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彼女との未来〈彼方語り〉
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うっすらと雲が見える夜空の下、俺は近所の公園のベンチに陽菜さんと並んで座っていた。
向こうが離さないならこっちから離す理由もないし、ということで、手はずっと握られたままだ。
だがさっきから、陽菜さんがずっと喋らないのだ。俯いていて表情もよめない。正直少し気まずい。
だが気まずいとは思うのに、そんな時間が苦痛だとは微塵も思わないから不思議だ。
けどせっかく久しぶりに会えたのだから、陽菜さんの声が聞きたい。
「そういえば、どうしてあそこにいたんです?」
陽菜さんの家はもっと先の駅のはずだ。
「ちょっと、取引先に挨拶に行ってたの。その取引先の人が、さっきの人」
どことなくピリついている。
口調がいつもは柔らかいのに、今日は少し声にトゲがある。
「えと……かっこいい、人だったよね」
間をつなぐために出た言葉が、よりによって当人を賛辞するものだなんて。自分が阿呆すぎて嫌になる。以前も同じようなことした気がするし。
眉間にシワがよる俺の横で、陽菜さんは呆れたように言い放った。
「イケメンだけどタイプじゃない。私が好きなのは彼方君なんだってば」
ふぉぉぉっ!と舞い上がるのはホントに許してほしい。
彼女に面と向かってそんなこと言われたら、どんな不安も吹き飛ぶってもんだ。
「ていうか、人の彼氏鼻で笑う人のどこをすきになれっていうのよ」
顔じゃない?とは口に出せずに「そうだね」ととりあえずうなずく。
「それで、彼方君はどうしてあそこにいたの?」
少しムスッとした表情で、陽菜さんは尋ねた。珍しく結われた髪が、風にのってふわりと舞う。
「浮気かなって思ったけど、さっきあんな告白されちゃったから……ちがうんでしょ」
浮気、という意表を突く単語に、目がカッと見開かれる。
「浮気はできないよ。今だって陽菜さんのことで頭いっぱいなのに」
前のめりになる俺の頭に、優しい手がのる。
「わかってる。ごめん。でも私は……私は君からしたらだいぶ年上で、おばさんだから。どうしても不安がついてくる」
だから、と陽菜さんは眉を下げた。
「まっすぐな言葉をくれる彼方君に、私は何度も救われてるんだよ。ありがとう」
よしよし、と頭を撫でられる。
子ども扱いされている気はするが、撫でられるのが心地よいから何も言い返せなくなる。
「私は、君から別れを切り出されても平気なように頑張るつもりだった」
陽菜さんは、頭から手を離してそう告げた。
月光を浴びた彼女の頬が白く光る。長いまつ毛が伏せられ、形の良い唇が弧を描いた。
「でも私がそんな思いを抱える一方で、君はまっすぐ、痛いくらいに私を好きだって伝えてくれていたんでしょうね。付き合ってる間……記憶のない時の私が羨ましい」
陽菜さんは太ももに視線を落としたまま、
「私は、変なところで自信がありません」
といい、勢いよく立ち上がった。
「歴代の彼氏はたぶん多い方だし、君との記憶もなくすし、肝心なとこで決められない」
陽菜さんの背が、はじめて小さく見えた。
「そんなことっ」
思わず立ち上がる俺の言葉を遮るように、
「でも」
と彼女は振り返る。
艷めく茶髪と真剣な瞳に、心臓がうるさくなる。
「彼方君を手放したくないって、思ってる」
今までにないほどの熱量を孕む瞳から、目が離せない。
陽菜さんは細い指を伸ばし、そっと俺の手をとった。
「……私も、彼方君と一緒にこの先ずっと……それこそおばあちゃんになるまでずっと、一緒に年をとっていきたい」
彼女の熱っぽい視線に惹かれ、唇を重ねる。何度も、何度も口づけを繰り返すのに、もっともっと欲しくなる。
「陽菜さん」
乱れた息を吐きながら、平静を装って名を呼ぶ。
「好き。大好き」
足りない。そんな言葉じゃ言い表せない。日本語って多様なくせしてこういう時にいい表現が見つからない。
「私も大好き。……そろそろ、帰ろっか」
「うん」
名残惜しい帰り道、いつもよりずっとスピードを抑えて歩き出す。
「あ」
「え?」
唐突に声を漏らした俺の横顔を、彼女が首をかしげながら見つめる。
「いや、好きじゃないもっと上の表現があったと思って」
「ん?あいし……」
「あー!だめ!ストップ!まって!」
慌てて彼女の口を塞ぐ。
「それは、あと何年かしてから俺から言いたいから、その」
ごにょごにょと言い淀む俺に、彼女は「まってるまってる」と笑みを向ける。
「待ってるから、いつか、ちゃんと言ってね」
彼女の天使が乗り移ったかのような美笑に、心臓が正常に脈うつのを忘れてしまう。
繋がれた手はぬるいけれど、顔は蒸気が出そうなくらい熱い。
街灯が黄色い明かりをこぼす道を、あと何回こうやって歩くのだろう。
わからないけど、せめてそれが一日でも永く続けばいいと願いながら、俺は繋ぐ手に少しだけ力を込めた。
Fin.
