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三章
喫茶店
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二人の間に静寂が落ちた。
澄香の様子を窺うように、そろりと視線を上げる。
澄香はゆでダコのように真っ赤になっていた。
澄香はふっと悲しそうな表情になり、
『からかってるの?』
と聞いてきた。
広翔は目を疑った。
一世一代の初の告白であり、初恋だというのに、本気にされていない。それどころか遊ばれてると思わせた。
「違います」
広翔は反駁した。
しだいに周りに人が集まり始めたため、
「場所、移しましょう」
と澄香を促した。
澄香は浮かない表情のまま、小さく頷いた。
二人は例の、ミカからもらった優待券のカフェへ足を運んだ。
道中、種の入った袋のガサガサという音と、パラパラと降る雨の音だけが聞こえる、なんとも気まずい雰囲気であった。何か話しかけようとはしたが、話しかけたところで澄香は答えられない。答えられないわけではないが、手間である。
カフェはこじんまりした落ち着いた雰囲気を醸し出していた。外のプランターに、赤、白、桃色のサルビアが植えられていた。
無意識に澄香を振り返ると、彼女は自然な笑みを浮かべた。
チリン、と軽やかな音をたて店内に入る。店内は客が少なく、というか一人も居らず、白いワイシャツに身を包んだ老人が食器を黙々と拭いていた。
目が合うと穏やかに微笑み、「お好きな席へどうぞ」と落ち着いた声色で言った。
二人席は一セットしか無かったため、そこに向かい合うようにして座った。
「何頼みますか?」
広翔はメニューを開きながら尋ねる。
『いつもの』
澄香が老人、否、マスターと呼ぶべきだろう人にボードを掲げた。
「常連だったんですか」
『ここのパンケーキ、クリームが甘過ぎなくて好きなの』
頬を少し染め、嬉しそうに笑う。
「おすすめとかってありますか?」
カフェにあまり行かない広翔は、エスプレッソとブレンドが同じコーヒーという括りに入るのがかろうじてわかるくらいの知識の持ち主だ。
マキアートやラテなどと言われても何が出てくるかわからないのだ。
『めちゃくちゃ甘いのが好きなら、パフェのチョコソースがけとかかな。ケーキは全部甘さ控えめだよ』
「……うーん」
『飲み物にしたら?』
「違いがよくわからないんです」
『私もわからないけど、キャラメル系は基本全部甘い』
ドヤ顔で言う。
広翔は笑いをこぼす。
「じゃあ、チーズケーキにしようかな」
マスターにメニューを伝える。
再び、沈黙が流れた。
「あの」
広翔が怖々と声をかける。
「からかってませんから」
と念押しした。
澄香はきゅっと眉を寄せた。
「嘘じゃないです……けど、困る、なら、忘れてもらって構いません。俺、考えなしに言っちゃったんで。先輩を、困らせたくて言ったんじゃないんです」
澄香は俯いた。
俯いて、ボードに何かを書いた。
『私は、私が嫌い』
ただ、それだけ。
『小学生のころに、うその告白された事があって、未だにそれが忘れられない』
苦しそうに告白した。
広翔はガタッと席を立ち、
「誰ですかそれ!!」
と憤った。
澄香は目を見張って広翔を見つめる。
「そんなやつ、最ッ低最悪の男ですよ。馬鹿みたいに罵っていいやつですよ!先輩のことからかっただけでも許せないのに……!いや、わかりました。先輩が俺の事疑うのは十分理解できました。でも俺今、結構ショックです。そんな論外野郎と同じだと思われてたことがショックです」
ふーっと息を吐き、
「先輩、いいですか。俺、そんな器用じゃありません」
と言い切った。
「どちらかと言えば、璃久……友達にからかわれる側です。そして、今思いました。俺そんなに先輩のこと知ってるわけじゃないし、先輩も俺の事知らないじゃないですか。だから、もう一回夏休み明け辺りにでも言います。だから、その時は返事ください」
よろしいでしょうか、と澄香を見つめると、気圧された澄香は神妙な面持ちで頷いた。
タイミングを見計らったかのように、マスターが香りの良いコーヒーとダージリンティーを運んできた。
澄香はコーヒーに角砂糖を三つにミルクを二つ入れた。もはやコーヒーなのだろうか。
広翔の視線に気づいたのか、澄香は頬を染めながら
『個人の自由』
と主張してきた。
