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消したい過去〈陽菜語り〉
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少し歩くと、ぶわっと視界の開けた場所につく。
真っ赤な花が咲き誇り、赤い絨毯のように見える。
「……きれい」
「よかった」
とカルタは微笑む。
「彼岸花……っていうんだろう?あの世とこの世の境目の花」
ドクン、と心臓が音を立てる。
「気高く、美しく、だけど中は毒」
言葉が、頭に上手く流れ込んでこない。
何を言おうとしてるのか、理解しようとしない。
「……まるで、今の俺のようだ」
握る手に、力が篭もる。
カルタは私を見つめ、また笑う。
「君は、ちゃんとケジメをつけようとしてくれたんだろ?」
そうだよ。
そうだけど、でも。
涙が、溢れてきてしまう。
「……っカルタぁ……!いかないで……!」
縋るように、彼の上着の裾を握る。
カルタの影が、私に伸びる。
髪に優しく触れ、
「それは、俺が彼方の人格を奪ってもいいと、そういう事になるよ?」
と言った。
「良いわけない……けど、でも……っ」
「シノメ」
やんわりと、しかし鋭利さも兼ね備えた制止に、言葉を噤む。
「シノメ、言ったでしょう。俺はもうとうに過去の人間なんだ。今を生きる権利は、俺にはないんだよ」
彼岸花が風に吹かれ、一斉にその細い茎を揺らす。
「会えてよかった。本当だ。……もう一度、死にたくはない。これも、本当だ。だけどそれ以上に、もう、満足してしまったんだ」
彼の軽い声色に、そっと視線を交える。
「君が、俺のことをずっと想ってくれてた。その事実に、満足してしまったんだよ」
本当に。
本当に嬉しそうにそんなことを言ったものだから、私はまた涙腺が緩くなる。
「君はもう、俺じゃない人を好きになってる。そうだろう?」
そう言いながら、彼は自身の胸に手を当てる。
「…………うん。でも、こう言ったら二股みたいだけど、私はカルタのことも愛してる」
「それはきっと、過去の君の魂がそう言ってるんだ。今の君は、彼方のことを好きだろう。ずっと内にいたんだ。わかるよ」
過去の私?そんなの知らない。だって私は生まれた時から記憶を持ってて、ずっと私として生きてて、それで……。
──気づいてしまった。
私こそが、この世界から消えなければならないのだと。
シノメの魂は、陽菜の魂と癒着してしまっているのだ、と。
儀式は成功してなどいない。私は気づかないうちに、陽菜を消滅させようとしているのだ。陽菜の魂は、今どうなってしまっているのだろう。
真っ青になる私を、カルタが抱きしめた。
暖かな温もりに、安堵のため息を零す。
「ようやく、気づいてくれた。よかった」
ようやく?と眉を寄せると、
「これは、君自身が気づかなくてはならないことだから。君が自覚しないと、魂は覚醒しない。永遠に、絡まったまま。そしていつか人格を保てなくなって、最悪自殺だ。そんなこと、させるわけにはいかなかったから」
「……なんで、そんなに詳しいわけ」
嫌な予感が、胸の内に広がっていく。
カルタは、「うん」と首を縦に振る。
「ごめんね、シノメ。魂を転生させたのは、他でもない俺だ」
どういうこと。なんでカルタが。
儀式をしたのは、シオルとミザラではなかったのか。
だから私たちが転生してしまっているのではないのか。
目を丸くして言葉が出てこない私に、カルタは目を伏せながら言う。
「儀式はね、二重に行われたんだ。俺が死ぬ前と、死んだ後。死ぬ前にやったのが俺。そして俺が死んだ後に、あの二人が儀式をしたんだよ。……だから、絡まってしまったんだ。絡まって、混乱して、記憶を引き継がなかったりしたんだよ」
そんなことが有り得るのか。
思っていた以上に複雑な事になっていたようだ。
