39 / 59
七章
繋がりの発端<前>
しおりを挟む
その日の夜、結芽がある写真を広翔に差し出した。
「これは、最初で最後のあなたたちの家族写真」
そう言えばそんなものを撮った記憶があるような、と広翔は受け取る。
幼い広翔は恥ずかしがりで、写真を撮るのを嫌がった。そのため写真は滅多に撮らなかった。とは言いつつも、両親はひそかに子どもたちの写真を残していたのだが。それは広翔の知るところではなかった。
今更そんなことを悔やむなんて。
家族写真も一枚しか撮らなかった。
その一枚も燃えていたらと思うと鳥肌が立つ。
写真には笑顔でカメラに向かってピースしている春海と、父にしがみついてる広翔、それを微笑みながら見てる両親二人の日常が映されていた。
達海がタイミングよくシャッターを切ったものだった。
当時はその父をなじったものだったが、今となっては感謝しかない。
一足先に自室に籠り、寝支度を整える。
写真を余っている写真立てに入れ、勉強机の上に飾った。
「おやすみなさい」
うっすらと笑みを浮かべ、写真に向かって声をかけてからベッドにもぞもぞと入る。
数分と経たないうちに部屋に寝息が響いた。
***
「これは、酷い」
春海が声を漏らす。
習い事の帰り道、春海が公園を横切ろうとするとベンチに生傷だらけの女の子が横たわっていた。
「ん……?ちょ、るりちゃん!?るりちゃんじゃん!大丈夫……なわけないか。とりあえず──……」
と言うなり、春海はひょいと瑠璃を背に乗せた。いわゆる「おんぶ」というやつだ。
そのまま春海は瑠璃を家に連れ帰ることにした。
瑠璃はほんの一ヶ月前くらいに引っ越してきた子どもだ。
人目見た時から「かわいい!」と思い、話しかけた。だが、怯えられた。
それからは話しかけるのを控えていたが、時々見かけて不安にはなっていた。
体の所々に痣があったからだ。
そんな彼女がぐったりと倒れているのは放っておけない。
「え!?誰その子!」
家に連れ帰ると、母の智美が目を丸くして駆け寄ってきた。
「瑠璃ちゃん。えーと、ほら。ここから歩いて五分くらいのとこの豪邸に住む子だよ」
早口に説明しながら救急箱を取り出す。
「とりあえず血が出てるとこ消毒して……体汚れてるから洗……げっ」
唐突に春海が声を上げた。
「どした?」
智美が用意した湯をテーブルに置いて近寄った。
二人は絶句した。
瑠璃の体の見えない部分に、いくつもの痣ができていた。しかもそれらはここ最近に出来たものだけでないものが多く、黄色く変色しているものすらあり、背骨に沿うようにしてそれらは多く、腹部にはタバコが押し付けられた痕まで付いていた。
二人はお互いに視線を交した。
「……どうしようか」
「とりあえず体を拭いてあげましょ」
智美はぬるま湯にタオルを浸し、傷口にしみないよう注意を払いながら丁寧に体を拭いていった。
「これ、虐待だよね」
春海の顔は強ばり青ざめていた。
「多分ね。さて、放っておけないわね、これは」
智美は腕を組み、「とりあえず運ぶわ」と瑠璃を抱えた。
「このままだと誘拐になっちゃうから、この子のお家教えて」
春海は思い切り首を振る。
「危ないよ!」
腕がカタカタと震えていた。
「やだ、あなたに空手を吹き込んだのは誰?」
そう言って智美は不敵に笑ってみせる。
「でも」
と春海は渋る。
「大丈夫。今はあの子を最優先に考えましょう」
智美は真剣な瞳で春海を見つめた。
春海はその瞳に気圧され、嫌々ながら頷いた。
「さっきも言った通り、この家を右手に真っ直ぐ行ってカーブミラーがある所を右に曲がったところ。白い外観に……とにかく大きいから多分わかる。表札は『檜木』だよ」
「ありがとう愛娘」
くしゃりと頭を撫で、小さなバックを手に取り玄関へ向かう。
「あ。もし目を覚ましても、必要以上に近づいちゃダメよ。まぁすぐ帰るから、それまでは……頑張って!」
「そんな適当な」
母のウインクに春海はこめかみを押さえる。
「任せたわよー」
と手を振りながら玄関の戸を閉めた。
「よし、やるか」
広翔は璃久の家に泊まる。達海が帰ってくるのは夜遅くになるだろう。
「しっかりしなきゃ」
ふーっと気合を入れ、瑠璃の眠る部屋へと足を運んだ。
極力音を出さないよう気をつけたつもりだったが、瑠璃がちょうど目を覚ました。
「だれ」
怯えた瞳だった。
初めて目が合った気がする。今までは話しかけても逃げられてたから。
「私は葛西春海。あなたは?」
ゆっくりと歩み寄ろうとすると、瑠璃が引きつった顔になる。
「あらら。じゃあわかった。私はここから動かないわ。あなたに近づかないって約束する。だから、ねぇ、名前は?」
笑顔を向ける。
本当は名前は知っているが、彼女の口から聞きたかった。
「檜木、瑠璃」
「るりちゃんね。ねぇ、痛そうだけど、その傷どうしたの?」
腕に付いた痣を指す。
瑠璃は慌てて腕を布団の中に隠した。
「学校でやられたの?」
瑠璃は俯いて唇を噛んだ。
「あなたに関係ない」
絞り出すような声だった。
「関係ない……まぁ、確かに。じゃあ仕方ない。詮索はやめるわ」
両手を上げて肩を竦めてみせる。
「あ、ちょっとまっててね」
と扉を開け放し、自分の部屋へと歩く。
少し近づくだけであの脅えようだ。走る音もダメかもしれない。
「おまたせー」
と言いながら、彼女は抱えていたものたちをベッドにぶちまけた。
「つまんないからゲームしよーよ。あ、人生ゲーム。人生ゲームやろう」
ガチャガチャと色々なものを退かして人生ゲームを取り出す。
「なにそれ」
瑠璃は未だ疑いの目で春海を見ている。
「んーとね、サイコロ振って出た目の数のとこに止まってー、そこに書かれたミッションをやるんだよ」
テキパキと用意し、またベッドから離れる。
「近づかないから、そのお金取ってよ。それ最初の所持金。まぁルールはその都度説明するからさ」
邪気のない笑顔を瑠璃に向ける。
瑠璃はおずおずとお金と自分の馬を受け取り、スタート地点に置いた。
「じゃーまず私が見本みせるから、るりちゃんは私の後にサイコロ振ってね。あ、近づくからちょっと下がって」
と、ベッドに広げられたマップの上で春海がサイコロを転がすのを合図にゲームがスタートした。
「これは、最初で最後のあなたたちの家族写真」
そう言えばそんなものを撮った記憶があるような、と広翔は受け取る。
幼い広翔は恥ずかしがりで、写真を撮るのを嫌がった。そのため写真は滅多に撮らなかった。とは言いつつも、両親はひそかに子どもたちの写真を残していたのだが。それは広翔の知るところではなかった。
今更そんなことを悔やむなんて。
家族写真も一枚しか撮らなかった。
その一枚も燃えていたらと思うと鳥肌が立つ。
写真には笑顔でカメラに向かってピースしている春海と、父にしがみついてる広翔、それを微笑みながら見てる両親二人の日常が映されていた。
達海がタイミングよくシャッターを切ったものだった。
当時はその父をなじったものだったが、今となっては感謝しかない。
一足先に自室に籠り、寝支度を整える。
写真を余っている写真立てに入れ、勉強机の上に飾った。
「おやすみなさい」
うっすらと笑みを浮かべ、写真に向かって声をかけてからベッドにもぞもぞと入る。
数分と経たないうちに部屋に寝息が響いた。
***
「これは、酷い」
春海が声を漏らす。
習い事の帰り道、春海が公園を横切ろうとするとベンチに生傷だらけの女の子が横たわっていた。
「ん……?ちょ、るりちゃん!?るりちゃんじゃん!大丈夫……なわけないか。とりあえず──……」
と言うなり、春海はひょいと瑠璃を背に乗せた。いわゆる「おんぶ」というやつだ。
そのまま春海は瑠璃を家に連れ帰ることにした。
瑠璃はほんの一ヶ月前くらいに引っ越してきた子どもだ。
人目見た時から「かわいい!」と思い、話しかけた。だが、怯えられた。
それからは話しかけるのを控えていたが、時々見かけて不安にはなっていた。
体の所々に痣があったからだ。
そんな彼女がぐったりと倒れているのは放っておけない。
「え!?誰その子!」
家に連れ帰ると、母の智美が目を丸くして駆け寄ってきた。
「瑠璃ちゃん。えーと、ほら。ここから歩いて五分くらいのとこの豪邸に住む子だよ」
早口に説明しながら救急箱を取り出す。
「とりあえず血が出てるとこ消毒して……体汚れてるから洗……げっ」
唐突に春海が声を上げた。
「どした?」
智美が用意した湯をテーブルに置いて近寄った。
二人は絶句した。
瑠璃の体の見えない部分に、いくつもの痣ができていた。しかもそれらはここ最近に出来たものだけでないものが多く、黄色く変色しているものすらあり、背骨に沿うようにしてそれらは多く、腹部にはタバコが押し付けられた痕まで付いていた。
二人はお互いに視線を交した。
「……どうしようか」
「とりあえず体を拭いてあげましょ」
智美はぬるま湯にタオルを浸し、傷口にしみないよう注意を払いながら丁寧に体を拭いていった。
「これ、虐待だよね」
春海の顔は強ばり青ざめていた。
「多分ね。さて、放っておけないわね、これは」
智美は腕を組み、「とりあえず運ぶわ」と瑠璃を抱えた。
