を望む彼にとっては、どうしても手離したくないという思いが生じるのだ。それは暴走すると束縛に変わる。
縛り付けたいわけじゃない。
そう思うのとは裏腹に、澄香の世界の全てを手にしたい。見たい、聞きたい、知りたい。
「先輩の全ての世界が、俺だけになったら」
呟いて、気づいた。
そんなものがもしも実現してしまったら、彼女はどれほどの絶望に打ちひしがれることだろうか。
自分で自分がたまらなく恐ろしいものに思えた。
そんな時。
「広翔君」
コンコンと扉を叩く音がした。
夕飯か、と広翔は体を起こした。
扉を開けると、結芽が気まずそうに立っていた。
不思議に思って「夕飯だよね?」と聞くと、結芽はぎこちなく頷いて「ええ、まぁ」と要領を得ない答え方をする。
「あのね、広翔君」
結芽は息を吸い込み、今までにないような真剣な表情で言った。
「話が、あるの」
それは、誰もが思いもよらないような突拍子もない話だった。
***
翌日、広翔は暗い顔で家から出てきた。
璃久が不審に思って「どうした」と聞くと、広翔は軽く首を振って、
「気持ちの整理が着いたら話す」
と言った。
璃久は些か困惑した。素直で単細胞な広翔が、悩んでいる。
嫌な予感を胸に抱えながらも、璃久は広翔の後を追って学校へと向かった。
学校でも様子は変わらず、一日中ぼーっとして話しかけても気づかないことが多々あった。
そんな広翔の様子に流石に胡桃も真理も気づき、
「どうしたの」
と二人は璃久に聞いたが、知る由もない璃久は首を振るばかりだった。
その日の放課後、広翔は難波に呼び出された。
授業中もうわの空だったからだ。
いつもなら難波の授業は何があっても集中していたはずなのに、と尋常じゃないほどに心ここに在らずな彼の様子に璃久は不安を募らせる。
「行ってくるわ」
まだぼーっとし続ける広翔は、覚束無い足取りで教室を出ようとする。
「おい」
璃久は広翔を呼び止め、ツカツカと歩み寄った。
そして、思い切り背中を叩いた。
バシンと大きな音が響き渡り、残っていた何人かの生徒がびっくりした様子で二人を肩越しに見る。
「痛って……何?」
なおも生気のない広翔に、「いいか」と璃久は人差し指を突き出した。
「何があっても、俺はお前のことを家族同然の友人だと思ってる。何があっても、だ」
広翔の目が僅かに見開かれた。
「言えないこともあるだろうけど、一人でずっと抱えて自滅するのはやめろよ。俺は力になれないかもしれないけど、何か切っ掛けは持ってるかもしれない。何に繋がってるかなんてわからないんだ。えーと、だな……つまり……何だ。お前の長所は、悩んだ後に決めたことは、後悔しないで進んでいくところだ。そこらの人には到底できない生き方だ。悩んでいい。悩んで、悩んで……最後に苦し紛れに出した答えだとしても、そこからお前は自力で這い上がればいい。お前が選んだ道が、たとえやりたいこととは遠くとも、必ず未来では繋がってる……と、思うぞ」
広翔はぽかんと口を半開きにして璃久を眺めていた。
そして、朗らかに笑った。
「ああ──ありがとう、璃久」
いつも通りの笑みを浮かべたのを見て、璃久は胸をなで下ろした。
「さっさと怒られてこい」
からかい半分で言うと、広翔は顔を青くした。
「そうだった」
どうやら現実に気づかせてやるのは呼び出しの後の方が良かったみたいだ。
広翔は重い足取りで教室を出て行った。
──何はともあれ、元通りに戻ってよかった。
その時は、そう思った。
戻ってきた広翔は、思っていた反応と違った。
やけにスッキリとした顔をして「璃久」と話しかけてきた。
「俺、イタリア行こうと思う」
ふう、と息を吐きベッドに寝転ぶ。
──同じなんだよ。
困ったような、それでいて朗らかに笑むような、そんな顔だった。
なのに瞳は寂しげに潤っていたように見えた。
「馬鹿だなぁ、俺」
呟いた言葉は出てはすぐに消えていく。
きっとどこかで、彼女を困らせるだろうことを彼はわかっていた。分かっていたが、声に出してしまった。言わずにいられなかった。知っていてほしかった。
