クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦

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六章

行方

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「大福ならフルーツ大福が良かった」
 そうボヤいたのは胡桃だ。
 隣で璃久が苦笑混じりに「わがまま言うな」と茶を啜る。
 澄香の失踪のことを詳しく話すため、真理たちは広翔の家に集まった。真理の家でも良かったのだが、今季実は多忙らしい。そんな裏事情もあり、広翔の家が集会所となった。
 結芽と雅也は広翔が以前くじ引きで当てた温泉へ行っている。内緒話するにはもってこいだ。
 各自で菓子を持ったきた彼らは、ティーパックの紅茶、緑茶を啜りながら話題を切り出せずにいた。
 沈黙を破ったのは広翔だった。
「尾田さん。連絡が取れなくなったって、どういうこと?」
 広翔の問いかけに、真理は俯いたまま「えと」と躊躇いがちに口を開いた。
「そのまんまの意味、だよ。一日に一回は必ず電話してたんだけど、スマホ見てたかどうかはわからないの。固定電話でやり取りしてたから。それで、夏休みの最後の日の朝に電話かかってきて、病院寄って帰るっていう連絡だけで」
 キュッと両手に力を込めた彼女は、今にも泣き出しそうだった。
「誘拐か?」
 璃久は煎餅を齧りながら呟く。それに対し真理は首肯する。
「ありえる。可愛いから」
「警察は何だって?」
「手がかりが無くて……捜査も打ち切られそう」
 しょんぼりと肩を落とす真理の背を胡桃がさする。
「これで見つからなかったら、どうなるんだろうな」
 広翔は誰に言うでもない目で呟いた。
 目にはドス黒い色が広がり、曇っているように見える。
「見つからないなんてこと、あるの……?」
 胡桃は気遣いながらも広翔と真理を交互に見つめる。
 誰も、言葉を発さなかった。
 その時、真理のスマホが鳴った。
「ちょっとごめん」
 鼻をすすりながら立ち上がり、「あ、お母さん」と言いながら部屋を出ていった。
「先輩と会えなかったら、どうしよう」
 女々しいとわかってはいたが、どうしようもなく不安が広がる。
 どうしよう。二度と会えなかったら、どうしよう。
 彼女にはまだ深い傷を残したままだ。まだ何もしてやれてない。
 色々なことを悶々と考えていると、部屋のドアが勢いよく開いた。
「──どうしよう」
 真理の手はかすかに震えていた。
「すーちゃんの父親が、釈放されてた……っ」
 皆呆けた顔で真理を見上げた。
「え、釈放って……ごめん、よくわかんない。どういうこと?」
 胡桃が額に手を当てながら真理を宥める。
「あ、そっか。そうだよね……。すーちゃんのお父さんは、すーちゃんと佳奈ちゃん……すーちゃんのお母さんのことを、その」
 言いづらそうにしてはいたが、真理の言わんとすることがだいたい伝わった。釈放、と言われたくらいなのだから相当酷いDVをしていたのだろう。
「わかったから、いいよ。で、その人がなんでいきなり出てきたの」
 広翔がやんわりと先を促す。
「あ、うん。すーちゃんのお父さんが、釈放されたのを知って、今お母さんが連絡くれたんだけど……すーちゃん、お父さんの家に閉じこめられてるかもしれない」
 真っ青な顔で三人を見下ろし、目に涙を溜めた。
「すーちゃん捕まってるかも……酷いこと、されてるかも」
 涙腺が決壊したように涙がボロボロと溢れ出した。
 胡桃はそんな真理を抱きしめ、「大丈夫、大丈夫だよ」と言いながら頭を撫でた。
「捕まってるなら、その人の家に上がらせてもらえばいい話じゃないか」
 広翔は真理に言う。
 真理はしゃくりあげながら「も……っもう、っひっ家宅捜索……っうぐっし、して、もらってるっらひぃっ」と言葉に成らない声で説明した。
「……逆にこれで見つからなかった方が……──」
 璃久が誰にも聞こえないような声で呟いた。
 外は暗い影が落ち、太陽はしばらく昇ってきそうにない。

──そして、璃久のその予感は当たることになる。


***


「え、居なかった?」
 広翔の声が教室の騒音に掻き消える。
「家宅捜索したんだけど、居なかったらしくて」
 真理は困惑しながらも少しほっとしているように見えた。
「警察の人の話だと、改心したような態度だったらしいけど……でも私、その人のこと未だに信用してない」
「なんで……いや、なかなか信用はできないか」
 頭を掻きながら言う璃久に、真理は首を振った。
「そうじゃない。なんていうか、嘘っぽいんだよね、あの人。それに、あの人が改心とか信じられない。そういう人だから。……人の良さそうなナリして、腹の中じゃ人を見下してるような人を、誰が信用できる?」
 嘲笑を浮かべ、真理は広翔に向き直った。
「これで手がかりはゼロ。本当に賭けだけど、葛西君の記憶に何か思い当たることってない?」
 必死の形相で広翔に詰め寄った。
 広翔は俯いたまま、首を左右に振った。
 真理はゆっくりと彼から離れ「だよね」と寂しげに笑った。
「ごめん」
 広翔が謝ると、真理は泣きそうな顔で言った。
「すーちゃん、無事だよね?私……一人になるのは嫌だよ……」
 語尾が震えて消えていく。

 彼女がいなくなって、既に一週間が経とうとしていた。
 彼女が居なくなってから、暗い雰囲気が四人の中で渦巻いていた。
「あ、葛西君、今日委員会だからね」
 胡桃はそう言うなり教室を出ていった。
 委員会なんて、出たくない。そんなものに出てる暇があるのなら探しに行きたい。
 早く、会いたい。
 無事な姿を見たい。
 花壇に咲いた花々が風に揺られ、散ろうとする時期が迫っていた。
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