13 / 59
三章
忠告
しおりを挟む
戸惑う広翔をスルーし、澄香がミカに近寄り、何かを言ったらしい。
「ああ、忘れてた」
とミカが澄香に微笑み、「ちょっと待ってて」と小走りに扉の向こうへ行ってしまう。
「あの、先輩」
訳が分からない広翔が事情を聞こうとすると、突然部屋が明るくなった。
「ごめんごめん。忘れてたわ」
ミカは笑いながら明るく言った。
やはり薄暗くても明るくても、ミカにスナックが似合うのは変わらない。
クン、と腕を引かれた。
袖の先に、澄香がボードを手にして広翔に向けていた。
『種もらう』
最初、なんて言っているのかわからなかった。
頭にクエスチョンマークを三つほど浮かべる広翔を放置し、今度はミカに駆け寄った。
『ベゴニアの種余ってる?』
「ああ、そっちか」
納得のいった表情で再び奥へ消えていった。
ボードを見ていない広翔は訳がわからず立ち尽くしている。
しばらくして、ミカは何かを手にして戻ってきた。
「はい、あるよ」
澄香の手に、透明のポリ袋に入った種を渡した。
「それ、何?」
広翔が聞くと、澄香は『種だよ』と嬉しそうに答えた。
花屋に行くわけじゃなかったのか、と広翔は苦笑した。
確かに、一緒に花を選んでくれとは言ったが、場所は指定していなかった。
澄香は広翔の手を引き、『ホームセンター行こう』と書いた。
え、と広翔は固まった。
「一種類じゃないんですか?」
『せっかくだから、あと二、三種類は欲しくない?』
首を傾げる澄香に、広翔は無言で頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
前を歩こうとする広翔の手を、ミカが掴んだ。
驚く二人に、「すーちゃんはそこ座ってて。この子にはやってもらいたい仕事があるの」と笑いかけた。
ミカたちを気にしながらも、澄香はゆっくり席に着いた。
それを見届けてから、ミカは広翔の手を引っ張った。
「ちょ、あの、朝霧さん」
戸惑う広翔にお構いなしで、裏口へと連れてこられた。
「あの?」
「ねえ。すーちゃんのこと好きなの?」
広翔は思い切り噎せた。
ほんの何日か前にも同じ会話をした覚えがある。
「ちょ、いきなりなんですか!」
「んー、じゃあ言い方を変えるわ。すーちゃんとこれから先も一緒にいたいの?」
「それ余計重くなってませんか!?」
赤くなる広翔を、ミカはじっと見つめた。望江や、璃久のような目で。
広翔は躊躇いながら、
「わかんないです」
と呟いた。
「わかんないです。好きとか、そういうの。ただ、知りたいとは思ったから、今日一緒に出かけました」
広翔が話し終えても、ミカは何も言う気配がない。
そっと視線を上げると、ミカが瞬きもせず広翔を凝視していた。
「え、と」
なんとも言えぬ圧力に、思わず後ずさりしたくなった。
「あなた」
ふっと目元が緩んだ。
「あなた、すーちゃんに近づかない方がいい」
静かな目だった。
嫌悪でも、嘲笑でもない、穏やかで何もかもを見透かしたような表情。
「どういうことですか」
広翔は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「私は忠告だけ。確信をつくようなことは言わない。だけど、一つだけ言わせてもらうなら」
一拍間を置いて、
「私、過去を覗けるの」
と真面目な顔をして言い放った。
広翔はぽかん、と口を半開きにし──思考を放棄した。
「信じてないでしょ」
ムッと口を尖らせた。
「私副業で占いもやってるのよ。ま、信じる、信じないはあなたの自由」
すっと立ち上がって、ニヤリと笑った。
「だけど、私のこれは絶対じゃない。あなたの行動次第で、いくらでも未来は変えられる。せいぜい頑張りなさい、少年」
お代は要らないから、と肩を叩き、澄香のもとへ戻るよう促した。
***
ガチャ、と扉が開かれた時、澄香はガタリと立ち上がった。
「ちょっと少年。もうちょっと持てるでしょうに」
瓶が一ダース分入ったケースを広翔に持たせながら、ミカは軽やかに出てきた。
「あ、そこ置いといて」
とカウンター裏に置くよう指示を出した。
「やー、助かったわぁ。男手不足でさぁ」
からから笑うミカを一瞥し、
「まさか本当に運ぶものがあったなんて」
と広翔が聞こえない声で呟く。
「あ、これお礼」
と言って、ミカは封筒を広翔に渡した。
中に入っていたのは駅前のカフェの優待券だった。
「いいんですか!?」
広翔はミカを振り返る。
「いーのよ。私は使えないし」
と自嘲気味に言った。
「先輩、帰りここ寄りましょう」
と広翔が笑顔を向ける。
澄香もつられて微笑った。
二人は、店を出て徒歩十分のホームセンターへ寄った。
「何がいいのかさっぱりです」
広翔が申し訳なさそうに言うと、澄香は笑いながら『好きな花でいいんだよ』と言った。
「………………アサガオ?」
真顔で答える広翔に、澄香はキョトンとした顔を向けた。
はっとして「え、いや。それくらいしか知らないし……」ときまり悪そうに頭を掻く。
『アサガオ私も好き』
澄香はそう書かれたボードを口元に持ち上げて穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、あと二つくらい決めたいから選んでもらっていいですか?」
広翔が言うと、ふっふっふっと肩を揺らし、パパッと二つ種を取ってきた。
「なんて花ですか?」
『サルビアと、インパチェンス』
種の袋のイメージ花は、サルビアが赤い花弁と白い花弁の二種類。インパチェンスは桃色の花弁を纏っていた。
「なんで、この二つなんですか?」
広翔がそう尋ねると、澄香はすっと視線を逸らし、微笑を浮かべながらボードを掲げた。
『サルビアもインパチェンスも、どっちも好きだから』
しかし、寂しそうな目で、サルビアを見つめる目が気になった。
その視線に気づいたのか、澄香は再びボードを掲げた。
『知ってる?サルビアって幻覚作用があるやつもいるんだよ』
なんか、他人事じゃないみたいだなって思っただけ。
そう、澄香は笑った。
「……あの、俺」
広翔がひょいと種の袋を取り上げた。
「俺、先輩の笑う顔が見たいんです。先輩の笑った顔見たさに、花壇の花育てるっていうのが本音です。だから、その」
すぅ、と息を吸い込み、吐き出すように言った。
「俺、先輩が好きなんです」
周りの人の声も、風が作り出す、枝の揺れる音も聞こえない。
聞こえるのは自身の心臓の音のみ。
──この人に、惹かれていたんだ。
きっと、出会ったあの日から。会話をした、あの日から。笑ってくれた、その瞬間から。
単純な感情に、肩の力が不思議と抜けていく。
雨の降る音が次第に弱まっていくのを感じた。
「ああ、忘れてた」
とミカが澄香に微笑み、「ちょっと待ってて」と小走りに扉の向こうへ行ってしまう。
「あの、先輩」
訳が分からない広翔が事情を聞こうとすると、突然部屋が明るくなった。
「ごめんごめん。忘れてたわ」
ミカは笑いながら明るく言った。
やはり薄暗くても明るくても、ミカにスナックが似合うのは変わらない。
クン、と腕を引かれた。
袖の先に、澄香がボードを手にして広翔に向けていた。
『種もらう』
最初、なんて言っているのかわからなかった。
頭にクエスチョンマークを三つほど浮かべる広翔を放置し、今度はミカに駆け寄った。
『ベゴニアの種余ってる?』
「ああ、そっちか」
納得のいった表情で再び奥へ消えていった。
ボードを見ていない広翔は訳がわからず立ち尽くしている。
しばらくして、ミカは何かを手にして戻ってきた。
「はい、あるよ」
澄香の手に、透明のポリ袋に入った種を渡した。
「それ、何?」
広翔が聞くと、澄香は『種だよ』と嬉しそうに答えた。
花屋に行くわけじゃなかったのか、と広翔は苦笑した。
確かに、一緒に花を選んでくれとは言ったが、場所は指定していなかった。
澄香は広翔の手を引き、『ホームセンター行こう』と書いた。
え、と広翔は固まった。
「一種類じゃないんですか?」
『せっかくだから、あと二、三種類は欲しくない?』
首を傾げる澄香に、広翔は無言で頷いた。
「じゃあ、行きましょうか」
前を歩こうとする広翔の手を、ミカが掴んだ。
驚く二人に、「すーちゃんはそこ座ってて。この子にはやってもらいたい仕事があるの」と笑いかけた。
ミカたちを気にしながらも、澄香はゆっくり席に着いた。
それを見届けてから、ミカは広翔の手を引っ張った。
「ちょ、あの、朝霧さん」
戸惑う広翔にお構いなしで、裏口へと連れてこられた。
「あの?」
「ねえ。すーちゃんのこと好きなの?」
広翔は思い切り噎せた。
ほんの何日か前にも同じ会話をした覚えがある。
「ちょ、いきなりなんですか!」
「んー、じゃあ言い方を変えるわ。すーちゃんとこれから先も一緒にいたいの?」
「それ余計重くなってませんか!?」
赤くなる広翔を、ミカはじっと見つめた。望江や、璃久のような目で。
広翔は躊躇いながら、
「わかんないです」
と呟いた。
「わかんないです。好きとか、そういうの。ただ、知りたいとは思ったから、今日一緒に出かけました」
広翔が話し終えても、ミカは何も言う気配がない。
そっと視線を上げると、ミカが瞬きもせず広翔を凝視していた。
「え、と」
なんとも言えぬ圧力に、思わず後ずさりしたくなった。
「あなた」
ふっと目元が緩んだ。
「あなた、すーちゃんに近づかない方がいい」
静かな目だった。
嫌悪でも、嘲笑でもない、穏やかで何もかもを見透かしたような表情。
「どういうことですか」
広翔は苦虫を噛み潰したような顔になる。
「私は忠告だけ。確信をつくようなことは言わない。だけど、一つだけ言わせてもらうなら」
一拍間を置いて、
「私、過去を覗けるの」
と真面目な顔をして言い放った。
広翔はぽかん、と口を半開きにし──思考を放棄した。
「信じてないでしょ」
ムッと口を尖らせた。
「私副業で占いもやってるのよ。ま、信じる、信じないはあなたの自由」
すっと立ち上がって、ニヤリと笑った。
「だけど、私のこれは絶対じゃない。あなたの行動次第で、いくらでも未来は変えられる。せいぜい頑張りなさい、少年」
お代は要らないから、と肩を叩き、澄香のもとへ戻るよう促した。
***
ガチャ、と扉が開かれた時、澄香はガタリと立ち上がった。
「ちょっと少年。もうちょっと持てるでしょうに」
瓶が一ダース分入ったケースを広翔に持たせながら、ミカは軽やかに出てきた。
「あ、そこ置いといて」
とカウンター裏に置くよう指示を出した。
「やー、助かったわぁ。男手不足でさぁ」
からから笑うミカを一瞥し、
「まさか本当に運ぶものがあったなんて」
と広翔が聞こえない声で呟く。
「あ、これお礼」
と言って、ミカは封筒を広翔に渡した。
中に入っていたのは駅前のカフェの優待券だった。
「いいんですか!?」
広翔はミカを振り返る。
「いーのよ。私は使えないし」
と自嘲気味に言った。
「先輩、帰りここ寄りましょう」
と広翔が笑顔を向ける。
澄香もつられて微笑った。
二人は、店を出て徒歩十分のホームセンターへ寄った。
「何がいいのかさっぱりです」
広翔が申し訳なさそうに言うと、澄香は笑いながら『好きな花でいいんだよ』と言った。
「………………アサガオ?」
真顔で答える広翔に、澄香はキョトンとした顔を向けた。
はっとして「え、いや。それくらいしか知らないし……」ときまり悪そうに頭を掻く。
『アサガオ私も好き』
澄香はそう書かれたボードを口元に持ち上げて穏やかに微笑んだ。
「じゃあ、あと二つくらい決めたいから選んでもらっていいですか?」
広翔が言うと、ふっふっふっと肩を揺らし、パパッと二つ種を取ってきた。
「なんて花ですか?」
『サルビアと、インパチェンス』
種の袋のイメージ花は、サルビアが赤い花弁と白い花弁の二種類。インパチェンスは桃色の花弁を纏っていた。
「なんで、この二つなんですか?」
広翔がそう尋ねると、澄香はすっと視線を逸らし、微笑を浮かべながらボードを掲げた。
『サルビアもインパチェンスも、どっちも好きだから』
しかし、寂しそうな目で、サルビアを見つめる目が気になった。
その視線に気づいたのか、澄香は再びボードを掲げた。
『知ってる?サルビアって幻覚作用があるやつもいるんだよ』
なんか、他人事じゃないみたいだなって思っただけ。
そう、澄香は笑った。
「……あの、俺」
広翔がひょいと種の袋を取り上げた。
「俺、先輩の笑う顔が見たいんです。先輩の笑った顔見たさに、花壇の花育てるっていうのが本音です。だから、その」
すぅ、と息を吸い込み、吐き出すように言った。
「俺、先輩が好きなんです」
周りの人の声も、風が作り出す、枝の揺れる音も聞こえない。
聞こえるのは自身の心臓の音のみ。
──この人に、惹かれていたんだ。
きっと、出会ったあの日から。会話をした、あの日から。笑ってくれた、その瞬間から。
単純な感情に、肩の力が不思議と抜けていく。
雨の降る音が次第に弱まっていくのを感じた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
何故か超絶美少女に嫌われる日常
やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。
しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

命のその先で、また会いましょう
春野 安芸
青春
【死んだら美少女が迎えてくれました。せっかくなので死後の世界を旅します】
彼――――煌司が目覚めた場所は、果てしなく続く草原だった。
風に揺れて金色に光る草々が揺れる不思議な場所。稲穂でもなく黄金草でもない。現実に存在するとは思えないような不思議な場所。
腕を抓っても何も感じない。痛覚も何もない空間。それはさながら夢のよう。
夢と思っても目覚めることはできない。まさに永久の牢獄。
彼はそんな世界に降り立っていた。
そんな時、彼の前に一人の少女が現れる。
不思議な空間としてはやけに俗世的なピンクと青のメッシュの髪を持つ少女、祈愛
訳知り顔な彼女は俺を迎え入れるように告げる。
「君はついさっき、頭をぶつけて死んじゃったんだもん」
突如として突きつけられる"死"という言葉。煌司は信じられない世界に戸惑いつつも魂が集まる不思議な世界を旅していく。
死者と出会い、成長し、これまで知らなかった真実に直面した時、彼はたどり着いた先で選択を迫られる。
このまま輪廻の輪に入って成仏するか、それとも――――

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる