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四章

夏休み

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 夏休みが始まる。

──前に。

 乗り越えなければならない山場、期末テストが設けられている。
 赤点をとれば夏休みは補習だ。夏期講習とは別で。
 広翔たちの学校は進学校だ。当然、春期講習もあれば夏期講習もある。希望制だが、土曜日に学校へ登校し、先生へ質問をすることも可能だ。
「先輩、補習ありますか」
 広翔が聞くと、
『成績が良いわけじゃないけど、半分くらいの順位はとってるよ』
 要するに赤点はない。
「……勉強したくない」
 広翔がぼやくと、『夏休み遊びたいから、補習にならないでね』と笑顔で言われた。
「頑張ろうと思います」
 と、拳をにぎりしめる。
 二人は穏やかに笑いあった。
『アサガオの成長は早いね』
 ふと澄香がカーテンの隙間から覗き見る。
「はい。一週間しか経ってないですよ」
 花壇からはアサガオの芽がちょん、と生えている。サルビアは結局、苗から育てることにした。インパチェンスはまだのようだ。
『これから肥料まいたり、芽を取ったりしないとだから、結構大変かも』
 ごめんね、と澄香は謝った。
「え、なんで謝るんですか」
『花育てるのって大変なのに、押し付けちゃったから』
「押し付けてません」
 広翔は苦笑しながら言った。
「嫌だったら断ってます。それより、花が咲くのが楽しみです」
 澄香は嬉しそうに頷き『ありがとう』と言った。
「あ、そうだ。先輩」
 ゴソゴソとポケットからチラシのようなものを取り出し、澄香に光が当たらないよう気を使いながら渡す。
「夏祭りです」
 広翔は照れ笑いを浮かべて澄香を見つめる。
「一緒に、行きませんか」
 風が、広翔の髪を優しく撫でた。


***


 無事、広翔達は試験を終えた。
「お前、化学で赤点取らなかったんだな」
 璃久が珍しげに広翔を見る。
「ああ。夏休みに予定を入れられないためにな」
 頑張った、と璃久に向けて二本指を立てる。
「あ、俺達も行くから会うかもな」
 璃久が胡桃を見ながら言った。
「……りんご飴が食べたいだけよ。他に行く人いないし」
 ごにょごにょと歯切れ悪く言う。
「食べたことないんだもんな」
 と璃久が笑う。
「うるさい」
 と頬を膨らませる胡桃に、ちょっかいをかけ続ける。
「あ、雨水さん」
 バックからハチマキを取り出す。
 胡桃は驚いた顔をした。
「これ、ありがとう。……でも、俺は他に好きな人がいるから」
 ごめん、と返す。
 胡桃は黙って受け取った。
「…………うん」
 しばらくハチマキを見下ろし、頷いて、言った。
「ありがとう」
 微笑とも苦笑とも呼べるその表情は、どことなく見覚えのあるものだった。


***


「あんたでしょ」
 帰り道、二人並んで帰るのが日課となっていた。
「何の話?」
「ハチマキの話。あんたが、葛西君にハチマキの意味言ったんでしょ」
 足を止め、璃久を見上げる。
 璃久は何も言わなかった。
「ありがとう」
 と、彼女は微笑した。
 璃久は軽く目を見開いた。
「返事なんて、貰えなくていいと思ってたの。答えがわかってる返事なんて、虚しいだけって……でも、聞けてよかった」
 つう、と涙が頬を伝う。
「悲しいけど、スッキリとはするものなんだね」
 涙を袖で拭い、笑いかけた。
「思ったより、辛くなかったよ……渡辺君が、隣にいてくれたから」
「……告白の返事?」
「付き合わないよ」
 即答され、璃久は微妙な表情になった。
「……まだ、すぐに忘れられるわけじゃないから。でも多分、好きに、なり…………いや、いいや。言わない」
 と首を振った。
 璃久は「はぁ!?」と非難の声を上げた。
「そこまで言って言わないのか!認めろ!好きになりかけてるって認めろ!!」
「やだよ」
 さらりと璃久の言葉をいなし、悪い笑みを浮かべた。
「だって、あと二回告白してくれるんでしょ?」
 璃久は口をぱくぱくと開閉させる。
 やがて重苦しいため息をつき、苦笑いを浮かべながら言った。
「嘘はつかないよ。俺は雨水と同じで一途だから」
 胡桃は「えっ」と目を見開いて璃久に詰め寄る。
「ちょ、それどういうこと」
 頬を赤らめる胡桃に、今度は璃久が意地悪い笑みを浮かべる。
「それはまた今度」
 入学式の日に空いていた距離は、無くなっていた。
 二人は帰路を、いつもよりもゆっくりと歩いた。


***


 夏休みに入ったものの、依然として夏期講習という名目のついた授業が行われる。
「あっついですね」
 広翔が話しかける。
 気温は三十五度まで上がっていた。
 澄香はすまなそうに『ごめん』と言った。
 澄香は迎えが来るまで、あるいは日がくれないと帰ることが出来ない。
 穂花と相談し、部活のある時間帯までという条件付きで、保健室の使用許可を得ていた。
 迎えは夕方にならないと来ない。
 季実は専業主婦ではなくパートをしている。それが終わらないと迎えに行けないのだ。
 講習は午前で終わるのだが、希望者は補習を受けることが出来る。受験生はたいていの人が参加する。
 補習は曜日ごとに内容が異なっている。
 澄香は月曜日の英文読解、水曜日の現文読解、金曜日のセンター過去問演習を取っていた。
 そういえば、と広翔は思う。
「授業中はどうしてるんですか」
 と、彼女に聞いた。
 澄香は苦笑いを浮かべながら書いた。
 なんでも、クラスの人たちが皆良い人達で、黒幕のカーテンを用意してくれたりと何かと協力的らしい。
 移動教室の際は、真っ黒なフード付きコートを着るよう言い、移動教室先にも黒幕を付けてくれるという。
『なんか、こんなにしてもらっていいのかな』
 申し訳なさそうに彼女は言う。
 広翔は「大丈夫だと思います」と笑った。
「きっと、その人たちは見返りなんて求めてませんよ」
 広翔の言葉に、澄香は嬉しそうに頷いた。
「あ、そろそろ帰りますね」
 腕時計を見て、広翔は言う。
 昼間に植物に水をあげると根が火傷してしまうため、水やりは朝と夕方に行う。
 ただ、夕方に行うためには時間が余りすぎる。
 かと言って、ずっと外で澄香と話しては熱中症になるのも時間の問題だ。
 そのため、お昼を食べる間の時間は、保健室の花壇に木陰ができるため澄香と話す。日が花壇に当たり始めたら高校内部の図書館に行くことに決めた。そして夕方の涼しい気温になった時に、水やりのために再び保健室前の花壇に来る。
 保健室のすぐ横に自習室が設置されており、そこで補習が行われている。
 図書館の窓からその光景が見える。
 斜めに建てられた図書館の向かい側に建っているその棟の立地がなかなか変わっている。図書館が壁となり、午後には、自習室に日が当たらない構図になっている。そのため、黒幕なしで澄香は授業を受けることが出来るのだ。
 澄香の咳がもし窓側の一番後ろなら、図書館からぎりぎり見ることができるが、おそらく保険をかけてドア側の席になるだろうことは容易に想像できた。
 想像できたが、それと期待とはまた別物で、今日も広翔は窓側の最後方の席に着く。
 たまに自習室の様子を窺いながら、己の宿題に精を出すのだった。
 セミがうるさく鳴いている。
 生ぬるい風が吹く中、彼らはまた合流するのだ。
『ちゃんとやってた?』
 などの軽口を交わしながら。
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