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別れの危機?〈彼方語り〉
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奇妙な体験の後、陽菜さんとデートどころか会えてすらいない。
予想していなかったわけではないが、ちょっと……いやかなり落ち込んでいる。
「ごめんね、仕事が立て込んじゃってて」
と陽菜さんは申し訳なさそうに手を合わせた。
きっとその言葉に嘘はないんだろう。ないんだろうけど、多分ずっと会えない理由にはならない。
仕事が死ぬほど忙しいという可能性も無くはないが、おそらく「記憶が無い」から気まずいのだろう。
正直「もう一回いけばいい」とは言ったものの、落ち込まないでいられるかと聞かれれば即答で「ノー」だ。
「ちょっと、そんなとこで寝ないでよ」
と、いつものごとく千秋姉さんがスーパーの袋片手にリビングに入ってきた。
「陽菜さんと会えてない」
呻くように言うと、何故か千秋姉さんの蹴りが飛んできた。
避けきれず、見事みぞおちに蹴りがくい込む。
「なんで蹴るんだよぉ」
涙目で見上げると、
「別れの危機よ」
と千秋姉さんの低い声が降ってきた。
「なんで?別にちょっと予定が合わないだけだし……」
「甘いわね」
千秋姉さんは俺の言い分をズバッと切り捨て、
「陽菜はね、基本相手のことを気にしすぎるのよ。あの子は今会えないんじゃなくて、会おうとしてないのよ。ちょっと距離を置く必要があるって判断されたの。そして、どんどんマイナスな方向に考えをもっていっちゃうのよ」
さっと自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「つ、つまり……?」
姉は重々しく頷き、
「疎遠になり、別れるパターンよ」
姉の言葉に、頭が真っ白になる。
ふらふらと立ち上がろうとすると、机の角に膝を思いきりぶつけた。
「ちょっと大丈夫?」
呆れる姉の声を聞き流し、よろよろと覚束無い足取りで玄関の戸を開けた。
***
そう、そこまでは記憶があるのだ。
だけど、
「……ここ、どこ?」
記憶が、ない。
別れの危機という衝撃を受けた俺は、心ここに在らずな状態で歩き回ってしまっていたらしく、見知らぬ場所にきてしまっていた。
財布はおろか、鞄さえもっていない。
どうやら徒歩で、未知の場所を開拓してしまったらしい。
自分の阿呆な行動に、頭を抱えて喚きたくなる。
ポケットを探るが、どうやらスマホももっていないらしい。
交番を探して、家の場所を教えてもらうしかない。
せめてスマホは持ち歩けよ自分……!!
連絡も取れないから、姉を心配させてしまってるだろうな。
──まぁ、まず間違いなくゲンコツがふってくるな。
実の姉の微笑みと、そのすぐ隣で握りしめられる拳を想像して悪寒が走った。
交番を探しに踵を返すと、数十メートル先に、陽菜さんのような人が見えた気がした。
脳が言葉にする前に、気づけば駆け出していた。
安堵と焦燥と、逸る気持ちと。
ごちゃごちゃに絡み合った感情を抱えたまま、彼女の元へと全力で走った。
彼女の後ろ姿をようやく捉えたとき、
「陽菜さん……っ」
と名前を呼ぶ。
陽菜さんはパッと振り返ったのだろうが、その仕草がやけにスローモーションに見えた。
「彼方君!」
彼女は満面の笑みを浮かべると、躊躇なく駆けてきてくれた。
「あーっやっと会えたァ!」
と、そのまま抱きつかれる。
突然の感触に、俺の脳は思考を停止した。
「え、あの……麻井、さん?」
彼女がさっきまでいた場所に、見知らぬ男が立ち尽くしていた。
それもなかなかのイケメンで、つけている時計はブランド物。スーツも靴も、なんか高そうに見える。
「その子、親戚の子かなにかですか?」
とイケメンは笑みをひきつらせる。
普通そんな顔したらブサイクに見えるはずなのに、イケメンはそんなことにならない。羨ましい。
陽菜さんは笑顔で振り返り、
「彼氏です」
と言い放った。
すると案の定、イケメンは「は?」という顔をしたあと、くすっと笑った。
すぐ近くを通り過ぎる女の人たちが、その顔を一斉に食い入るように見つめるもんだから、イケメンの微笑ってとんでもない攻撃力を孕んでいるんだなと思った。
「またまた。そんな冗談つかうほど、俺との食事は嫌ですか?」
とイケメンは少し上目遣いに、憂いを帯びた瞳で陽菜さんを見る。
「あの、食事の話ならもう二回は断ってますよね?今日だけで。プライベートでのお付き合いはしないと、申し上げませんでしたか?」
陽菜さんは困ったように笑いながらいう。
丁重に断ってるつもりなのかもしれないが、結構バッサリ断っちゃってるよ?大丈夫なのか?
