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七章

知り合い

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 広翔は走った。
 できる限り速度を出して。心臓がギシギシと痛い。呼吸も浅い。だが構わずに走り続ける。
 ふと気づく。父親の家が今どこかわからない。
 速度を落とし歩き始める。
 頭が霞みがかったようにぼうっとする。酸欠だった。
 まだ太陽は高く、地面をジリジリと照りつけている。
 急に喉の渇きを実感した。
 まだ荒い息を整えながら、広翔は駅へとゆっくり向かう。
 最寄りの駅で下りると、璃久が駅前で佇んでいた。
「璃久」
 声をかけると、璃久が広翔を見上げてぎこちなく手を挙げた。
「あれ、思ったより平気そうだな」
 広翔の顔色を窺っていた璃久は目を丸くした。
「そんなに思い悩む暇なんてなかった。それより、有力な情報が手に入った」
 帰り道、広翔は留置所での出来事を璃久に話した。
 璃久は「まじか」と小さく呟いた。
「今どきそんなものあるのか。もしそこを探されてなかったら」
「ほぼ確実に先輩は居る」
 広翔は璃久に向かって首肯した。
「とりあえずは家宅捜索した人に聞きたいけど……無理かな」
「無理だと思うけどな。行くだけ行くか?まだ時間あるし」
 璃久は腕時計に目を遣り、次いで広翔を見る。
 広翔は決意の篭った瞳で璃久を見つめ返した。
「行くだけ行きたい」


***


 警察署は人が多くガヤガヤとしている。
 思っていたより明るい雰囲気だ。
「あの、えーと……小泉さんて、いらっしゃいますか」
「小泉さんですか?ご要件をお伺いしても?」
 担当した男の警察官は軽く目を見開き笑顔で聞き返してきた。
「今、ある人の捜索願を出してるんですけど、それに関してお話が」
 と、広翔が説明していると、カツンとヒールの音が目の前で止まった。
「あら、私に御用なの?」
 黒髪を首のあたりで切りそろえ、制服をキチッと着こなした美人な女性が微笑んでいた。
「小泉警部!いらしてたんですか」
 対応していた男の警察官が慌てふためいた。
 広翔と璃久が不思議そうにその光景を眺めていると、小泉は苦笑いを浮かべて、
「とりあえず、場所を移そう」
 と二人を促して近くのテーブルへ誘う。
「えーと、あなたたちはなぜ私を知ってるのかしら」
 小泉は首を傾げた。
「尾田澄香さんのことでお話があって伺いました」
 広翔が切り出した。
 小泉は目を丸くし、まじまじと広翔を見つめる。
「君、葛西君?」
 今度は広翔が大きく目を見開いた。璃久も狼狽えている。
「なんで知ってるんです」
 少し身を引く広翔に、小泉は慌てて手を振った。
「やだ!ストーカーじゃないよ!?君、望江が言ってた澄香ちゃんの彼氏くんでしょ?」
「え?」
 小泉の意外な発言に二人は目が点になった。
「私の旧姓は雨水。望江の姉です。瑠璃ちゃんとは昔ながらの知り合いなのよ。ま、瑠璃ちゃんと関わりがあったのは私だけだったけど。だから彼女のことをよく知ってる。でもまさか望江の友達が瑠璃ちゃ·····今は澄香ちゃんか。澄香ちゃんの母親に殺されるなんて。嫌な繋がりだわ」
 小泉は目を伏せて悲しげに語った。
「あ……それで?捜索のことで話があるんだっけ」
 明るい声を出しながら、小泉は無理やり話題をそらした。
 広翔は軽く頷き「実は」と口を開いた。
「隠し部屋……そんなものあったの?まるで気づかなかったわ。でも変ね。髪の毛や皮脂が少しくらいは落ちてるはずなのよ。ほら、運び込む時とか」
 小泉は人差し指を立てながら話す。
「でもその痕跡は一切なかったわ。まぁ、隠し部屋を見つけられたら建築上の問題で法に触れるわね。部屋の確認をした時、『これで全部の部屋を見せましたよ』って言われたしね。……うん、わかった。とりあえず案を出してみるわ。もう少し時間がかかるかもしれないけど」
 小泉は自信なさげに苦笑した。
「今回の捜索もすぐ行われたのは、立場を持つ私が瑠璃ちゃんの知り合いで、事件性アリと判断したからなの。上手くいく保証はできないけど、最前を尽くすわ。くれぐれもあなた達だけで容疑者に会いに行っちゃ駄目よ。危険なんだから」
 小泉は2人に言い聞かせ、席を立った。
「それじゃ、気をつけて帰ってね」
 望江によく似た笑みを浮かべながら彼女は遠ざかっていった。
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