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八章
宅訪問
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作戦を立て始めてから既に二時間が経とうとしていた。
二人の頭には犯罪行為しか思い浮かばない。
「何かないのか」
璃久が頭を抱えながら広翔に問う。
「無茶言うな。漫画みたいな突飛なことしか思いつかんわ」
広翔はため息を吐く。
「あーあ。せめて先輩のスマホが見つかってなければなぁ」
璃久が小さく呟く。広翔は「え」と目を丸くする。
「スマホ……もしかしたら」
広翔は自分のスマホを取り出して澄香の連絡先を呼び起こす。
ラインの通知こそ無かった。
しかし、送った写真に既読がついていた。
「没収、されてないかも」
「まじで!?」
璃久がひったくるように広翔のスマホを自分の方に向ける。
「なんでわかるんだ、そんなこと」
璃久が訝しげに聞く。
「既読がついている事が証拠じゃない。問題は、既読がつけられた時間だ」
広翔の発言に璃久は目を丸くする。
「既読がついたのは少なくとも俺が佳奈さんに会いに行った日より後だ。要するに、誘拐された後に既読がつけられたんだ」
広翔は無意識にスマホを持つ手に力を込めた。
「だけど、それを父親や婆さんが見たかもしれないぞ」
璃久の指摘に「たしかに」と広翔は項垂れる。
もしかしたら連絡が取れるかも、なんて考えは甘かったようだ。
「広翔。よくやった」
唐突に璃久が広翔の頭を撫でくり回す。
「うわっ!何だよ突然!」
広翔は顔を顰めて手を除ける。
「少なくとも、スマホが例の家にある可能性は高い」
「つまり?」
広翔は一瞬考えたものの意図が見えない。
大人しく璃久に解答を聞くことにする。
「つまり、そのスマホに着信を入れろってことだ。そいつらの目の前で」
得たりとばかりにニヤつく璃久に、広翔は眉をひそめて指摘する。
「電源切られてるんじゃねえの?」
「切られてたら、第二の作戦。俺のスマホをその隠し扉とやらの近くに置くから、それを鳴らせ。で、隠し扉の奥から音がするだか、壁がズレてるだの指摘して、そこは何でもいい。とりあえずその隠されている部屋を暴くんだ」
璃久の作戦に広翔は「おおお」と目を輝かせる。
しかし璃久は声を落とし、
「だがこの作戦には大きな穴がある」
そう言いながら、コンビニで買った珈琲に口をつける。
もう冷めていて風味が落ちている。
「どうやって中に入るか、だ」
広翔は間抜けな顔を向けて「たしかに」と言うようにぽかんと口を開ける。
「あ」
広翔が声を漏らす。
璃久に向き合い、言いづらそうにしながらも口を開いた。
「賭け、なんだけど」
ごにょごにょと口篭りながらもアイデアを璃久に伝える。
「──それ本当に大丈夫なのか?」
「だから賭けなんだって」
璃久は渋る素振りを見せたが、やがて盛大にため息を吐いて頷いた。
「たしかに、現状はそれが一番妥当……いやでも、博打にも程がある」
乗り気でない璃久に、広翔は苦笑を浮かべて肩を叩く。
「無理だったら、それこそ不法侵入でもなんでもやるさ」
「馬鹿。そうさせないための作戦だろうが」
はぁ、とまたため息を吐きながら立ち上がる。
「わかった。乗ってやる。アイス奢れよ」
手をヒラヒラ振りながら店を出る璃久に、広翔は笑顔でついて行く。
既に日は昇り、通勤ラッシュの時間帯になりかけていた。
***
目的地の最寄りの駅は、昔住んでいた時とほとんど違っていた。
マスコットキャラクターが踊り、駅内に立ち食いそばなどの店が入り、ゴミも少なくて清潔に保たれている。
「変わったなぁ」
広翔は無意識に呟いていた。
変化というのは、やはりどこか寂しさを覚える。
二人はゆっくりと駅内を抜けていった。
駅から歩いて二十分ほどのところに、かつての広翔たちの家が建っていた。
そこから歩いて五分ほどの豪邸──……と思い出しながら道路を行く。
家の前の路地を真っ直ぐ進み、オレンジのカーブミラーが立っているところを右折する。
あった。
声には出なかったが、自然と歩みは止まった。
白い壁の豪邸。
夢で見た家そのものだった。
「ここか」
広翔の横で璃久も足を止める。
「よし。じゃあ、作戦通りに行くぞ」
璃久の合図に広翔は無言で頷く。
二人は玄関に近づき、インターホンを鳴らす。
ピン、ポン。
小さな音が鳴る。
さわさわと風が吹き、二人の髪と服を揺らす。
「──はい」
女の声だ。
広翔は一呼吸おいて「突然すみません」と声をかける。
