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五章
憂鬱
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ピロピロとスマホが光り、ラインの受信を知らせた。
広翔は溜まった宿題を手で押しのけるようにスマホを手繰り寄せる。
璃久からだった。
【遊園地行くぞ】
「はっ?」
思わず二度見してしまった。
いきなりすぎる。
【誰と、いつ、どこの】
すぐに返信が来る。
【尾田、雨水、俺、お前とで日程は明後日。場所はすぐ近くのとこ】
ああ昔から行っているところか、と広翔は納得しかけたが、メンツに違和感がある。
【なんでそのメンツ】
【ダブルデート】
「はぁ!?ふざけんな!」
【俺は彼女持ちだ】
と打つと、返信がこなくなった。
かと思えば、今度は電話がかかってきた。
「もしもし?なにお前、本当に先輩のこともう吹っ切れたわけ?」
呆れたような璃久の声がスピーカーから流れる。
そうか、わざわざこんな話を持ち出したのは慰める意味があったのか、と初めて広翔は気づいた。
「長期戦覚悟で頑張ることにした」
広翔がそう告げると、電話口から微かな笑い声が聞こえ「あっそ」と返ってきた。
「あ、雨水さんとは行くんだろ?」
「は?あー……どうだろ」
ボフッと衣擦れの音がした。ベットに倒れ込んだようだ。
「俺が言えることじゃないけど、二人は傍から見てお似合いだと思うから、その……頑張れ」
「おう」
じゃあな、と通話が切れた。
余計なお世話だっただろうか、とも思ったが、傍から見て本当に二人は仲が良さそうだった。互いに信頼しているような、そんな雰囲気。少し羨ましくもあった。
一度振った相手である胡桃は、美人だしものをハッキリ言うからむしろ好きなタイプだと思っていた。いや、好きなタイプではあるのだ、実際。だが恋愛ごとというのはわからないもので、本当に心から欲したのは、保健室で逢った彼女なのだ。
昔の彼女に、会いたくなった。
彼女の身に一体何が起きたのか知りたくなった。
だがそれを掘り起こせば、彼女は絶対に傷つく。自分と同じなのだ。同じような心の傷を抱えたもの同士だと、勝手ながら広翔は思っている。
どうにか、過去を無きものに出来ないだろうか。そんな考えすら頭に浮かぶのだ。
彼女が傷つく姿を見たくない。だが、広翔に会うだけで彼女は泣き出してしまう気がした。いつも通りに話せない気がした。
──心を、折ってしまいそうな気がした。
グシャッと前髪をかきあげる。
「くそ」
どうすればいいのかなんて、わからない。
彼女のために何をしてやれるのか、わからなかった。
会わない方が、彼女の為だろうか。
そんなことを想像するだけで呼吸が苦しい。目頭が熱くなり、自分の不甲斐なさと辛い繋がりに対して、怒りと、どうしようもない悲しみが胸いっぱいに広がるのだ。
そして夕方、写真を撮って澄香に送る。
これしか、彼女の心を開かせる鍵というものが見つからない。
今回の写真は、いつもとは違うものだ。
紫色のアネモネの写真が貼り付けられた袋と、その小さな球根とを撮った。彼女は、この花の意味を知っているだろうか。花言葉に掛けるとは我ながら女々しいとは思うが、彼女は気づいてくれる気がした。
また、嬉しそうに笑ってくれる気がした。
***
「ん?」
季実のスマホがバイブ音を発しながら振動した。
「あら」
季実はかすかに目を見張り、嬉しそうに目じりを下げた。
「真理ちゃん、澄香ちゃんあと二週間で帰ってくるわよ」
「夏休み終わるじゃん」
呆れた顔でテーブルに突っ伏す。
「私は学校始まっても帰ってこないと思ってたわ」
静かにスマホをテーブルに置き、汗をかいた麦茶のグラスを手に取る。
「有り得なくはなかったけどね」
真理も同意した。
「まさか、あんなことで繋がってたなんて」
暗い雰囲気がリビングを包む。
広翔が暗い顔で家に来たのは、望江の行方を聞くなり突然家をとび出た日の翌日。
花に水をやった帰りだったのだろう。制服のズボンは下の方が水を吸って黒くなっていた。
そこで、彼が望江に会ってからのことを聞いた。
それは、想像もしないような繋がり。
彼は全てを話すと、爽やかと言える笑顔を作って、
「まだ、諦めません」
と言った。
真理も、季実も、そんな彼にかける言葉など持ち合わせてはいなかった。
どう考えても虚勢を張っていたのがわかったから。
でも、彼の目は確かに微かな光を灯らせていたように感じた。すぐに消えてしまいそうな、小さく脆い光ではあったが。
「すーちゃんは、馬鹿だよ」
真理が小さく呟く。
「すーちゃんが今何を思ってるかなんてわかんないけど、すーちゃんのことを救ってあげれるのは葛西だけだよ」
