クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦

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七章

繋がりの発端<後>

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 春海に言われた通りの道を行くと、一際大きな家が建っていた。
 表札を見ると「檜木」と行書体で書かれている。
 ふー、と息を長く吐き、人差し指をインターホンに乗せる。
 カチッと音がし、続いてチャイムが鳴る。
「──はい」
「あ、ルリさんのご両親ですか?私、ルリちゃんの友達の母親なのですが」
「瑠璃の……?少々お待ちを」
 プツリと会話が途切れ、代わりに花をあしらったワンピースを着た女が玄関から出てきた。
「檜木さん、でよろしかったかしら。今日はルリちゃん私たちのおうちに泊まらせてあげたいのだけど」
「え!?」
 明らかに動揺した女を見て、智美は目を少し細めた。
「ルリちゃんのことで、少しお時間よろしいかしら?」
「……話すことなどありません」
 青ざめた顔を隠すように家の中に戻ろうとする手を反射的に掴んだ。
「待って!……あなたも悩んでいるんじゃない?あなたの夫のこと・・・・で」
 射るようでいてどこか温かさを含んだ瞳を向けられ、女はビクリと体を震わせた。
「なんの、事だか」
 唇を戦慄かせる女に、智美は名刺を取り出した。
「何か相談したくなったらここに連絡して。とりあえずルリちゃんは今日はうちに泊まらせます」
 有無を言わさぬ口調で名刺を女に押しつけ、くるりと身を翻して帰路をたどった。
 女は立ち尽くし、呆けた表情で智美の遠のく背を見送った。


「ただいまー」
 ガチャリと玄関の戸を開けると「キャーッ」と子供の悲鳴が聞こえた。
「え、春海!?」
 慌てて階段をかけ上る。
 春海の部屋を慎重に開ける。
「きたーっきたっきたっきたーっ!はい出産ー!るりちゃんお祝い金よろでーす」
 上機嫌の春海が寝込んでいた瑠璃から金を巻き上げている。
「春海?」
 おそるおそる声をかけると、春海は勢いよく振り返った。
「おかーさん!るりちゃんとね、人生ゲームやってたの。るりちゃんやるの初めてなんだって。でもちょー強いの」
 興奮気味に話す春海の向かい側には目覚めた瑠璃が少し脅えた顔で二人を見ている。
「ルリちゃんおはよう。ちょっとハル。必要以上に近づくなって言ったのに」
 智美が眉間にしわを寄せる。
「だって」と春海は頬をふくらませた。
「暇だったんだもん。それに、楽しいことしたら嫌なことなんて忘れるって」
「まったくこの子は……」
 智美は自身の額に手を当てる。
 だけどその通りのときもある。瑠璃が楽しいと感じたのなら、それは「正解」なのだろう。
 ひとつため息をこぼし、瑠璃より下に位置するようしゃがみ込んで笑顔を向ける。
「いきなりごめんなさいね。よかったら今日は泊まっていって。一人が良ければ広翔……息子のベッド使って構わないから」
 と言った智美の言葉に被せるように「えっ、瑠璃ちゃん一緒に寝よーよ」と春海が口をとがらせる。
「と、泊まれません」
 震えた声が部屋に響いた。
 瑠璃の目には涙が溜まり、戦慄わななく唇が小さく開く。
「わ、私……帰らなきゃ」
 瑠璃は青ざめた顔でベッドから出ようとした。
「ルリちゃん。お母さんには今日泊めることを伝えてあるわ。それじゃダメなの?」
 智美は笑顔を絶やさずに尋ねる。瑠璃は微かに首を降った。
「だ、だって、おと……お父さん……っ」
 肩も小刻みに震えていた。顔色は真っ青を通り越して真っ白だった。
「お父さん?お父さんが、怖いことするの?」
 問いただすような口調ではなく、あくまで聞くだけ。
 智美は細心の注意を払いながら柔らかい口調で尋ね続ける。
 瑠璃は口元に手を当てて「しまった」という表情をした。
「大丈夫。言わないわ。あなたのご両親に何か言ったりしないわ。それより、あなたのお父さん、もしかしてお母さんにも怖いことしてる?」
 智美の問いに春海が息を呑んだ。
 瑠璃は目から溢れ出た涙をせき止められずに嗚咽を漏らした。
「お、お母さん……に、酷いこと、するの。わたし、私を庇って、お母さん……っ」
 ひぃぃ、と喉を引き攣らせながら瑠璃は泣いた。
 春海はそんな二人を強ばった表情で順に見る。
「お父さんは、いつも怖い?」
 宥めるような声だった。
 春海が怖い夢を見て眠れなかった時にかけてくれたような声。
 瑠璃はこくこくと頷く。
「こ、こわい。だっだって……楽しんでる」
 瑠璃はそう言いながら自身の手の甲に爪を深く食い込ませる。
 よく見ると、青黒い跡と皮膚が破れた痕が残っていた。
 瑠璃が自分で付けた跡なのだろう。小さな爪の痕がくっきりと残されている。
「ルリちゃん、ありがとう話してくれて。怖かったでしょうに」
 智美が優しく微笑む。
 春海がふわりと瑠璃の体を包み込むように抱いた。
 瑠璃はビクリと身体を震わせた。
「だいじょーぶ。ここには叩いたり蹴ったりする人は居ないから。大丈夫……大丈夫」
 震えた声だった。瑠璃は一瞬ぽかんと口を開け、おろおろと春海を見る。
 智美は瑠璃の頭にそっと手をおく。その手に瑠璃は目を見開き恐怖に体を硬直させた。
 優しく頭に乗せられた手が、髪をゆったりと撫でる。
「ハルの言う通りよ。ここには怖い人は居ない。安心して泣いていいのよ」
 優しさに溢れた温もりが、瑠璃の心をゆっくりとほぐしていく。瑠璃の頬がだんだんと赤く熱をもち、その頬を細い筋がつたっていった。
 
 その後、春海と瑠璃は涙が枯れるまで泣き疲れて眠った。
 そんな二人にタオルケットを掛け、智美はそっと部屋を出た。
「さてと」
 独り言を呟きながら智美は携帯電話を取り出した。
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