向こうが離さないならこっちから離す理由もないし、ということで、手はずっと握られたままだ。
だがさっきから、陽菜さんがずっと喋らないのだ。俯いていて表情もよめない。正直少し気まずい。
だが気まずいとは思うのに、そんな時間が苦痛だとは微塵も思わないから不思議だ。
けどせっかく久しぶりに会えたのだから、陽菜さんの声が聞きたい。
「そういえば、どうしてあそこにいたんです?」
陽菜さんの家はもっと先の駅のはずだ。
「ちょっと、取引先に挨拶に行ってたの。その取引先の人が、さっきの人」
どことなくピリついている。
口調がいつもは柔らかいのに、今日は少し声にトゲがある。
「えと……かっこいい、人だったよね」
間をつなぐために出た言葉が、よりによって当人を賛辞するものだなんて。自分が阿呆すぎて嫌になる。以前も同じようなことした気がするし。
眉間にシワがよる俺の横で、陽菜さんは呆れたように言い放った。
「イケメンだけどタイプじゃない。私が好きなのは彼方君なんだってば」
ふぉぉぉっ!と舞い上がるのはホントに許してほしい。
彼女に面と向かってそんなこと言われたら、どんな不安も吹き飛ぶってもんだ。
「ていうか、人の彼氏鼻で笑う人のどこをすきになれっていうのよ」
顔じゃない?とは口に出せずに「そうだね」ととりあえずうなずく。
「それで、彼方君はどうしてあそこにいたの?」
少しムスッとした表情で、陽菜さんは尋ねた。珍しく結われた髪が、風にのってふわりと舞う。
「浮気かなって思ったけど、さっきあんな告白されちゃったから……ちがうんでしょ」
浮気、という意表を突く単語に、目がカッと見開かれる。
「浮気はできないよ。今だって陽菜さんのことで頭いっぱいなのに」
前のめりになる俺の頭に、優しい手がのる。
「わかってる。ごめん。でも私は……私は君からしたらだいぶ年上で、おばさんだから。どうしても不安がついてくる」
だから、と陽菜さんは眉を下げた。
「まっすぐな言葉をくれる彼方君に、私は何度も救われてるんだよ。ありがとう」
よしよし、と頭を撫でられる。
子ども扱いされている気はするが、撫でられるのが心地よいから何も言い返せなくなる。
「私は、君から別れを切り出されても平気なように頑張るつもりだった」
陽菜さんは、頭から手を離してそう告げた。
月光を浴びた彼女の頬が白く光る。長いまつ毛が伏せられ、形の良い唇が弧を描いた。
「でも私がそんな思いを抱える一方で、君はまっすぐ、痛いくらいに私を好きだって伝えてくれていたんでしょうね。付き合ってる間……記憶のない時の私が羨ましい」
陽菜さんは太ももに視線を落としたまま、
「私は、変なところで自信がありません」
といい、勢いよく立ち上がった。
「歴代の彼氏はたぶん多い方だし、君との記憶もなくすし、肝心なとこで決められない」
陽菜さんの背が、はじめて小さく見えた。
「そんなことっ」
思わず立ち上がる俺の言葉を遮るように、
「でも」
と彼女は振り返る。
艷めく茶髪と真剣な瞳に、心臓がうるさくなる。
「彼方君を手放したくないって、思ってる」
今までにないほどの熱量を孕む瞳から、目が離せない。
陽菜さんは細い指を伸ばし、そっと俺の手をとった。
「……私も、彼方君と一緒にこの先ずっと……それこそおばあちゃんになるまでずっと、一緒に年をとっていきたい」
彼女の熱っぽい視線に惹かれ、唇を重ねる。何度も、何度も口づけを繰り返すのに、もっともっと欲しくなる。
「陽菜さん」
乱れた息を吐きながら、平静を装って名を呼ぶ。
「好き。大好き」
足りない。そんな言葉じゃ言い表せない。日本語って多様なくせしてこういう時にいい表現が見つからない。
「私も大好き。……そろそろ、帰ろっか」
「うん」
名残惜しい帰り道、いつもよりずっとスピードを抑えて歩き出す。
「あ」
「え?」
唐突に声を漏らした俺の横顔を、彼女が首をかしげながら見つめる。
「いや、好きじゃないもっと上の表現があったと思って」
「ん?あいし……」
「あー!だめ!ストップ!まって!」
慌てて彼女の口を塞ぐ。
「それは、あと何年かしてから俺から言いたいから、その」
ごにょごにょと言い淀む俺に、彼女は「まってるまってる」と笑みを向ける。
「待ってるから、いつか、ちゃんと言ってね」
彼女の天使が乗り移ったかのような美笑に、心臓が正常に脈うつのを忘れてしまう。
繋がれた手はぬるいけれど、顔は蒸気が出そうなくらい熱い。
街灯が黄色い明かりをこぼす道を、あと何回こうやって歩くのだろう。
わからないけど、せめてそれが一日でも永く続けばいいと願いながら、俺は繋ぐ手に少しだけ力を込めた。
Fin.
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