ふと、思った。
「カルタ……どうして、死後のことを……?」
多分、私の顔は真っ青だ。
「あの世という世界で、見ていたからね」
顔色ひとつ変えず、彼は言ってのける。
私は、足も手も震えてしまう。
見ていたんだ。それじゃあ、それじゃ……。
「君が、弟と結婚したのも知ってるよ」
吐き気がした。
吐きそうになった。立っていられないような目眩に襲われ、私はその場に座り込んでしまう。
「……シノメ」
「ごめんなさいッ!!」
勢いよく謝る。
分かってる。許されようとするだけの謝罪であることは、十分わかってる。
それでも、許されたかった。カルタに、許してほしかった。嫌われたくなかった。
カルタが死んだあと、王政は崩れた。新制度が確立したのだ。
貴族派の徴税が多く、民衆は苦しみ続けていた。だがそれを、カルタの弟──ジルドによって終わりを告げた。ジルドは民衆を鼓舞し、貴族体制解体に対しての武力行使を行った。
結果貴族派が折れ、民衆による投票からジルドが次期国民代表となったのだ。
ただジルドも貴族だったため、民衆に寄り添うという形をとるため、私と婚約した。
嫌じゃなかったわけではない。ただ彼は私を愛してはいなかったから。だからその提案に乗ったのだ。
だけど、それでも、カルタには知られたくなかった。
「シノメ。いいんだ。わかってるから」
カルタはしゃがみこみ、私と目線を合わせる。
「わかってる。言ったろ?俺は、君が俺をずっと想ってくれてたから、今こうして笑っていられるんだ」
そっと髪を撫でられる。
あたたかく、私より少しだけ大きな掌の感触に目を細める。
「君が結婚したあと、どんなに忙しくともあの場所へ通い続けたことだって見てたよ。大丈夫、わかってるから」
枯れ果てたと思ったのに、また涙が込み上げてくる。
「シノメ、頼みがある。君にしか、できないことだ」
と、カルタが微笑む。
夢にまで見たあの表情で、彼は言った。
「俺を、消して」
私は溢れそうになる涙をぐっと堪えて、にっこりと笑う。
「わかった」
真っ赤な花が咲き誇り、赤い絨毯のように見える。
「……きれい」
「よかった」
とカルタは微笑む。
「彼岸花……っていうんだろう?あの世とこの世の境目の花」
ドクン、と心臓が音を立てる。
「気高く、美しく、だけど中は毒」
言葉が、頭に上手く流れ込んでこない。
何を言おうとしてるのか、理解しようとしない。
「……まるで、今の俺のようだ」
握る手に、力が篭もる。
カルタは私を見つめ、また笑う。
「君は、ちゃんとケジメをつけようとしてくれたんだろ?」
そうだよ。
そうだけど、でも。
涙が、溢れてきてしまう。
「……っカルタぁ……!いかないで……!」
縋るように、彼の上着の裾を握る。
カルタの影が、私に伸びる。
髪に優しく触れ、
「それは、俺が彼方の人格を奪ってもいいと、そういう事になるよ?」
と言った。
「良いわけない……けど、でも……っ」
「シノメ」
やんわりと、しかし鋭利さも兼ね備えた制止に、言葉を噤む。
「シノメ、言ったでしょう。俺はもうとうに過去の人間なんだ。今を生きる権利は、俺にはないんだよ」
彼岸花が風に吹かれ、一斉にその細い茎を揺らす。
「会えてよかった。本当だ。……もう一度、死にたくはない。これも、本当だ。だけどそれ以上に、もう、満足してしまったんだ」
彼の軽い声色に、そっと視線を交える。
「君が、俺のことをずっと想ってくれてた。その事実に、満足してしまったんだよ」
本当に。
本当に嬉しそうにそんなことを言ったものだから、私はまた涙腺が緩くなる。
「君はもう、俺じゃない人を好きになってる。そうだろう?」
そう言いながら、彼は自身の胸に手を当てる。
「…………うん。でも、こう言ったら二股みたいだけど、私はカルタのことも愛してる」
「それはきっと、過去の君の魂がそう言ってるんだ。今の君は、彼方のことを好きだろう。ずっと内にいたんだ。わかるよ」