祈りにも似たその呟きは、リビングに響くなり消えていった。
広翔は溜まった宿題を手で押しのけるようにスマホを手繰り寄せる。
璃久からだった。
【遊園地行くぞ】
「はっ?」
思わず二度見してしまった。
いきなりすぎる。
【誰と、いつ、どこの】
すぐに返信が来る。
【尾田、雨水、俺、お前とで日程は明後日。場所はすぐ近くのとこ】
ああ昔から行っているところか、と広翔は納得しかけたが、メンツに違和感がある。
【なんでそのメンツ】
【ダブルデート】
「はぁ!?ふざけんな!」
【俺は彼女持ちだ】
と打つと、返信がこなくなった。
かと思えば、今度は電話がかかってきた。
「もしもし?なにお前、本当に先輩のこともう吹っ切れたわけ?」
呆れたような璃久の声がスピーカーから流れる。
そうか、わざわざこんな話を持ち出したのは慰める意味があったのか、と初めて広翔は気づいた。
「長期戦覚悟で頑張ることにした」
広翔がそう告げると、電話口から微かな笑い声が聞こえ「あっそ」と返ってきた。
「あ、雨水さんとは行くんだろ?」
「は?あー……どうだろ」
ボフッと衣擦れの音がした。ベットに倒れ込んだようだ。
「俺が言えることじゃないけど、二人は傍から見てお似合いだと思うから、その……頑張れ」
「おう」
じゃあな、と通話が切れた。
余計なお世話だっただろうか、とも思ったが、傍から見て本当に二人は仲が良さそうだった。互いに信頼しているような、そんな雰囲気。少し羨ましくもあった。
一度振った相手である胡桃は、美人だしものをハッキリ言うからむしろ好きなタイプだと思っていた。いや、好きなタイプではあるのだ、実際。だが恋愛ごとというのはわからないもので、本当に心から欲したのは、保健室で逢った彼女なのだ。
昔の彼女に、会いたくなった。
彼女の身に一体何が起きたのか知りたくなった。
だがそれを掘り起こせば、彼女は絶対に傷つく。自分と同じなのだ。同じような心の傷を抱えたもの同士だと、勝手ながら広翔は思っている。
どうにか、過去を無きものに出来ないだろうか。そんな考えすら頭に浮かぶのだ。
彼女が傷つく姿を見たくない。だが、広翔に会うだけで彼女は泣き出してしまう気がした。いつも通りに話せない気がした。
──心を、折ってしまいそうな気がした。
グシャッと前髪をかきあげる。
「くそ」
どうすればいいのかなんて、わからない。
彼女のために何をしてやれるのか、わからなかった。
会わない方が、彼女の為だろうか。
そんなことを想像するだけで呼吸が苦しい。目頭が熱くなり、自分の不甲斐なさと辛い繋がりに対して、怒りと、どうしようもない悲しみが胸いっぱいに広がるのだ。
そして夕方、写真を撮って澄香に送る。
これしか、彼女の心を開かせる鍵というものが見つからない。
今回の写真は、いつもとは違うものだ。
紫色のアネモネの写真が貼り付けられた袋と、その小さな球根とを撮った。彼女は、この花の意味を知っているだろうか。花言葉に掛けるとは我ながら女々しいとは思うが、彼女は気づいてくれる気がした。
また、嬉しそうに笑ってくれる気がした。
***
「ん?」
季実のスマホがバイブ音を発しながら振動した。
「あら」
季実はかすかに目を見張り、嬉しそうに目じりを下げた。
「真理ちゃん、澄香ちゃんあと二週間で帰ってくるわよ」
「夏休み終わるじゃん」
呆れた顔でテーブルに突っ伏す。
「私は学校始まっても帰ってこないと思ってたわ」
静かにスマホをテーブルに置き、汗をかいた麦茶のグラスを手に取る。
「有り得なくはなかったけどね」
真理も同意した。
「まさか、あんなことで繋がってたなんて」
暗い雰囲気がリビングを包む。
広翔が暗い顔で家に来たのは、望江の行方を聞くなり突然家をとび出た日の翌日。
花に水をやった帰りだったのだろう。制服のズボンは下の方が水を吸って黒くなっていた。
そこで、彼が望江に会ってからのことを聞いた。
それは、想像もしないような繋がり。
彼は全てを話すと、爽やかと言える笑顔を作って、
「まだ、諦めません」
と言った。
真理も、季実も、そんな彼にかける言葉など持ち合わせてはいなかった。
どう考えても虚勢を張っていたのがわかったから。
でも、彼の目は確かに微かな光を灯らせていたように感じた。すぐに消えてしまいそうな、小さく脆い光ではあったが。
「すーちゃんは、馬鹿だよ」
真理が小さく呟く。
「すーちゃんが今何を思ってるかなんてわかんないけど、すーちゃんのことを救ってあげれるのは葛西だけだよ」
祈りにも似たその呟きは、リビングに響くなり消えていった。
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