と胸中ハラハラしながら成り行きを見守ろうと口をつぐむ。
その時。
そういえば、と過去の記憶が脳に浮かんだ。
動物園の時も思ったけど、陽菜さんは本当に堂々としている。というか、言葉をオブラートに包むことがあまりない。
普通高校生と付き合うなんて、とんでもないデスカードを持っているのと同じだろう。
しかし本人は気にしていないのか、開き直っているのか、俺と一緒にいた時によく尋ねられる、
「親戚?姉弟?」
との質問に、一度だってうなずいたことが無い。
理由の中には「俺のため」という枠があって、そしてその割合が大きいことは分かってた。
彼氏であることを否定されると、仕方ないと思えるけれども、それ以上に悔しくて虚しくて仕方なくなる。
そんな感情から、陽菜さんはずっと守ってきてくれていたんだ。
俺は、彼女に守られる非力な彼氏なんだ。
嫌だ、と思う。
できるなら格好つけたいし、できるなら陽菜さんをこの身すべてで守りたい。
けど、できないから。
チキンで豆腐メンタルな俺は、そんな格好いいことはできないから。
せめて、彼女の隣で背伸びするんだ。
「ご紹介にあずかりました、彼氏の市野塚です。陽菜さんとはこれからも人生を共に歩んでいけたらと思ってます!」
ぽかん、とイケメンは目を丸くした。
ややあって、
「いや……重くない?重いよ。ねえ、麻井さん。さすがに引くよね?」
と俺を指しながら陽菜さんに視線を向けた。
自分でも恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まってくるのがわかる。
そんな俺のすぐ隣で、陽菜さんが息をついた。
「……私、彼氏を指でさされる方が引くんですけど」
陽菜さんは冷ややかな視線をイケメンに向け、
「あと重いってなんですか?逆にあなたは軽い気持ちで私と付き合おうとしたってことですよね?そっちの方が私は嫌いです」
と顔をしかめ、
「今日はもう解散ということでしたよね?お迎えがきてくれたので、私はここで失礼しますね」
有無を言わさぬ笑顔で会釈し、俺の手を引いてその場から離れた。
後ろを見やると、イケメンは呆然と突っ立っていた。
ちょっと気の毒な気もしたけど正直めちゃくちゃほっとして、握られた手に、俺は少しだけ力を込めた。
予想していなかったわけではないが、ちょっと……いやかなり落ち込んでいる。
「ごめんね、仕事が立て込んじゃってて」
と陽菜さんは申し訳なさそうに手を合わせた。
きっとその言葉に嘘はないんだろう。ないんだろうけど、多分ずっと会えない理由にはならない。
仕事が死ぬほど忙しいという可能性も無くはないが、おそらく「記憶が無い」から気まずいのだろう。
正直「もう一回いけばいい」とは言ったものの、落ち込まないでいられるかと聞かれれば即答で「ノー」だ。
「ちょっと、そんなとこで寝ないでよ」
と、いつものごとく千秋姉さんがスーパーの袋片手にリビングに入ってきた。
「陽菜さんと会えてない」
呻くように言うと、何故か千秋姉さんの蹴りが飛んできた。
避けきれず、見事みぞおちに蹴りがくい込む。
「なんで蹴るんだよぉ」
涙目で見上げると、
「別れの危機よ」
と千秋姉さんの低い声が降ってきた。
「なんで?別にちょっと予定が合わないだけだし……」
「甘いわね」
千秋姉さんは俺の言い分をズバッと切り捨て、
「陽菜はね、基本相手のことを気にしすぎるのよ。あの子は今会えないんじゃなくて、会おうとしてないのよ。ちょっと距離を置く必要があるって判断されたの。そして、どんどんマイナスな方向に考えをもっていっちゃうのよ」
さっと自分の顔から血の気が引くのを感じた。
「つ、つまり……?」
姉は重々しく頷き、
「疎遠になり、別れるパターンよ」
姉の言葉に、頭が真っ白になる。
ふらふらと立ち上がろうとすると、机の角に膝を思いきりぶつけた。
「ちょっと大丈夫?」
呆れる姉の声を聞き流し、よろよろと覚束無い足取りで玄関の戸を開けた。
***
そう、そこまでは記憶があるのだ。
だけど、
「……ここ、どこ?」
記憶が、ない。
別れの危機という衝撃を受けた俺は、心ここに在らずな状態で歩き回ってしまっていたらしく、見知らぬ場所にきてしまっていた。
財布はおろか、鞄さえもっていない。
どうやら徒歩で、未知の場所を開拓してしまったらしい。
自分の阿呆な行動に、頭を抱えて喚きたくなる。
ポケットを探るが、どうやらスマホももっていないらしい。
交番を探して、家の場所を教えてもらうしかない。
せめてスマホは持ち歩けよ自分……!!
連絡も取れないから、姉を心配させてしまってるだろうな。
──まぁ、まず間違いなくゲンコツがふってくるな。
実の姉の微笑みと、そのすぐ隣で握りしめられる拳を想像して悪寒が走った。
交番を探しに踵を返すと、数十メートル先に、陽菜さんのような人が見えた気がした。
脳が言葉にする前に、気づけば駆け出していた。
安堵と焦燥と、逸る気持ちと。
ごちゃごちゃに絡み合った感情を抱えたまま、彼女の元へと全力で走った。
彼女の後ろ姿をようやく捉えたとき、
「陽菜さん……っ」
と名前を呼ぶ。
陽菜さんはパッと振り返ったのだろうが、その仕草がやけにスローモーションに見えた。
「彼方君!」
彼女は満面の笑みを浮かべると、躊躇なく駆けてきてくれた。
「あーっやっと会えたァ!」
と、そのまま抱きつかれる。
突然の感触に、俺の脳は思考を停止した。
「え、あの……麻井、さん?」
彼女がさっきまでいた場所に、見知らぬ男が立ち尽くしていた。
それもなかなかのイケメンで、つけている時計はブランド物。スーツも靴も、なんか高そうに見える。
「その子、親戚の子かなにかですか?」
とイケメンは笑みをひきつらせる。
普通そんな顔したらブサイクに見えるはずなのに、イケメンはそんなことにならない。羨ましい。
陽菜さんは笑顔で振り返り、
「彼氏です」
と言い放った。
すると案の定、イケメンは「は?」という顔をしたあと、くすっと笑った。
すぐ近くを通り過ぎる女の人たちが、その顔を一斉に食い入るように見つめるもんだから、イケメンの微笑ってとんでもない攻撃力を孕んでいるんだなと思った。
「またまた。そんな冗談つかうほど、俺との食事は嫌ですか?」
とイケメンは少し上目遣いに、憂いを帯びた瞳で陽菜さんを見る。
「あの、食事の話ならもう二回は断ってますよね?今日だけで。プライベートでのお付き合いはしないと、申し上げませんでしたか?」
陽菜さんは困ったように笑いながらいう。
丁重に断ってるつもりなのかもしれないが、結構バッサリ断っちゃってるよ?大丈夫なのか?
と胸中ハラハラしながら成り行きを見守ろうと口をつぐむ。
その時。
そういえば、と過去の記憶が脳に浮かんだ。
動物園の時も思ったけど、陽菜さんは本当に堂々としている。というか、言葉をオブラートに包むことがあまりない。
普通高校生と付き合うなんて、とんでもないデスカードを持っているのと同じだろう。
しかし本人は気にしていないのか、開き直っているのか、俺と一緒にいた時によく尋ねられる、
「親戚?姉弟?」
との質問に、一度だってうなずいたことが無い。
理由の中には「俺のため」という枠があって、そしてその割合が大きいことは分かってた。
彼氏であることを否定されると、仕方ないと思えるけれども、それ以上に悔しくて虚しくて仕方なくなる。
そんな感情から、陽菜さんはずっと守ってきてくれていたんだ。
俺は、彼女に守られる非力な彼氏なんだ。
嫌だ、と思う。
できるなら格好つけたいし、できるなら陽菜さんをこの身すべてで守りたい。
けど、できないから。
チキンで豆腐メンタルな俺は、そんな格好いいことはできないから。
せめて、彼女の隣で背伸びするんだ。
「ご紹介にあずかりました、彼氏の市野塚です。陽菜さんとはこれからも人生を共に歩んでいけたらと思ってます!」
ぽかん、とイケメンは目を丸くした。
ややあって、
「いや……重くない?重いよ。ねえ、麻井さん。さすがに引くよね?」
と俺を指しながら陽菜さんに視線を向けた。
自分でも恥ずかしくなってきて、顔に熱が集まってくるのがわかる。
そんな俺のすぐ隣で、陽菜さんが息をついた。
「……私、彼氏を指でさされる方が引くんですけど」
陽菜さんは冷ややかな視線をイケメンに向け、
「あと重いってなんですか?逆にあなたは軽い気持ちで私と付き合おうとしたってことですよね?そっちの方が私は嫌いです」
と顔をしかめ、
「今日はもう解散ということでしたよね?お迎えがきてくれたので、私はここで失礼しますね」
有無を言わさぬ笑顔で会釈し、俺の手を引いてその場から離れた。
後ろを見やると、イケメンは呆然と突っ立っていた。
ちょっと気の毒な気もしたけど正直めちゃくちゃほっとして、握られた手に、俺は少しだけ力を込めた。
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