ふと、机の上に飾られた写真を見る。
今はもう居ない家族が幸せそうに笑っている。
「重いよなぁ」
自覚はあった。
だが、彼からすれば家族同然に大切に想える人を見つけたのだ。本物の家族を望む彼にとっては、どうしても手離したくないという思いが生じるのだ。それは暴走すると束縛に変わる。
縛り付けたいわけじゃない。
そう思うのとは裏腹に、澄香の世界の全てを手にしたい。見たい、聞きたい、知りたい。
「先輩の全ての世界が、俺だけになったら」
呟いて、気づいた。
そんなものがもしも実現してしまったら、彼女はどれほどの絶望に打ちひしがれることだろうか。
自分で自分がたまらなく恐ろしいものに思えた。
そんな時。
「広翔君」
コンコンと扉を叩く音がした。
夕飯か、と広翔は体を起こした。
扉を開けると、結芽が気まずそうに立っていた。
不思議に思って「夕飯だよね?」と聞くと、結芽はぎこちなく頷いて「ええ、まぁ」と要領を得ない答え方をする。
「あのね、広翔君」
結芽は息を吸い込み、今までにないような真剣な表情で言った。
「話が、あるの」
それは、誰もが思いもよらないような突拍子もない話だった。
***
翌日、広翔は暗い顔で家から出てきた。
璃久が不審に思って「どうした」と聞くと、広翔は軽く首を振って、
「気持ちの整理が着いたら話す」
と言った。
璃久は些か困惑した。素直で単細胞な広翔が、悩んでいる。
嫌な予感を胸に抱えながらも、璃久は広翔の後を追って学校へと向かった。
学校でも様子は変わらず、一日中ぼーっとして話しかけても気づかないことが多々あった。
そんな広翔の様子に流石に胡桃も真理も気づき、
「どうしたの」
と二人は璃久に聞いたが、知る由もない璃久は首を振るばかりだった。
その日の放課後、広翔は難波に呼び出された。
授業中もうわの空だったからだ。
いつもなら難波の授業は何があっても集中していたはずなのに、と尋常じゃないほどに心ここに在らずな彼の様子に璃久は不安を募らせる。
「行ってくるわ」
まだぼーっとし続ける広翔は、覚束無い足取りで教室を出ようとする。
「おい」
璃久は広翔を呼び止め、ツカツカと歩み寄った。
そして、思い切り背中を叩いた。
バシンと大きな音が響き渡り、残っていた何人かの生徒がびっくりした様子で二人を肩越しに見る。
「痛って……何?」
なおも生気のない広翔に、「いいか」と璃久は人差し指を突き出した。
「何があっても、俺はお前のことを家族同然の友人だと思ってる。何があっても、だ」
広翔の目が僅かに見開かれた。
「言えないこともあるだろうけど、一人でずっと抱えて自滅するのはやめろよ。俺は力になれないかもしれないけど、何か切っ掛けは持ってるかもしれない。何に繋がってるかなんてわからないんだ。えーと、だな……つまり……何だ。お前の長所は、悩んだ後に決めたことは、後悔しないで進んでいくところだ。そこらの人には到底できない生き方だ。悩んでいい。悩んで、悩んで……最後に苦し紛れに出した答えだとしても、そこからお前は自力で這い上がればいい。お前が選んだ道が、たとえやりたいこととは遠くとも、必ず未来では繋がってる……と、思うぞ」
広翔はぽかんと口を半開きにして璃久を眺めていた。
そして、朗らかに笑った。
「ああ──ありがとう、璃久」
いつも通りの笑みを浮かべたのを見て、璃久は胸をなで下ろした。
「さっさと怒られてこい」
からかい半分で言うと、広翔は顔を青くした。
「そうだった」
どうやら現実に気づかせてやるのは呼び出しの後の方が良かったみたいだ。
広翔は重い足取りで教室を出て行った。
──何はともあれ、元通りに戻ってよかった。
その時は、そう思った。
戻ってきた広翔は、思っていた反応と違った。
やけにスッキリとした顔をして「璃久」と話しかけてきた。
「俺、イタリア行こうと思う」
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