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五章

すれ違い

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 夏休みを利用し、澄香は祖父母のもとに訪れていた。
 祖父母は趣味で農園をやっており、キャベツやトマト、じゃがいもや米までも幅広く育てていた。
 都会からだいぶ離れたこの土地は空気が澄んでいて気持ちがいい。
 山と緑に囲まれ、近くには小川も流れている。
 昔はよくそこで遊んだものだ。
 懐かしげな表情で周りを見渡す澄香に、祖父母は労わるように「ゆっくりしていきなさい」と言った。
 ふとスマホを見ると、広翔からメッセージが届いていた。
 澄香は見るのを躊躇った。
 名前を見ただけで泣きそうになった。

──やっと、会えたと思ったのに。

 自分が犯罪者の娘だという事実を聞いても、彼は何食わぬ顔をして「それでもいい」と言ってくれる気がした。
 そんな期待にも確信にも似た感情は、望江の言った言葉で簡単に打ち砕かれた。
 望江が悪いとは思っていない。
 いつか打ち明けるつもりだったのだから。
 望江に言われたことを簡単に信用したのは色々と腑に落ちたからだ。
 彼が気絶して二回ほど倒れたのも、彼が何かを恐れている素振りを時折見せたことも。
 だが、まさか当事者とは思わなかった。
 幼い頃、彼には会っていない。
 彼の姉の春海としか接点がないのだ。
 彼の姉とは同い年で、いろいろなことを相談にのってもらっていた。唯一話すことのできる友人だった。
 澄香はとある事情から、学校に行けない日が多々あった。そんな時、春海が決まって家を訪れた。

──だから、悲劇が起こったのだが。

 ふぅ、と息をつく。
 過去のことを思い出そうとすると、気持ち悪さがこみ上げてくる。だから、できる限り思い出さないように気をつけてはいた。
 だが、どうしても熱のある日など体調が優れない時は悪夢となって思い起こされる。
 決して、忘れさせはしないとでも言うように。
 目を閉じ、深呼吸する。
 広翔が、笑う顔が思い出された。
 また笑ってほしい。
 話しかけてきてほしい。
 会いたい。
 ぱっと目を開ける。

──だめだ。

 悔しげに眉を寄せる。
 もう、きっと、自分に会う資格なんてない。彼の大切な家族を殺したのは、私がいたからだ。
 それは、変わることの無い事実であり、戻せるはずのない過去。
 そっとスマホを手に取り、ラインを開く。
【直接話したいことがあります。よかったら会って欲しいです】
 すぐに、画面を閉じた。
 心臓が激しく脈打つ。
 知ってしまったんだ。
 目に涙が溜まり、視界がぼやけてくる。
 いつか言うと思っておきながら、頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
 会って話したいことなんて。
 別れ話くらいしか、思いつかない。いや、それで済めばいいが、なんたって、彼にとって憎い存在になってしまったのだ。なじられ、貶されたって文句は言えない。
──…………そんな人じゃ、ない。
 そう信じているが、なんせ会ってまだ半年も経ってない。その人のことを理解できていると言いきれないのが悔しかった。
 また、言われないとも限らない。
 最愛の家族を失うというのは、一体どれほどの絶望だろうか。容易く想像できるものではない。
 ピロン、とスマホが音を出した。
 ラインがまた送られてきていた。
 花の写真が、広翔から送られてきていた。
 まだ花をつけていないが、だいぶ成長していた。
 思わず頬が緩む。
 会って、話したいこと。
 私もある。
 できたら、声が出るようになってから色々と話したかった。いつ目も声も戻るかわからないことを、久々にもどかしく思った。
 彼は、どんな顔で笑うのだろうか。
 笑った、というのはなんとなくは判るが、なんせ景色はほとんどが暗く見える。サングラスを掛けているからというだけでなく、見えない、というのは視力が悪いという意味でなく、世界が暗く見えるのだ。周りが薄暗い景色に包まれ、照明の光はほとんど意味が無い。
 そのせいで、彼女は週一で病院へ通わなければならないのだ。眼科と、精神科へ。行っても変わらない気はするのだが、精神科は強制だった。ここ数週間はそれが二週間に一回と緩くなっていたのだが、来週は行かなければならない。
 病院に行った後、話そう。
 きっとそっちの方が気持ちが落ち着いているはずだ、と思った。
 そう決め、彼女はスマホに文字を打ち始めた。
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