現在の時刻は午前九時三十分を指している。
「僕達、八年前の事件のことでお伺いしたいことがあるのですが」
声は震えていなかっただろうか。不自然になってはいないだろうか。
ドクドクとうるさく鳴り響く心臓の音が周りにも聞こえている気がしてならない。
「少々お待ちください」
という声が返ってきた。
広翔と璃久は死角になる位置でグッと拳を握った。
しばらくすると、髪を茶色く染めた女が出てきた。
遠子だ。
実年齢がいくつかはわからないが、若く見える。
「ええと、八年前の事件……が、どうなさったの?」
お淑やかな仕草でゆっくりと歩み寄ってくる。
「檜木、佳奈さんをご存じですか」
広翔が尋ねると、遠子は首を傾げた。
「檜木?ええと……ああ、もしかして秀一さんの元奥さん?」
璃久は隣で信じられないものを見る目で遠子を見た。
「ええ、おそらく。俺は葛西広翔といって、その事件の当事者です」
遠子の周りの空気が張り詰めた。
穏やかな微笑みは、いつの間にか冷徹な笑みへと変わっていた。
「ですが、その記憶がすっぽりと抜け落ちていまして……もし良ろしければお話を伺えたら、と思って訪ねさせて頂きました」
広翔は人の良い笑みを浮かべ、困ったような表情をする。
遠子は目を丸くし「あら」と呟く。
「それで、叔父や叔母に両親のことを聞いたんです。そしたら、母さんと佳奈さんがご友人だったと伺って……佳奈さんてどういう人だったのかなぁと気になりまして」
遠子は広翔をじっと眺め、ついで璃久を見た。
「こちらの方は?」
「ああ、兄です。僕達兄弟だけが生き残って……兄は喋れなくて普段外出を好まないのですが、僕が佳奈さんのお宅に行ってみようとしたら自分も行くと……本当に突然すみません。予定が急遽空いたものですから」
広翔の含みある言い方に、遠子は眉を寄せる。
「急遽、とは?」
「ええ、叔父……葛西雅也が会社を見せてくれると言っていたのですが、忙しくなってしまったようで」
なんでわざわざフルネームを出す必要があるんだ?と訝しむ璃久とは正反対に、遠子は相好を崩した。
「あらあらまぁ。雅也さんの甥っ子さんだったのね。ここじゃなんだから、上がってちょうだい。ああ、もちろん事件のことは知っている限りお話するわ」
狼狽える璃久を目で促しながら、
「ありがとうございます。お邪魔します」
と満面の笑みを浮かべる。
かくして二人は敵の巣穴へと足を踏み入れていった。
二人の頭には犯罪行為しか思い浮かばない。
「何かないのか」
璃久が頭を抱えながら広翔に問う。
「無茶言うな。漫画みたいな突飛なことしか思いつかんわ」
広翔はため息を吐く。
「あーあ。せめて先輩のスマホが見つかってなければなぁ」
璃久が小さく呟く。広翔は「え」と目を丸くする。
「スマホ……もしかしたら」
広翔は自分のスマホを取り出して澄香の連絡先を呼び起こす。
ラインの通知こそ無かった。
しかし、送った写真に既読がついていた。
「没収、されてないかも」
「まじで!?」
璃久がひったくるように広翔のスマホを自分の方に向ける。
「なんでわかるんだ、そんなこと」
璃久が訝しげに聞く。
「既読がついている事が証拠じゃない。問題は、既読がつけられた時間だ」
広翔の発言に璃久は目を丸くする。
「既読がついたのは少なくとも俺が佳奈さんに会いに行った日より後だ。要するに、誘拐された後に既読がつけられたんだ」
広翔は無意識にスマホを持つ手に力を込めた。
「だけど、それを父親や婆さんが見たかもしれないぞ」
璃久の指摘に「たしかに」と広翔は項垂れる。
もしかしたら連絡が取れるかも、なんて考えは甘かったようだ。
「広翔。よくやった」
唐突に璃久が広翔の頭を撫でくり回す。
「うわっ!何だよ突然!」
広翔は顔を顰めて手を除ける。
「少なくとも、スマホが例の家にある可能性は高い」
「つまり?」
広翔は一瞬考えたものの意図が見えない。
大人しく璃久に解答を聞くことにする。
「つまり、そのスマホに着信を入れろってことだ。そいつらの目の前で」
得たりとばかりにニヤつく璃久に、広翔は眉をひそめて指摘する。
「電源切られてるんじゃねえの?」
「切られてたら、第二の作戦。俺のスマホをその隠し扉とやらの近くに置くから、それを鳴らせ。で、隠し扉の奥から音がするだか、壁がズレてるだの指摘して、そこは何でもいい。とりあえずその隠されている部屋を暴くんだ」
璃久の作戦に広翔は「おおお」と目を輝かせる。
しかし璃久は声を落とし、
「だがこの作戦には大きな穴がある」
