深夜、星が眩しい終着駅で

木風 麦

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 最悪だ。最悪の連鎖だ。いやそしたら最悪とは言わないのだろうか。
 など、どうでもいいことに思考が向く。けれどそれも仕方ない。おそらく一種の現実逃避なのだから。
 ザワザワと耳に優しくない騒ぎ声をさかなに、うさぎは生ビールのジョッキを傾ける。酒なんて、ましてビールなんて得意ではないのに。
 案の定むせて、それ以降口をつけることはなかった。代わりに、品書きの端から順に食べれるだけ胃に入れていった。
 やけ食い、やけ酒だ。

──事の発端は、ほんの五日前にさかのぼる。

 大きなプロジェクトを終え、兎は自分へのご褒美のつもりで居酒屋に行った。酒はあまり飲めないが、居酒屋の焼き鳥が好物なのだ。
 彼氏を誘う、という考えはなかった。というのも、「いきなり言われても困る」と以前言われたことがあったからだ。
 それ以来日程を決め、その日以外は突然押しかけたりしない、つまりは「都合のいい女」だった。

 たらふく食べたあと、さて二軒目に行こうかどうしようか、と暖簾のれんをくぐってすぐ。
 どうして目がいったのかわからない。直感としか言いようがないのだが、はたして視線の先に彼が居た。赤みがかった茶髪の女と腕を組んでいるのは、見間違うはずもない、兎の彼氏と後輩だ。
 混乱した。混乱した結果、尾行した。
 ただ仲がいいだけかもしれない。いやそれにしたって距離が近すぎて文句を言いたくなるが、まだ決定的な瞬間というには早い。

 しかし一縷いちるの望みも虚しく、彼らは仲睦まじい笑みとともにホテルへと入っていった。

 その瞬間を、彼女は自身のスマートフォンに収めた。


***


 さて問題はその後だった。
 写真をもとに問い詰めると、彼はなんでもない事のように言ってのけた。
「え、それがなに?」
 二の句が継げなくなる、というのはまさにこのことだ。兎は散らかった頭に手をやり、
「いやだから……浮気ってことでしょ?やっちゃ駄目なことよね」
「え、じゃあ別れる?」
 今度こそ言葉を失った。
 じゃあ別れる?
 何様だ。彼氏様か?だったらこっちは彼女様だぞ。
 何の動揺も見せないことにもまた腹が立つ。
「じゃあ別れるってなに?わたしの気持ちは無視なの?」
 ふつふつと怒りと憎しみと悲しみとが腹の底から湧いてくる。けれど融合できるはずもない感情は、喧嘩して暴れて、わたしの涙腺を弱らせた。
 すると彼は重いため息とともに、
「そういうヒステリックなとこが嫌なんだよ……」
 とこぼした。

 その言葉で、何かの糸がプツリと切れてしまったように思う。何も考えられなくなり、だらんと腕が力を失った。
 いで、乾いた声がするりと出た。
「わかった」
 頭がぼんやりとしている。夢でも見ているような心地だ。いや、夢であってほしいだけなのかもしれない。
 同じ会社で同じ部署で、気まずいことこの上ない。しかも浮気相手も同じ会社だしな!

 勢いに任せて珈琲をあおり、空になったカップを勢いよくゴミ箱に突っ込む。そのまま彼氏を振り返らず休憩室を出た。
 その扉のすぐ前で、因果かな、例の後輩にばったり出くわした。
「先輩!……あ、タケやん先輩も!二人して何してたんですかぁ?」
 人工の長いまつ毛をバシバシさせながら後輩は首をかしげた。
「ちょっと別れ話」
 動揺と醜い感情を悟られたくなくて、兎は口角を少し上げる。
 白々しらじらしい。睨まなかった自分を褒めたい。兎は内心毒づく。
 大学からの付き合いで結構期間が長いかはということもあり、彼女たちの関係は部署内の人間は知っていたはずだ。
 それを、この噂大好きな後輩が知らないはずはなかった。つまりこの子も同罪だ。

──いや、騙されたわたしが悪いのだろうか。

 それはともかく、天然カワイイとか思っていた頃の自分の肩を掴んで激しく揺さぶりたい。そして「お前の目は節穴だ!!目を覚ませ!」と大声で言ってやりたい。

 足早にその場を離れようとしたら、すれ違いざまにささやかれた。

「別れちゃうのかぁ」

 どのような意図かはわかりかねるが、少なくとも確信犯であることは確かだった。
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