「このままだと誘拐になっちゃうから、この子のお家教えて」
春海は思い切り首を振る。
「危ないよ!」
腕がカタカタと震えていた。
「やだ、あなたに空手を吹き込んだのは誰?」
そう言って智美は不敵に笑ってみせる。
「でも」
と春海は渋る。
「大丈夫。今はあの子を最優先に考えましょう」
智美は真剣な瞳で春海を見つめた。
春海はその瞳に気圧され、嫌々ながら頷いた。
「さっきも言った通り、この家を右手に真っ直ぐ行ってカーブミラーがある所を右に曲がったところ。白い外観に……とにかく大きいから多分わかる。表札は『檜木』だよ」
「ありがとう愛娘」
くしゃりと頭を撫で、小さなバックを手に取り玄関へ向かう。
「あ。もし目を覚ましても、必要以上に近づいちゃダメよ。まぁすぐ帰るから、それまでは……頑張って!」
「そんな適当な」
母のウインクに春海はこめかみを押さえる。
「任せたわよー」
と手を振りながら玄関の戸を閉めた。
「よし、やるか」
広翔は璃久の家に泊まる。達海が帰ってくるのは夜遅くになるだろう。
「しっかりしなきゃ」
ふーっと気合を入れ、瑠璃の眠る部屋へと足を運んだ。
極力音を出さないよう気をつけたつもりだったが、瑠璃がちょうど目を覚ました。
「だれ」
怯えた瞳だった。
初めて目が合った気がする。今までは話しかけても逃げられてたから。
「私は葛西春海。あなたは?」
ゆっくりと歩み寄ろうとすると、瑠璃が引きつった顔になる。
「あらら。じゃあわかった。私はここから動かないわ。あなたに近づかないって約束する。だから、ねぇ、名前は?」
笑顔を向ける。
本当は名前は知っているが、彼女の口から聞きたかった。
「檜木、瑠璃」
「るりちゃんね。ねぇ、痛そうだけど、その傷どうしたの?」
腕に付いた痣を指す。
瑠璃は慌てて腕を布団の中に隠した。
「学校でやられたの?」
瑠璃は俯いて唇を噛んだ。
「あなたに関係ない」
絞り出すような声だった。
「関係ない……まぁ、確かに。じゃあ仕方ない。詮索はやめるわ」
両手を上げて肩を竦めてみせる。
「あ、ちょっとまっててね」
と扉を開け放し、自分の部屋へと歩く。
少し近づくだけであの脅えようだ。走る音もダメかもしれない。
「おまたせー」
と言いながら、彼女は抱えていたものたちをベッドにぶちまけた。
「つまんないからゲームしよーよ。あ、人生ゲーム。人生ゲームやろう」
ガチャガチャと色々なものを退かして人生ゲームを取り出す。
「なにそれ」
瑠璃は未だ疑いの目で春海を見ている。
「んーとね、サイコロ振って出た目の数のとこに止まってー、そこに書かれたミッションをやるんだよ」
テキパキと用意し、またベッドから離れる。
「近づかないから、そのお金取ってよ。それ最初の所持金。まぁルールはその都度説明するからさ」
邪気のない笑顔を瑠璃に向ける。
瑠璃はおずおずとお金と自分の馬を受け取り、スタート地点に置いた。
「じゃーまず私が見本みせるから、るりちゃんは私の後にサイコロ振ってね。あ、近づくからちょっと下がって」
と、ベッドに広げられたマップの上で春海がサイコロを転がすのを合図にゲームがスタートした。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

命のその先で、また会いましょう
春野 安芸
青春
【死んだら美少女が迎えてくれました。せっかくなので死後の世界を旅します】
彼――――煌司が目覚めた場所は、果てしなく続く草原だった。
風に揺れて金色に光る草々が揺れる不思議な場所。稲穂でもなく黄金草でもない。現実に存在するとは思えないような不思議な場所。
腕を抓っても何も感じない。痛覚も何もない空間。それはさながら夢のよう。
夢と思っても目覚めることはできない。まさに永久の牢獄。
彼はそんな世界に降り立っていた。
そんな時、彼の前に一人の少女が現れる。
不思議な空間としてはやけに俗世的なピンクと青のメッシュの髪を持つ少女、祈愛
訳知り顔な彼女は俺を迎え入れるように告げる。
「君はついさっき、頭をぶつけて死んじゃったんだもん」
突如として突きつけられる"死"という言葉。煌司は信じられない世界に戸惑いつつも魂が集まる不思議な世界を旅していく。
死者と出会い、成長し、これまで知らなかった真実に直面した時、彼はたどり着いた先で選択を迫られる。
このまま輪廻の輪に入って成仏するか、それとも――――

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる