クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦

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三章

体育祭<後編>

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 パーン、と、乾いた音が聞こえた。
 ああ、始まった。
 澄香は怪我人の手当を行いながら、ふと思った。
「澄香ちゃん、そっち終わったら、次この子にスポーツドリンクお願い」
 穂花の指示に頷き、ジャグに入っている薄めたスポーツドリンクを紙コップに注ぐ。
 それを渡した渡した生徒は、顔が真っ赤だった。別に澄香が手渡したからではない。
 体育祭当日は、気温が三十三度まで上がってしまった。先生達は水分補給を呼びかけ、暑さ対策を呼びかけるが、熱中症の症状を訴える生徒は既に五人目だ。
 今年は異常な暑さが梅雨時期に続き、さらには雨もそこまで降らない。地球温暖化による異常気候がよくわかる年となっていた。
 幸い熱中症を訴える生徒は皆そこまで重い症状ではないが、間違いなくその保護者のうち誰か一人くらいからはクレームが入ることだろう。
「あっ!その怪我……転んだか」
 穂花が大きな声を出した先を見ると、広翔が支えられるようにして保健室に来ていた。
 広翔は澄香と目が合うと、苦笑いを浮かべた。
 澄香が駆け寄ってくる。
 眉を寄せてオロオロしていると、広翔は安心させるように「ただの擦り傷ですよ」と笑った。
「あ、先輩」
 座っている回転椅子を回し、澄香に向き合う。
「リレー、なんすけど」
 指を二本立てた。
「リレー、やりました」
 澄香は残念そうな顔をした。
 広翔は慌てて「違います!」と手を振った。
「一位です!一位!優勝です!!」
 嬉しそうに言う広翔に、澄香の目が見開かれ、満面の笑みを浮かべた。
「で、その……今はまだ喜びに浸りたいので、返事は明日──……」
 と言いかけると、澄香がボードを持ってきた。
『夏休み、会ってくれる?』
 照れた表情の彼女の顔を、広翔はしばらくぽかんとした表情で見上げていた。
 ボードを受け取り、ボードに書かれた文字を何度も読み返す。
 そっと顔を上げ「いいんですか」と、心配そうだが、嬉しそうなのが窺える瞳で問う。
「あの、無理してるんだったら、本当に」
 広翔が言うと、澄香は控えめに頷いた。
『無理してないわけじゃない』
 と言われ、広翔は目に見えて落ち込んだ。
「なら、それはやっぱり先輩にとって良くないんじゃ」
 残念そうに笑う広翔に、澄香は微笑みかけた。

『でも、そんな私でもいいんでしょ?』

 広翔は目を見開いた。
『あんなことがあっても、私に変わらず接してくれて、嬉しかった』
 目の縁をほんのり赤く染めながら、花が綻ぶように微笑わらった。
 あの日と同じように。
『私はまだ言えないことがたくさんある』
 表情を曇らせながら続けた。
『それでも、いいの?』
 不安そうな表情で、じっと広翔を見つめた。
「あ、当たり前です!」
 思わず立ち上がりかけ、突き刺すような痛みがそれを止める。
 大人しく座り、
「別に言わなくていいです。知りたくないって言ったら嘘だけど、言いたくないならいいんです。先輩を傷つけたいわけじゃないんで」
 もちろん吐き出したくなったらいつでもどうぞ、と笑いながら言う。
 澄香は一瞬泣きそうな顔をし、うっすら笑って頷く。
 手当てを終えて、澄香は途中まで広翔を見送った。
「えと、ライン、しますね」
 広翔が廊下で言うと、澄香は頷き、笑顔で言った。
『待ってる』


***


「渡辺君、かっこよかったよぉ」
 他クラスの女子三人が、璃久を取り囲んだ。
「ねね、今度暇だったら遊ぼー?あ、てか今日空いてるー?」
 敵どうしだったのでは、と璃久は呆れる。
「今日はクラスで打ち上げなんだ」
 と断る。
「じゃあ今度遊ぼーよ」
 食い下がる女子に、璃久はため息をつきそうになった。
 これだから女は。
 内心毒づきながら、表情は笑顔を保つ。
 よく軽い男と見られがちだが、彼は女がそこまで好きではないし、むしろ鬱陶しく感じることの方が多い。
 どう断ろうか、と考えあぐねていると、
「渡辺君」
 胡桃が近寄ってきた。
 女子たちは一斉に彼女を睨む。
「だぁれ、この子」
 いや、お前らの方が誰だよ。
 璃久はそう言うのを堪える。
「みんなで写真とるから、来てって」
 指を指す方に、確かにみんな集まっている。
「呼んでくれてありがとな、胡桃」
 わざと下の名前で呼んだ。
 彼女は嫌そうな顔をする。
 何か言う前に「えぇ!?」と女の子達が悲鳴をあげる。
「え、彼女居たのぉ」
 眉を寄せ、胡桃をじとじと見る。
「か、かわいいねぇ」
「うんうん。お似合いー。じゃーまたねー」
 と彼女たちは去っていった。
 実際胡桃は美少女だ。
 威勢のよさそうな子達が大人しく帰るくらいだから、同性でも気圧されるくらいのオーラがあるらしい。
「助かったよ。悪かったな、いきなり」
 璃久がそう言うと、胡桃はため息をついた。
「いいよ、別に。あと、言いたいことがあってきた」
 ああ、ハチマキのことか、と璃久はすぐに思い当たった。
 広翔は親友だが、胡桃の思いに気づかない鈍感さにはイライラした。だからつい言ってしまったのだ。
「あんたの言う通り、私は葛西君が好き。だから、渡辺君とは付き合えない」
 真っ直ぐに目を見てそう言った。
「知ってる。でもまだ諦めてないから」
 璃久はそう言ってニヤリと笑う。
「夏休み、暇だったら遊ぼーぜ」
 胡桃は面食らった。
「三回振られたら、諦めるよ」
 ひらひらと手を振りながら、赤組が集まっている所へ向かっていった。
「胡桃やっと来た」
 真理が自分の横に来るよう手招きした。
 ふと、様子がおかしいことに気づく。
「どした?顔真っ赤だよ」
「…………熱中症かな」
 胡桃はそう言いながらそっと頬を触る。
 熱い。
 心拍数がさっきより上がっている。

──いや、ないないない。

 ぶんぶんと首を振る。
 真理が怪訝そうな顔をする。
「大丈夫?」
 心配そうに尋ねてくる真理に「大丈夫」と頷く。
 顔の熱は、もうすぐ治まる。
 そんな予感が、胸をよぎった。

──そして、夏休みに突入する。

 その夏休みを機に、彼女・・は姿を消した。
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