過去の私?そんなの知らない。だって私は生まれた時から記憶を持ってて、ずっと私として生きてて、それで……。
──気づいてしまった。
私こそが、この世界から消えなければならないのだと。
シノメの魂は、陽菜の魂と癒着してしまっているのだ、と。
儀式は成功してなどいない。私は気づかないうちに、陽菜を消滅させようとしているのだ。陽菜の魂は、今どうなってしまっているのだろう。
真っ青になる私を、カルタが抱きしめた。
暖かな温もりに、安堵のため息を零す。
「ようやく、気づいてくれた。よかった」
ようやく?と眉を寄せると、
「これは、君自身が気づかなくてはならないことだから。君が自覚しないと、魂は覚醒しない。永遠に、絡まったまま。そしていつか人格を保てなくなって、最悪自殺だ。そんなこと、させるわけにはいかなかったから」
「……なんで、そんなに詳しいわけ」
嫌な予感が、胸の内に広がっていく。
カルタは、「うん」と首を縦に振る。
「ごめんね、シノメ。魂を転生させたのは、他でもない俺だ」
どういうこと。なんでカルタが。
儀式をしたのは、シオルとミザラではなかったのか。
だから私たちが転生してしまっているのではないのか。
目を丸くして言葉が出てこない私に、カルタは目を伏せながら言う。
「儀式はね、二重に行われたんだ。俺が死ぬ前と、死んだ後。死ぬ前にやったのが俺。そして俺が死んだ後に、あの二人が儀式をしたんだよ。……だから、絡まってしまったんだ。絡まって、混乱して、記憶を引き継がなかったりしたんだよ」
そんなことが有り得るのか。
思っていた以上に複雑な事になっていたようだ。
ふと、思った。
「カルタ……どうして、死後のことを……?」
多分、私の顔は真っ青だ。
「あの世という世界で、見ていたからね」
顔色ひとつ変えず、彼は言ってのける。
私は、足も手も震えてしまう。
見ていたんだ。それじゃあ、それじゃ……。
「君が、弟と結婚したのも知ってるよ」
吐き気がした。
吐きそうになった。立っていられないような目眩に襲われ、私はその場に座り込んでしまう。
「……シノメ」
「ごめんなさいッ!!」
勢いよく謝る。
分かってる。許されようとするだけの謝罪であることは、十分わかってる。
それでも、許されたかった。カルタに、許してほしかった。嫌われたくなかった。
カルタが死んだあと、王政は崩れた。新制度が確立したのだ。
貴族派の徴税が多く、民衆は苦しみ続けていた。だがそれを、カルタの弟──ジルドによって終わりを告げた。ジルドは民衆を鼓舞し、貴族体制解体に対しての武力行使を行った。
結果貴族派が折れ、民衆による投票からジルドが次期国民代表となったのだ。
ただジルドも貴族だったため、民衆に寄り添うという形をとるため、私と婚約した。
嫌じゃなかったわけではない。ただ彼は私を愛してはいなかったから。だからその提案に乗ったのだ。
だけど、それでも、カルタには知られたくなかった。
「シノメ。いいんだ。わかってるから」
カルタはしゃがみこみ、私と目線を合わせる。
「わかってる。言ったろ?俺は、君が俺をずっと想ってくれてたから、今こうして笑っていられるんだ」
そっと髪を撫でられる。
あたたかく、私より少しだけ大きな掌の感触に目を細める。
「君が結婚したあと、どんなに忙しくともあの場所へ通い続けたことだって見てたよ。大丈夫、わかってるから」
枯れ果てたと思ったのに、また涙が込み上げてくる。
「シノメ、頼みがある。君にしか、できないことだ」
と、カルタが微笑む。
夢にまで見たあの表情で、彼は言った。
「俺を、消して」
私は溢れそうになる涙をぐっと堪えて、にっこりと笑う。
「わかった」
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