そう言いながら、コンビニで買った珈琲に口をつける。
もう冷めていて風味が落ちている。
「どうやって中に入るか、だ」
広翔は間抜けな顔を向けて「たしかに」と言うようにぽかんと口を開ける。
「あ」
広翔が声を漏らす。
璃久に向き合い、言いづらそうにしながらも口を開いた。
「賭け、なんだけど」
ごにょごにょと口篭りながらもアイデアを璃久に伝える。
「──それ本当に大丈夫なのか?」
「だから賭けなんだって」
璃久は渋る素振りを見せたが、やがて盛大にため息を吐いて頷いた。
「たしかに、現状はそれが一番妥当……いやでも、博打にも程がある」
乗り気でない璃久に、広翔は苦笑を浮かべて肩を叩く。
「無理だったら、それこそ不法侵入でもなんでもやるさ」
「馬鹿。そうさせないための作戦だろうが」
はぁ、とまたため息を吐きながら立ち上がる。
「わかった。乗ってやる。アイス奢れよ」
手をヒラヒラ振りながら店を出る璃久に、広翔は笑顔でついて行く。
既に日は昇り、通勤ラッシュの時間帯になりかけていた。
***
目的地の最寄りの駅は、昔住んでいた時とほとんど違っていた。
マスコットキャラクターが踊り、駅内に立ち食いそばなどの店が入り、ゴミも少なくて清潔に保たれている。
「変わったなぁ」
広翔は無意識に呟いていた。
変化というのは、やはりどこか寂しさを覚える。
二人はゆっくりと駅内を抜けていった。
駅から歩いて二十分ほどのところに、かつての広翔たちの家が建っていた。
そこから歩いて五分ほどの豪邸──……と思い出しながら道路を行く。
家の前の路地を真っ直ぐ進み、オレンジのカーブミラーが立っているところを右折する。
あった。
声には出なかったが、自然と歩みは止まった。
白い壁の豪邸。
夢で見た家そのものだった。
「ここか」
広翔の横で璃久も足を止める。
「よし。じゃあ、作戦通りに行くぞ」
璃久の合図に広翔は無言で頷く。
二人は玄関に近づき、インターホンを鳴らす。
ピン、ポン。
小さな音が鳴る。
さわさわと風が吹き、二人の髪と服を揺らす。
「──はい」
女の声だ。
広翔は一呼吸おいて「突然すみません」と声をかける。
現在の時刻は午前九時三十分を指している。
「僕達、八年前の事件のことでお伺いしたいことがあるのですが」
声は震えていなかっただろうか。不自然になってはいないだろうか。
ドクドクとうるさく鳴り響く心臓の音が周りにも聞こえている気がしてならない。
「少々お待ちください」
という声が返ってきた。
広翔と璃久は死角になる位置でグッと拳を握った。
しばらくすると、髪を茶色く染めた女が出てきた。
遠子だ。
実年齢がいくつかはわからないが、若く見える。
「ええと、八年前の事件……が、どうなさったの?」
お淑やかな仕草でゆっくりと歩み寄ってくる。
「檜木、佳奈さんをご存じですか」
広翔が尋ねると、遠子は首を傾げた。
「檜木?ええと……ああ、もしかして秀一さんの元奥さん?」
璃久は隣で信じられないものを見る目で遠子を見た。
「ええ、おそらく。俺は葛西広翔といって、その事件の当事者です」
遠子の周りの空気が張り詰めた。
穏やかな微笑みは、いつの間にか冷徹な笑みへと変わっていた。
「ですが、その記憶がすっぽりと抜け落ちていまして……もし良ろしければお話を伺えたら、と思って訪ねさせて頂きました」
広翔は人の良い笑みを浮かべ、困ったような表情をする。
遠子は目を丸くし「あら」と呟く。
「それで、叔父や叔母に両親のことを聞いたんです。そしたら、母さんと佳奈さんがご友人だったと伺って……佳奈さんてどういう人だったのかなぁと気になりまして」
遠子は広翔をじっと眺め、ついで璃久を見た。
「こちらの方は?」
「ああ、兄です。僕達兄弟だけが生き残って……兄は喋れなくて普段外出を好まないのですが、僕が佳奈さんのお宅に行ってみようとしたら自分も行くと……本当に突然すみません。予定が急遽空いたものですから」
広翔の含みある言い方に、遠子は眉を寄せる。
「急遽、とは?」
「ええ、叔父……葛西雅也が会社を見せてくれると言っていたのですが、忙しくなってしまったようで」
なんでわざわざフルネームを出す必要があるんだ?と訝しむ璃久とは正反対に、遠子は相好を崩した。
「あらあらまぁ。雅也さんの甥っ子さんだったのね。ここじゃなんだから、上がってちょうだい。ああ、もちろん事件のことは知っている限りお話するわ」
狼狽える璃久を目で促しながら、
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