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七章
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その日を境に、智美はよく二人を家に招くようになった。
だが、春海の希望で広翔が居ない日に、という条件があった。
「だって、ヒロは私以上に心配症だし。それに、瑠璃ちゃんだってそんなに多勢に知られたくはないだろうし」
春海はそう智美に告げていた。
智美はそれを守り、広翔が璃久と遊ぶ約束をした日のみ招いた。
智美と春海の性格もあってか、二人はだんだんと笑う機会を増やしていった。
だが、その時間はそう長くは続かないだろうと佳奈は予想していた。
秀一が帰ってくるのだ。
二ヶ月間の出張を終えて、一時的に家に帰ってくる。
だが、智美は佳奈に柔らかく笑みを浮かべながら言った。
「まずは、あなたが秀一さんに対して怯えないでいて?」
どういうことだろう。
佳奈は首を傾げる。
「肩をビクッとさせたり、目を泳がせないで。そうね、温かい好物でも作ってあげて、楽しかったことを嬉しそうに話して。あ、旦那さんとの思い出話を交えるのよ」
智美は朗らかに笑った。
「それでも駄目だったら、メールして。私が迎えに行くわ」
智美のいたずらっぽい笑みに、佳奈は口角を上げた。
「ええ。ありがとう」
二人が帰ると、春海は不安そうに智美のスカートを引いた。
「帰らせてよかったの?」
その様子に智美は頷き、
「ええ。いざとなったら乗り込むわ」
と春海の頭を撫でる。
「お母さんは本当にやりそうで怖いんだよなぁ」
春海は重々しくため息を吐いた。
「まぁ、そうでもしないとね。今日メールが無ければ良いんだけど」
智美は笑ってはいたものの不安を隠しきれていなかった。
「姉さんたちなんでそんなに暗いの」
事情を知らない広翔が能天気に二人に話しかける。
「……あんたの社会のテストの点数がやばいねって話してたのよ」
春海がジロリと広翔を睨みつける。
「あんだけ私が教えてあげたのに!」
「姉さん邪魔してただけだろ!?」
広翔が輪に入ってきたことで空気が和む。
智美はその光景を微笑ましく眺めていた。
何で、全ての家族が上手くいかないのかしら。
ふとそんなことを思ってしまう。
そう思えるのはきっと、たくさんの愛情を注がれて育ち、幸せな結婚ができて、子を宝物として接することができる環境にいるからだろう。
「恵まれてるわね」
一人、苦笑を漏らす。
全ての人を助けてあげたいだなんて傲慢だ。
というかおそらく無理だ。
だけど、一人でも多く救いたいと思う気持ちは消えない。
せめて私の周りにいる人が笑顔であってほしい、という願望を捨てられない。
それがきっと、人間という生き物なのだろう。生きているということなのだろう。
「どうか、上手くいきますように」
智美は両手を額の前で組んで目を閉じた。
***
あまり寝付けない夜が明けて、朝が来る。
いつもと変わらぬ朝を過ごしているはずが、気づけば佳奈たちの居るであろう家へと視線が向かう。
「智美。俺がいない間に何があったんだ?」
達海が苦笑を漏らしながら話しかける。
「近所に住む檜木さんと仲良くなったの」
努めて明るく言う智美に、
「良かったね。何かあったらちゃんと言えよ」
と察しの良い達海は笑う。
「ええ。あ、じゃあ今度ヒロがいない時に顔合わせしときましょうか」
「なんで広翔抜きなんだ?」
不思議そうに言う達海に、「誰かさんからのご要望よ」と濁す。
「そうか。なら、今度バーベキューでも計画するか。璃久君たちの家ともやっているわけだし」
達海の提案に嬉しそうに微笑む。
「そうね。きっと楽しいわ」
そうして佳奈からの連絡が無いまま三日が過ぎた。
流石に心配になり、智美は佳奈を訪問した。
「──はい」
佳奈の声だ。
久しぶりの声にほっとする。
「佳奈さん?智美です」
「え?あ、今行きます」
数秒と経たないうちに佳奈が出てくる。
「無事だったのね」
新たな怪我が見当たらず、ひとまず息を吐く。
「あ、ごめんなさい。お義母さんが、いらしてて」
言いづらそうだった。
ああ、確か結婚を反対していたな。と智美の脳裏に記憶が蘇る。
「じゃあ忙しいかしら。あのね、良ければなんだけど。今週の土曜日にバーベキューやろうと思ってて。うちの妹夫婦も来るんだけど、佳奈さんも旦那さんと瑠璃ちゃんたちと一緒にどうかしら」
智美は期待半分で誘った。
「行っていいの?私が?夫も?」
「ええ、もちろん」
乗り気な反応に思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう」
智美の反応に、佳奈はふわりと花が咲くように微笑んだ。
「あ、ところで、旦那さんどうだった?」
ずっと気にかかっていたことを尋ねる。
「あ、うん。それが……昔みたいにね、笑ってくれたの」
佳奈は今にも泣き出しそうな顔で笑う。
「もしかしたらまた、戻れるかもしれない……!」
幸せそうに笑う佳奈を見て、智美まで泣きそうになる。
「じゃあ、土曜日。待ってるね」
「ええ、楽しみにしてる」
二人は手を振りあって別れた。
──だが、智美はこの日別れたことを後悔することになる。
だが、春海の希望で広翔が居ない日に、という条件があった。
「だって、ヒロは私以上に心配症だし。それに、瑠璃ちゃんだってそんなに多勢に知られたくはないだろうし」
春海はそう智美に告げていた。
智美はそれを守り、広翔が璃久と遊ぶ約束をした日のみ招いた。
智美と春海の性格もあってか、二人はだんだんと笑う機会を増やしていった。
だが、その時間はそう長くは続かないだろうと佳奈は予想していた。
秀一が帰ってくるのだ。
二ヶ月間の出張を終えて、一時的に家に帰ってくる。
だが、智美は佳奈に柔らかく笑みを浮かべながら言った。
「まずは、あなたが秀一さんに対して怯えないでいて?」
どういうことだろう。
佳奈は首を傾げる。
「肩をビクッとさせたり、目を泳がせないで。そうね、温かい好物でも作ってあげて、楽しかったことを嬉しそうに話して。あ、旦那さんとの思い出話を交えるのよ」
智美は朗らかに笑った。
「それでも駄目だったら、メールして。私が迎えに行くわ」
智美のいたずらっぽい笑みに、佳奈は口角を上げた。
「ええ。ありがとう」
二人が帰ると、春海は不安そうに智美のスカートを引いた。
「帰らせてよかったの?」
その様子に智美は頷き、
「ええ。いざとなったら乗り込むわ」
と春海の頭を撫でる。
「お母さんは本当にやりそうで怖いんだよなぁ」
春海は重々しくため息を吐いた。
「まぁ、そうでもしないとね。今日メールが無ければ良いんだけど」
智美は笑ってはいたものの不安を隠しきれていなかった。
「姉さんたちなんでそんなに暗いの」
事情を知らない広翔が能天気に二人に話しかける。
「……あんたの社会のテストの点数がやばいねって話してたのよ」
春海がジロリと広翔を睨みつける。
「あんだけ私が教えてあげたのに!」
「姉さん邪魔してただけだろ!?」
広翔が輪に入ってきたことで空気が和む。
智美はその光景を微笑ましく眺めていた。
何で、全ての家族が上手くいかないのかしら。
ふとそんなことを思ってしまう。
そう思えるのはきっと、たくさんの愛情を注がれて育ち、幸せな結婚ができて、子を宝物として接することができる環境にいるからだろう。
「恵まれてるわね」
一人、苦笑を漏らす。
全ての人を助けてあげたいだなんて傲慢だ。
というかおそらく無理だ。
だけど、一人でも多く救いたいと思う気持ちは消えない。
せめて私の周りにいる人が笑顔であってほしい、という願望を捨てられない。
それがきっと、人間という生き物なのだろう。生きているということなのだろう。
「どうか、上手くいきますように」
智美は両手を額の前で組んで目を閉じた。
***
あまり寝付けない夜が明けて、朝が来る。
いつもと変わらぬ朝を過ごしているはずが、気づけば佳奈たちの居るであろう家へと視線が向かう。
「智美。俺がいない間に何があったんだ?」
達海が苦笑を漏らしながら話しかける。
「近所に住む檜木さんと仲良くなったの」
努めて明るく言う智美に、
「良かったね。何かあったらちゃんと言えよ」
と察しの良い達海は笑う。
「ええ。あ、じゃあ今度ヒロがいない時に顔合わせしときましょうか」
「なんで広翔抜きなんだ?」
不思議そうに言う達海に、「誰かさんからのご要望よ」と濁す。
「そうか。なら、今度バーベキューでも計画するか。璃久君たちの家ともやっているわけだし」
達海の提案に嬉しそうに微笑む。
「そうね。きっと楽しいわ」
そうして佳奈からの連絡が無いまま三日が過ぎた。
流石に心配になり、智美は佳奈を訪問した。
「──はい」
佳奈の声だ。
久しぶりの声にほっとする。
「佳奈さん?智美です」
「え?あ、今行きます」
数秒と経たないうちに佳奈が出てくる。
「無事だったのね」
新たな怪我が見当たらず、ひとまず息を吐く。
「あ、ごめんなさい。お義母さんが、いらしてて」
言いづらそうだった。
ああ、確か結婚を反対していたな。と智美の脳裏に記憶が蘇る。
「じゃあ忙しいかしら。あのね、良ければなんだけど。今週の土曜日にバーベキューやろうと思ってて。うちの妹夫婦も来るんだけど、佳奈さんも旦那さんと瑠璃ちゃんたちと一緒にどうかしら」
智美は期待半分で誘った。
「行っていいの?私が?夫も?」
「ええ、もちろん」
乗り気な反応に思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう」
智美の反応に、佳奈はふわりと花が咲くように微笑んだ。
「あ、ところで、旦那さんどうだった?」
ずっと気にかかっていたことを尋ねる。
「あ、うん。それが……昔みたいにね、笑ってくれたの」
佳奈は今にも泣き出しそうな顔で笑う。
「もしかしたらまた、戻れるかもしれない……!」
幸せそうに笑う佳奈を見て、智美まで泣きそうになる。
「じゃあ、土曜日。待ってるね」
「ええ、楽しみにしてる」
二人は手を振りあって別れた。
──だが、智美はこの日別れたことを後悔することになる。
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