年上イケメン彼女と頼られたい年下彼氏

木風 麦

文字の大きさ
上 下
29 / 32

消したい過去〈陽菜語り〉

しおりを挟む
 少し歩くと、ぶわっと視界の開けた場所につく。
 真っ赤な花が咲き誇り、赤い絨毯のように見える。
「……きれい」
「よかった」
 とカルタは微笑む。
「彼岸花……っていうんだろう?あの世とこの世の境目の花」
 ドクン、と心臓が音を立てる。
「気高く、美しく、だけど中は毒」
 言葉が、頭に上手く流れ込んでこない。
 何を言おうとしてるのか、理解しようとしない。
「……まるで、今の俺のようだ」
 握る手に、力が篭もる。
 カルタは私を見つめ、また笑う。
「君は、ちゃんとケジメをつけようとしてくれたんだろ?」
 そうだよ。
 そうだけど、でも。

 涙が、溢れてきてしまう。

「……っカルタぁ……!いかないで……!」
 縋るように、彼の上着の裾を握る。
 カルタの影が、私に伸びる。
 髪に優しく触れ、
「それは、俺が彼方の人格を奪ってもいいと、そういう事になるよ?」
 と言った。
「良いわけない……けど、でも……っ」
「シノメ」
 やんわりと、しかし鋭利さも兼ね備えた制止に、言葉をつぐむ。
「シノメ、言ったでしょう。俺はもうとうに過去の人間なんだ。今を生きる権利は、俺にはないんだよ」
 彼岸花が風に吹かれ、一斉にその細い茎を揺らす。
「会えてよかった。本当だ。……もう一度、死にたくはない。これも、本当だ。だけどそれ以上に、もう、満足してしまったんだ」
 彼の軽い声色に、そっと視線を交える。
「君が、俺のことをずっと想ってくれてた。その事実に、満足してしまったんだよ」

 本当に。
 本当に嬉しそうにそんなことを言ったものだから、私はまた涙腺が緩くなる。

「君はもう、俺じゃない人を好きになってる。そうだろう?」
 そう言いながら、彼は自身の胸に手を当てる。
「…………うん。でも、こう言ったら二股みたいだけど、私はカルタのことも愛してる」
「それはきっと、過去の君の魂がそう言ってるんだ。今の君陽菜は、彼方のことを好きだろう。ずっとなかにいたんだ。わかるよ」
 過去の私?そんなの知らない。だって私は生まれた時から記憶を持ってて、ずっと私として生きてて、それで……。

──気づいてしまった。

 こそが、この世界から消えなければならないのだと。
 シノメの魂は、陽菜の魂と癒着してしまっているのだ、と。
 儀式は成功してなどいない。私は気づかないうちに、陽菜を消滅させようとしているのだ。陽菜の魂は、今どうなってしまっているのだろう。

 真っ青になる私を、カルタが抱きしめた。
 暖かな温もりに、安堵のため息を零す。
「ようやく、気づいてくれた。よかった」
 ようやく?と眉を寄せると、
「これは、が気づかなくてはならないことだから。君が自覚しないと、魂は覚醒しない。永遠に、絡まったまま。そしていつか人格を保てなくなって、最悪自殺だ。そんなこと、させるわけにはいかなかったから」
「……なんで、そんなに詳しいわけ」
 嫌な予感が、胸の内に広がっていく。
 カルタは、「うん」と首を縦に振る。

「ごめんね、シノメ。魂を転生させたのは、他でもない俺だ」

 どういうこと。なんでカルタが。
 儀式をしたのは、シオルとミザラではなかったのか。
 だから私たちが転生してしまっているのではないのか。
 目を丸くして言葉が出てこない私に、カルタは目を伏せながら言う。
「儀式はね、二重に行われたんだ。俺が死ぬ前と、死んだ後。死ぬ前にやったのが俺。そして俺が死んだ後に、あの二人が儀式をしたんだよ。……だから、絡まってしまったんだ。絡まって、混乱して、記憶を引き継がなかったりしたんだよ」
 そんなことが有り得るのか。
 思っていた以上に複雑な事になっていたようだ。

 ふと、思った。

「カルタ……どうして、死後のことを……?」
 多分、私の顔は真っ青だ。

「あの世という世界で、見ていたからね」

 顔色ひとつ変えず、彼は言ってのける。
 私は、足も手も震えてしまう。

 見ていたんだ。それじゃあ、それじゃ……。

「君が、弟と結婚したのも知ってるよ」

 吐き気がした。

 吐きそうになった。立っていられないような目眩に襲われ、私はその場に座り込んでしまう。

「……シノメ」
「ごめんなさいッ!!」

 勢いよく謝る。

 分かってる。許されようとするだけの謝罪であることは、十分わかってる。
 それでも、許されたかった。カルタに、許してほしかった。嫌われたくなかった。

 カルタが死んだあと、王政は崩れた。新制度が確立したのだ。
 貴族派の徴税が多く、民衆は苦しみ続けていた。だがそれを、カルタの弟──ジルドによって終わりを告げた。ジルドは民衆を鼓舞し、貴族体制解体に対しての武力行使を行った。
 結果貴族派が折れ、民衆による投票からジルドが次期となったのだ。
 ただジルドも貴族だったため、民衆に寄り添うという形をとるため、私と婚約した。

 嫌じゃなかったわけではない。ただ彼は私を愛してはいなかったから。だからそのに乗ったのだ。

 だけど、それでも、カルタには知られたくなかった。

「シノメ。いいんだ。わかってるから」
 カルタはしゃがみこみ、私と目線を合わせる。
「わかってる。言ったろ?俺は、君が俺をずっと想ってくれてたから、今こうして笑っていられるんだ」
 そっと髪を撫でられる。
 あたたかく、私より少しだけ大きな掌の感触に目を細める。
「君が結婚したあと、どんなに忙しくともへ通い続けたことだって見てたよ。大丈夫、わかってるから」
 枯れ果てたと思ったのに、また涙が込み上げてくる。
「シノメ、頼みがある。君にしか、できないことだ」
 と、カルタが微笑む。

 夢にまで見たあの表情で、彼は言った。

「俺を、消して」

 私は溢れそうになる涙をぐっと堪えて、にっこりと笑う。

「わかった」

 


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...