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五章
手がかり
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澄香と連絡が取れなくなった。
翌日の午後、尾田家に行った。
すると、季実が出てきて「とりあえず、入って」と家の中へと促した。
言われるがままに入ると、真理が突然襟を引っ掴んできた。
「あんた、すーちゃんに何したの……!?」
怒りで手が震えていた。
広翔は呆然と、睨んでくる真理を見返した。
「え、と……先輩は?」
姿を見せないことに違和感を抱く。
真理は「ふざけてんの!?」と怒号を浴びせる。
「あんたが何かしたから!すーちゃんがばぁちゃん家に行ったんでしょ!」
え、と広翔は固まる。
「広翔君。喧嘩でも、したの?」
季実は心配そうに広翔を見る。
何かあったか、と聞かれたら、帰り際の気まずい雰囲気しか心当たりがない。
「謝りに、来たんです」
広翔が呟くと、グッとさらに襟を引かれる。
うっ、と呻くが、そんな様子などお構いなしに真理は詰め寄る。季実は真理を諌めようと身を乗り出す。
「やっぱりあんたが何かしたんじゃん!!」
「真理ちゃん!やめなさいっ」
季実は真理の肩に手をかけた。
「お母さんは黙っててよ!!こいつのせいですーちゃんっ」
「いい加減になさい!!」
季実が大声を出した。
二人は目を見開いた。
季実が大声を出すのを見るのは初めてだった。
「真理ちゃん落ち着きなさい。広翔君を離して」
冷え切った眼光で真理を見据えた。
その圧に真理はビクリと身体を震わせ、おそるおそる襟から手を引いた。
「お茶、淹れるから、二人とも座ってて。……広翔君、真理がごめんなさいね」
ふぅ、とため息混じりに季実は言った。
しばらく、三人の間に沈黙が落ちた。
誰も、何も言わなかった。
しゅんしゅん、とヤカンが湯気を出す音がリビングに響く。
トポポ、とお湯がカップに注がれ、紅茶とコーヒーの香りがふわりと部屋を包む。
それらと、真っ白い皿にチョコチップクッキー、マドレーヌ、ドーナツが盛られた菓子盆とを一緒に運んできた。
「昨日、喧嘩ではないけど、気まずい空気になったんです」
紅茶を啜り、広翔が口を開いた。
「あんたが何かしたんでしょ」
睨みながら言う真理を、季実が「真理ちゃん」と窘める。
「触れられたくない話題を、出されてしまって。特に、何か言ったわけではないとは思います。だから、わからないんです」
尾田家に来て、何を謝るのか。
あの雰囲気を?
会わなくて良かったのかもしれない、と思った。
聞いてきたのは、彼女からだ。
昨日のことを思い出しても、彼女を傷つけるような発言はしないよう注意は払ったから、尚更わからない。
「絶対あんたが何かしたのよ」
「心当たりがないんだって」
「よくもぬけぬけと……!じゃあ何?すーちゃんが悪いっていうの!?」
真理の興奮はまだ冷めていなかったようだ。
「その、触れられたくない話題っていうのは、私たちには聞かれたくないことね?」
季実が尋ねると、広翔は頷いた。
「何よそれ。そんな人にすーちゃんは任せらんない。別れてよ」
真理は冷めた目で広翔を見据える。
先程の季実と、同じ表情だった。
「前から思ってたけど……尾田さんは、なんでそこまで過保護なの?」
広翔の言葉に、真理はピクリと眉を動かした。
「時々、異常なほど先輩に対して過保護だよね。昔、何かあったとか?」
「あんたに関係ないでしょ!?」
バンッとテーブルを叩く。
「そういうこと」
「はぁ!?」
「俺が言いたいことを、今、尾田さんが言ったじゃん」
何言ってんの、と真理は言おうとした。
──あんたに関係ないでしょ。
うるさい。
あんたに関係ないでしょ。
──追及されたくないのよ。
真理ははっと息を呑む。
「……わかった?」
広翔は、困ったような笑みを浮かべていた。
真理は「あ……」と声を洩らし、
「ごめん……私……ごめん」
頭を押さえながら、真理は謝った。
「罪滅ぼし」
ぽつ、と真理は呟いた。
「罪滅ぼしなのよ。私がやってるのは。で、ただの自己満足」
自嘲するような笑みで続ける。
「もう、ホントの姉妹じゃないことは知ってるんだよね?すーちゃんとは従姉妹だった。それが、小四のとき急に姉妹だよ?お母さんとお父さんを盗られたような気がして『あんたなんか本当の家族じゃないくせに!』って、言っちゃったことがあるの。前は喋れてたのに、喋れなくなったことも、イライラに繋がってて。……つい、ほんとに、口を滑らせた形で言っちゃって。そんな私の嫌なところを誤魔化したくて、すーちゃんに懐くように、守るように、あの時みたいなすーちゃんの顔を、もう二度と見たくなんてなかったから」
ポロポロと涙を零しながら、真理は言った。
「あー……初めて話したかも。……私は言ったよ。言いたくないこと。……葛西は?」
ズズ、と紅茶を啜り、静かな瞳で広翔に問いかけた。
「別に言わなくてもいい。ただ、スッキリするかもよって話」
広翔は嘲笑した。
「俺のは、スッキリなんてしない」
くっと一気に飲み干し、
「言えない」
重い口調で、そう言った。
真理は「あっそ」とだけ言った。
その瞳は先程までの怒りは含んでいなかった。
「あ、様子がおかしいといえば」
真理がマドレーヌをかじりながら言った。
「すーちゃん、望江先輩が来てた時も顔が青ざめてたんだよね」
え、と広翔がドーナツを落とした。
「え、何よ」
真理も季実も動揺している。
そんな二人にお構い無しに、広翔は一人、考え事に没頭する。
そういえば、と思う。
彼女は事件を「火事」と言った。報道では「空き巣犯による放火」と言われていたと璃久は言った。
と、すれば。事件の際にその場に居合わせた、もしくは事件の関係者から情報を得たことになる。
「いつ、ですか。それ」
「え?水族館に行く……二日前?」
時期は、おそらくその辺だ。
様子がおかしかったのは、水族館の日だから。
ピッタリ、当てはまる。
「雨水先輩って、どこにいるかわかる?」
広翔が口を開くと、真理と季実は顔を見合わせ、真理が戸惑いながらも「図書館の、ソファ席のどこか」と言う。
「ありがとう」
とすぐに出て行こうとする広翔に、「待って」と真理が声をかけた。
「·····おかしいよ。だって、葛西に聞かれたら伝えてくれって言われたんだよ」
広翔は舌打ちした。
粗方わかった。
雨水望江に、操られていた。
結局は彼女の掌で転がされていたのだと。
「·····大丈夫。··········全部終わったら、話すよ」
広翔は眉を寄せて笑った。
尾田家を後目に、広翔は図書館へと向かった。
翌日の午後、尾田家に行った。
すると、季実が出てきて「とりあえず、入って」と家の中へと促した。
言われるがままに入ると、真理が突然襟を引っ掴んできた。
「あんた、すーちゃんに何したの……!?」
怒りで手が震えていた。
広翔は呆然と、睨んでくる真理を見返した。
「え、と……先輩は?」
姿を見せないことに違和感を抱く。
真理は「ふざけてんの!?」と怒号を浴びせる。
「あんたが何かしたから!すーちゃんがばぁちゃん家に行ったんでしょ!」
え、と広翔は固まる。
「広翔君。喧嘩でも、したの?」
季実は心配そうに広翔を見る。
何かあったか、と聞かれたら、帰り際の気まずい雰囲気しか心当たりがない。
「謝りに、来たんです」
広翔が呟くと、グッとさらに襟を引かれる。
うっ、と呻くが、そんな様子などお構いなしに真理は詰め寄る。季実は真理を諌めようと身を乗り出す。
「やっぱりあんたが何かしたんじゃん!!」
「真理ちゃん!やめなさいっ」
季実は真理の肩に手をかけた。
「お母さんは黙っててよ!!こいつのせいですーちゃんっ」
「いい加減になさい!!」
季実が大声を出した。
二人は目を見開いた。
季実が大声を出すのを見るのは初めてだった。
「真理ちゃん落ち着きなさい。広翔君を離して」
冷え切った眼光で真理を見据えた。
その圧に真理はビクリと身体を震わせ、おそるおそる襟から手を引いた。
「お茶、淹れるから、二人とも座ってて。……広翔君、真理がごめんなさいね」
ふぅ、とため息混じりに季実は言った。
しばらく、三人の間に沈黙が落ちた。
誰も、何も言わなかった。
しゅんしゅん、とヤカンが湯気を出す音がリビングに響く。
トポポ、とお湯がカップに注がれ、紅茶とコーヒーの香りがふわりと部屋を包む。
それらと、真っ白い皿にチョコチップクッキー、マドレーヌ、ドーナツが盛られた菓子盆とを一緒に運んできた。
「昨日、喧嘩ではないけど、気まずい空気になったんです」
紅茶を啜り、広翔が口を開いた。
「あんたが何かしたんでしょ」
睨みながら言う真理を、季実が「真理ちゃん」と窘める。
「触れられたくない話題を、出されてしまって。特に、何か言ったわけではないとは思います。だから、わからないんです」
尾田家に来て、何を謝るのか。
あの雰囲気を?
会わなくて良かったのかもしれない、と思った。
聞いてきたのは、彼女からだ。
昨日のことを思い出しても、彼女を傷つけるような発言はしないよう注意は払ったから、尚更わからない。
「絶対あんたが何かしたのよ」
「心当たりがないんだって」
「よくもぬけぬけと……!じゃあ何?すーちゃんが悪いっていうの!?」
真理の興奮はまだ冷めていなかったようだ。
「その、触れられたくない話題っていうのは、私たちには聞かれたくないことね?」
季実が尋ねると、広翔は頷いた。
「何よそれ。そんな人にすーちゃんは任せらんない。別れてよ」
真理は冷めた目で広翔を見据える。
先程の季実と、同じ表情だった。
「前から思ってたけど……尾田さんは、なんでそこまで過保護なの?」
広翔の言葉に、真理はピクリと眉を動かした。
「時々、異常なほど先輩に対して過保護だよね。昔、何かあったとか?」
「あんたに関係ないでしょ!?」
バンッとテーブルを叩く。
「そういうこと」
「はぁ!?」
「俺が言いたいことを、今、尾田さんが言ったじゃん」
何言ってんの、と真理は言おうとした。
──あんたに関係ないでしょ。
うるさい。
あんたに関係ないでしょ。
──追及されたくないのよ。
真理ははっと息を呑む。
「……わかった?」
広翔は、困ったような笑みを浮かべていた。
真理は「あ……」と声を洩らし、
「ごめん……私……ごめん」
頭を押さえながら、真理は謝った。
「罪滅ぼし」
ぽつ、と真理は呟いた。
「罪滅ぼしなのよ。私がやってるのは。で、ただの自己満足」
自嘲するような笑みで続ける。
「もう、ホントの姉妹じゃないことは知ってるんだよね?すーちゃんとは従姉妹だった。それが、小四のとき急に姉妹だよ?お母さんとお父さんを盗られたような気がして『あんたなんか本当の家族じゃないくせに!』って、言っちゃったことがあるの。前は喋れてたのに、喋れなくなったことも、イライラに繋がってて。……つい、ほんとに、口を滑らせた形で言っちゃって。そんな私の嫌なところを誤魔化したくて、すーちゃんに懐くように、守るように、あの時みたいなすーちゃんの顔を、もう二度と見たくなんてなかったから」
ポロポロと涙を零しながら、真理は言った。
「あー……初めて話したかも。……私は言ったよ。言いたくないこと。……葛西は?」
ズズ、と紅茶を啜り、静かな瞳で広翔に問いかけた。
「別に言わなくてもいい。ただ、スッキリするかもよって話」
広翔は嘲笑した。
「俺のは、スッキリなんてしない」
くっと一気に飲み干し、
「言えない」
重い口調で、そう言った。
真理は「あっそ」とだけ言った。
その瞳は先程までの怒りは含んでいなかった。
「あ、様子がおかしいといえば」
真理がマドレーヌをかじりながら言った。
「すーちゃん、望江先輩が来てた時も顔が青ざめてたんだよね」
え、と広翔がドーナツを落とした。
「え、何よ」
真理も季実も動揺している。
そんな二人にお構い無しに、広翔は一人、考え事に没頭する。
そういえば、と思う。
彼女は事件を「火事」と言った。報道では「空き巣犯による放火」と言われていたと璃久は言った。
と、すれば。事件の際にその場に居合わせた、もしくは事件の関係者から情報を得たことになる。
「いつ、ですか。それ」
「え?水族館に行く……二日前?」
時期は、おそらくその辺だ。
様子がおかしかったのは、水族館の日だから。
ピッタリ、当てはまる。
「雨水先輩って、どこにいるかわかる?」
広翔が口を開くと、真理と季実は顔を見合わせ、真理が戸惑いながらも「図書館の、ソファ席のどこか」と言う。
「ありがとう」
とすぐに出て行こうとする広翔に、「待って」と真理が声をかけた。
「·····おかしいよ。だって、葛西に聞かれたら伝えてくれって言われたんだよ」
広翔は舌打ちした。
粗方わかった。
雨水望江に、操られていた。
結局は彼女の掌で転がされていたのだと。
「·····大丈夫。··········全部終わったら、話すよ」
広翔は眉を寄せて笑った。
尾田家を後目に、広翔は図書館へと向かった。
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