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八章
負の連鎖
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玄関の方から確かに、鍵の差し込まれる音がした。
広翔と璃久は互いに顔を見合わせる。
ついで遠子を見るも、遠子はショックを受けていて気づいてない様子だ。
澄香は言うまでもなく恐怖心を露にしている。
広翔は安心させるように澄香の手を両手で包み微笑みかける。
「大丈夫です。何があっても手出しさせませんから」
そう言った広翔に、澄香は弱々しくも嬉しそうに口元を緩めた。
キィと玄関の戸が開く音がし、続いてコツコツと靴の音がリビングにまで響く。
カチャンと扉がうっすらと開かれる。広翔は澄香を庇うようにして身構える。
姿を現したのは、やはり秀一だった。
濁った色の目を広翔たちに向ける。
「──誰だ。なぜ俺の家にいる」
低い、他を圧迫するような声色が広翔たちの鼓膜をビリビリと刺激する。
「あなたが、先……澄香さんを誘拐したんですね」
広翔はキッと秀一を睨みつける。
「返してもらいますよ」
広翔の言葉に秀一は馬鹿にしたような顔をする。
「返すも何も、そいつは俺の所有物だ。お前に返せと言われる筋合いはない。こいつの恋人か?ハハッ!律儀に追いかけてきたわけか?愛してるから?喋れない、見えないコイツに何の価値がある?ストレス発散するために存在しているようなものじゃないか」
両手を大きく広げながら秀一は鼻で笑う。
広翔はカッと頭に血が上るのを感じた。
ふと、澄香へ視線を移す。
彼女の瞳にもはや抵抗の意思はなく、どんどん濁っていくように見える。
充分だった。
喉を焼け尽くすような錯覚に襲われる。
怒りと悔しさで声も出ない。
「もう、いい」
ようやっと出せた声は広翔自身驚くほど低く、怒気を含んだものだった。
「もう喋るな。これ以上先輩のことをボロくそ言うんなら覚悟しろ」
広翔の剣幕に澄香は狼狽える。璃久は一歩退き、遠子は口を半開きにしている。
「物好きなやつもいたものだ。だがこれで君たちに外へ出られると困る。つまり、君たちはそのお荷物のせいでこれからの自由が無くなるわけだ。どうだ?瑠璃。お前のせいで人が巻き添えにされるのを二度も経験するというのは。一度目は佳奈を、二度目はお前のためと駆けつけてくれる唯一の人間を。お前はとことん、疫病神だよ」
澄香は目に涙を溜め、唇を噛み締める。
プツンと広翔の頭に音が響く。
フッと澄香の手を離す。頼りを探すように澄香の目が追う。
広翔は地を勢いよく蹴り、一瞬で秀一の真ん前に移動していた。
秀一はそこで初めて焦りを見せた。
が、遅かった。
スピードを利用し、彼は一切躊躇わずに上段回し蹴りを秀一の顎に狙いを定め、振り被る。
ゴツっと鈍い音がし、秀一はその場に崩れるように倒れた。
澄香は穴があくほど二人を眺めた。
そして、静かに一筋の涙を流した。
「生まれてきた子どもは、あんたら親のモノなんかじゃない。まして人形でもない。人を人として扱えないお前は親失格だ」
広翔が低く言い放つと、カタカタと震える顎を懸命に動かし恨めしそうに呟く。
「たかが、すう、年生きたガキがっ……何を、偉そうに……!」
そんな秀一に冷たい視線を浴びせながら言い捨てる。
「ガキでも知ってることだ。そんな常識さえ持ち合わせてないお前に言われたかないね」
秀一はカッと目を見開き、ゆっくりと体を起こし始めた。
「げっ!何で立てるんだ!?」
璃久は慌てて距離をとる。
脳震盪はまだ酷いはずだ。
広翔も内心「厄介な相手だったな」とトドメをささなかったことを密かに後悔した。
今から攻撃を加えたんじゃ過剰防衛というものだ。
──いなすしかないか。
広翔は小さく息を吐いて身構える。
秀一はポケットに忍ばせていた鋭利なナイフを取り出した。
広翔は目を見開く。
──しまった。持ち物確認するべきだった!
すぐ背後には澄香が怯えた表情で棒立ちになっている。
ナイフを蹴飛ばしたらそっちへ向かうかもしれない。
空手を暫く休んでいた広翔からすれば相当不利な状況に立たされた。
秀一は気味悪くニタニタ笑いながら近づいてくる。
広翔は澄香を庇うようにして距離を置く。が、壁がすぐ後ろに立ちはだかりそれ以上進めない。
璃久は「先輩こっち!」とソファの後ろから声をかける。が、目の不自由な彼女は誰が誰だか判断がつかない。その上、今は男というだけで恐怖の対象となってしまっているため余計に動くことが出来ない。
ジリジリと距離を詰められ、ナイフの射程内まで入る──その時。
バァンと大きな音を立てて玄関の戸が開かれた。
一瞬、秀一が集中を切らす。
それを逃さずに、広翔はナイフを手刀で落とす。
「ぐっ!」
秀一は唸り声を上げ、血走った目で広翔を睨みつける。
「うああああ!!」
奇声を上げながら拳を振りかざす。
「動くな!!」
チャキッと何かを構える音とともに凛とした声がリビングに響く。
「檜木秀一!誘拐、監禁、及び殺人未遂の現行犯でお前を逮捕する!大人しくついてきてもらおうか!」
小泉が拳銃を向けたまま叫ぶ。
警察に囲まれた秀一は、苦悶の表情で脱力した。
外には数台のパトカーと野次馬が集まっていた。
広翔と璃久は互いに顔を見合わせる。
ついで遠子を見るも、遠子はショックを受けていて気づいてない様子だ。
澄香は言うまでもなく恐怖心を露にしている。
広翔は安心させるように澄香の手を両手で包み微笑みかける。
「大丈夫です。何があっても手出しさせませんから」
そう言った広翔に、澄香は弱々しくも嬉しそうに口元を緩めた。
キィと玄関の戸が開く音がし、続いてコツコツと靴の音がリビングにまで響く。
カチャンと扉がうっすらと開かれる。広翔は澄香を庇うようにして身構える。
姿を現したのは、やはり秀一だった。
濁った色の目を広翔たちに向ける。
「──誰だ。なぜ俺の家にいる」
低い、他を圧迫するような声色が広翔たちの鼓膜をビリビリと刺激する。
「あなたが、先……澄香さんを誘拐したんですね」
広翔はキッと秀一を睨みつける。
「返してもらいますよ」
広翔の言葉に秀一は馬鹿にしたような顔をする。
「返すも何も、そいつは俺の所有物だ。お前に返せと言われる筋合いはない。こいつの恋人か?ハハッ!律儀に追いかけてきたわけか?愛してるから?喋れない、見えないコイツに何の価値がある?ストレス発散するために存在しているようなものじゃないか」
両手を大きく広げながら秀一は鼻で笑う。
広翔はカッと頭に血が上るのを感じた。
ふと、澄香へ視線を移す。
彼女の瞳にもはや抵抗の意思はなく、どんどん濁っていくように見える。
充分だった。
喉を焼け尽くすような錯覚に襲われる。
怒りと悔しさで声も出ない。
「もう、いい」
ようやっと出せた声は広翔自身驚くほど低く、怒気を含んだものだった。
「もう喋るな。これ以上先輩のことをボロくそ言うんなら覚悟しろ」
広翔の剣幕に澄香は狼狽える。璃久は一歩退き、遠子は口を半開きにしている。
「物好きなやつもいたものだ。だがこれで君たちに外へ出られると困る。つまり、君たちはそのお荷物のせいでこれからの自由が無くなるわけだ。どうだ?瑠璃。お前のせいで人が巻き添えにされるのを二度も経験するというのは。一度目は佳奈を、二度目はお前のためと駆けつけてくれる唯一の人間を。お前はとことん、疫病神だよ」
澄香は目に涙を溜め、唇を噛み締める。
プツンと広翔の頭に音が響く。
フッと澄香の手を離す。頼りを探すように澄香の目が追う。
広翔は地を勢いよく蹴り、一瞬で秀一の真ん前に移動していた。
秀一はそこで初めて焦りを見せた。
が、遅かった。
スピードを利用し、彼は一切躊躇わずに上段回し蹴りを秀一の顎に狙いを定め、振り被る。
ゴツっと鈍い音がし、秀一はその場に崩れるように倒れた。
澄香は穴があくほど二人を眺めた。
そして、静かに一筋の涙を流した。
「生まれてきた子どもは、あんたら親のモノなんかじゃない。まして人形でもない。人を人として扱えないお前は親失格だ」
広翔が低く言い放つと、カタカタと震える顎を懸命に動かし恨めしそうに呟く。
「たかが、すう、年生きたガキがっ……何を、偉そうに……!」
そんな秀一に冷たい視線を浴びせながら言い捨てる。
「ガキでも知ってることだ。そんな常識さえ持ち合わせてないお前に言われたかないね」
秀一はカッと目を見開き、ゆっくりと体を起こし始めた。
「げっ!何で立てるんだ!?」
璃久は慌てて距離をとる。
脳震盪はまだ酷いはずだ。
広翔も内心「厄介な相手だったな」とトドメをささなかったことを密かに後悔した。
今から攻撃を加えたんじゃ過剰防衛というものだ。
──いなすしかないか。
広翔は小さく息を吐いて身構える。
秀一はポケットに忍ばせていた鋭利なナイフを取り出した。
広翔は目を見開く。
──しまった。持ち物確認するべきだった!
すぐ背後には澄香が怯えた表情で棒立ちになっている。
ナイフを蹴飛ばしたらそっちへ向かうかもしれない。
空手を暫く休んでいた広翔からすれば相当不利な状況に立たされた。
秀一は気味悪くニタニタ笑いながら近づいてくる。
広翔は澄香を庇うようにして距離を置く。が、壁がすぐ後ろに立ちはだかりそれ以上進めない。
璃久は「先輩こっち!」とソファの後ろから声をかける。が、目の不自由な彼女は誰が誰だか判断がつかない。その上、今は男というだけで恐怖の対象となってしまっているため余計に動くことが出来ない。
ジリジリと距離を詰められ、ナイフの射程内まで入る──その時。
バァンと大きな音を立てて玄関の戸が開かれた。
一瞬、秀一が集中を切らす。
それを逃さずに、広翔はナイフを手刀で落とす。
「ぐっ!」
秀一は唸り声を上げ、血走った目で広翔を睨みつける。
「うああああ!!」
奇声を上げながら拳を振りかざす。
「動くな!!」
チャキッと何かを構える音とともに凛とした声がリビングに響く。
「檜木秀一!誘拐、監禁、及び殺人未遂の現行犯でお前を逮捕する!大人しくついてきてもらおうか!」
小泉が拳銃を向けたまま叫ぶ。
警察に囲まれた秀一は、苦悶の表情で脱力した。
外には数台のパトカーと野次馬が集まっていた。
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