ダージリンを二口、三口と口をつけた頃、チーズケーキとパンケーキが運ばれてきた。
インスタ映え、という言葉が頭をよぎった。
しかし、澄香はスマホを取り出さずにナイフとフォークで切れ目を入れた。
そういえば、と思う。
今日一日、澄香がスマホを弄る姿を見ていない。
まさか、とは思いつつ、広翔は口を開いた。
「先輩、スマホ持ってないんですか」
広翔の言葉に、澄香はパンケーキを切る手を止めた。
『必要ないよ』
澄香はそれだけ言ったが、あるに越したことはないだろう。季実のことだから持たせないことはないと思うが、と思った。
「あ、すいません。馴れ馴れしいですよね」
なんてことはない。体のいい断り文句だ。
目に見えてしゅん、と項垂れた。
すると澄香は慌てて首を振り、
『ホントに持ってないの』
と言った。
やや間を置いて、澄香は少し悲しそうな表情で『お金かかるし』と言った。
季実はそんなことは気にしないだろう、と思う。むしろ持たせたがるのでは、とすら思う。
「季実さんは、なんて言ったんですか?」
『そんなこと気にしなくていいのに、って言ってくれたけど、私は気にするから』
「季実さんは心配してると思いますけど」
チーズケーキを切り、一口食べる。
メープルがふわっと香り、程よい甘さのそれは甘いものがさほど好きではない広翔が「うまい」とつい言葉に出すほどの代物だった。
「お迎えが車なら、尚更必要なんじゃないですか?それに……それに、俺が、連絡先欲しいし……」
広翔が消え入りそうな声で言う。
澄香は困ったような笑みを浮かべ、
『聞いてみる』
と言った。
「あの、無理してるなら、ほんと……出過ぎたこと言ってるのはわかってるんです。先輩が要らないって感じてるなら、そう言ってもらっていいんです」
慌てて付け加え、誤魔化すようにチーズケーキにパクついた。
澄香は無言で首を振り、花が咲いたように笑った。
カチャカチャと食器が音を立てる。
その沈黙は、重いものではなくなっていた。
会計の際、優待券を見せると、マスターは柔らかい笑みを浮かべた。
「期待していますね。今回はサービスです」
マスターの意味深な発言に、ん?と広翔が優待券を見ると、「カップル限定」と書かれていた。
「今度は優待券無しでも、いらしてくださいね」
澄香の様子を窺うように、そろりと視線を上げる。
澄香はゆでダコのように真っ赤になっていた。
澄香はふっと悲しそうな表情になり、
『からかってるの?』
と聞いてきた。
広翔は目を疑った。
一世一代の初の告白であり、初恋だというのに、本気にされていない。それどころか遊ばれてると思わせた。
「違います」
広翔は反駁した。
しだいに周りに人が集まり始めたため、
「場所、移しましょう」
と澄香を促した。
澄香は浮かない表情のまま、小さく頷いた。
二人は例の、ミカからもらった優待券のカフェへ足を運んだ。
道中、種の入った袋のガサガサという音と、パラパラと降る雨の音だけが聞こえる、なんとも気まずい雰囲気であった。何か話しかけようとはしたが、話しかけたところで澄香は答えられない。答えられないわけではないが、手間である。
カフェはこじんまりした落ち着いた雰囲気を醸し出していた。外のプランターに、赤、白、桃色のサルビアが植えられていた。
無意識に澄香を振り返ると、彼女は自然な笑みを浮かべた。
チリン、と軽やかな音をたて店内に入る。店内は客が少なく、というか一人も居らず、白いワイシャツに身を包んだ老人が食器を黙々と拭いていた。
目が合うと穏やかに微笑み、「お好きな席へどうぞ」と落ち着いた声色で言った。
二人席は一セットしか無かったため、そこに向かい合うようにして座った。
「何頼みますか?」
広翔はメニューを開きながら尋ねる。
『いつもの』
澄香が老人、否、マスターと呼ぶべきだろう人にボードを掲げた。
「常連だったんですか」
『ここのパンケーキ、クリームが甘過ぎなくて好きなの』
頬を少し染め、嬉しそうに笑う。
「おすすめとかってありますか?」
カフェにあまり行かない広翔は、エスプレッソとブレンドが同じコーヒーという括りに入るのがかろうじてわかるくらいの知識の持ち主だ。
マキアートやラテなどと言われても何が出てくるかわからないのだ。
『めちゃくちゃ甘いのが好きなら、パフェのチョコソースがけとかかな。ケーキは全部甘さ控えめだよ』
「……うーん」
『飲み物にしたら?』
「違いがよくわからないんです」
『私もわからないけど、キャラメル系は基本全部甘い』
ドヤ顔で言う。
広翔は笑いをこぼす。
「じゃあ、チーズケーキにしようかな」
マスターにメニューを伝える。
再び、沈黙が流れた。
「あの」
広翔が怖々と声をかける。
「からかってませんから」
と念押しした。
澄香はきゅっと眉を寄せた。
「嘘じゃないです……けど、困る、なら、忘れてもらって構いません。俺、考えなしに言っちゃったんで。先輩を、困らせたくて言ったんじゃないんです」
澄香は俯いた。
俯いて、ボードに何かを書いた。
『私は、私が嫌い』
ただ、それだけ。
『小学生のころに、うその告白された事があって、未だにそれが忘れられない』
苦しそうに告白した。
広翔はガタッと席を立ち、
「誰ですかそれ!!」
と憤った。
澄香は目を見張って広翔を見つめる。
「そんなやつ、最ッ低最悪の男ですよ。馬鹿みたいに罵っていいやつですよ!先輩のことからかっただけでも許せないのに……!いや、わかりました。先輩が俺の事疑うのは十分理解できました。でも俺今、結構ショックです。そんな論外野郎と同じだと思われてたことがショックです」
ふーっと息を吐き、
「先輩、いいですか。俺、そんな器用じゃありません」
と言い切った。
「どちらかと言えば、璃久……友達にからかわれる側です。そして、今思いました。俺そんなに先輩のこと知ってるわけじゃないし、先輩も俺の事知らないじゃないですか。だから、もう一回夏休み明け辺りにでも言います。だから、その時は返事ください」
よろしいでしょうか、と澄香を見つめると、気圧された澄香は神妙な面持ちで頷いた。
タイミングを見計らったかのように、マスターが香りの良いコーヒーとダージリンティーを運んできた。
澄香はコーヒーに角砂糖を三つにミルクを二つ入れた。もはやコーヒーなのだろうか。
広翔の視線に気づいたのか、澄香は頬を染めながら
『個人の自由』
と主張してきた。
ダージリンを二口、三口と口をつけた頃、チーズケーキとパンケーキが運ばれてきた。
インスタ映え、という言葉が頭をよぎった。
しかし、澄香はスマホを取り出さずにナイフとフォークで切れ目を入れた。
そういえば、と思う。
今日一日、澄香がスマホを弄る姿を見ていない。
まさか、とは思いつつ、広翔は口を開いた。
「先輩、スマホ持ってないんですか」
広翔の言葉に、澄香はパンケーキを切る手を止めた。
『必要ないよ』
澄香はそれだけ言ったが、あるに越したことはないだろう。季実のことだから持たせないことはないと思うが、と思った。
「あ、すいません。馴れ馴れしいですよね」
なんてことはない。体のいい断り文句だ。
目に見えてしゅん、と項垂れた。
すると澄香は慌てて首を振り、
『ホントに持ってないの』
と言った。
やや間を置いて、澄香は少し悲しそうな表情で『お金かかるし』と言った。
季実はそんなことは気にしないだろう、と思う。むしろ持たせたがるのでは、とすら思う。
「季実さんは、なんて言ったんですか?」
『そんなこと気にしなくていいのに、って言ってくれたけど、私は気にするから』
「季実さんは心配してると思いますけど」
チーズケーキを切り、一口食べる。
メープルがふわっと香り、程よい甘さのそれは甘いものがさほど好きではない広翔が「うまい」とつい言葉に出すほどの代物だった。
「お迎えが車なら、尚更必要なんじゃないですか?それに……それに、俺が、連絡先欲しいし……」
広翔が消え入りそうな声で言う。
澄香は困ったような笑みを浮かべ、
『聞いてみる』
と言った。
「あの、無理してるなら、ほんと……出過ぎたこと言ってるのはわかってるんです。先輩が要らないって感じてるなら、そう言ってもらっていいんです」
慌てて付け加え、誤魔化すようにチーズケーキにパクついた。
澄香は無言で首を振り、花が咲いたように笑った。
カチャカチャと食器が音を立てる。
その沈黙は、重いものではなくなっていた。
会計の際、優待券を見せると、マスターは柔らかい笑みを浮かべた。
「期待していますね。今回はサービスです」
マスターの意味深な発言に、ん?と広翔が優待券を見ると、「カップル限定」と書かれていた。
「今度は優待券無しでも、いらしてくださいね」
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